私たちの郷土(栗原市・鶯沢)に、祖先が遺した郷土芸能「八ツ鹿踊り」があります。
約200年の伝統をもつこの八ツ鹿踊りは、鹿撃ちの猟師勘太郎が、一人息子を鹿と誤って撃ち殺してしまい、以後は猟師をやめ伜と鹿の霊を弔うために、白由奔放に遊ぶ鹿の心と姿を綴って「八ツ鹿踊り」を世に残したと伝えられています。
鶯沢の八ツ鹿踊りには、鹿踊り発祥の原点となっている「墓踊り」をはじめ、結婚式や新築祝などの慶事に多く踊られ、踊りの基本とも言える「庭廻り」や、八頭の鹿が山野を群れ遊び、猟師「勘太郎」との駆け引きを物語風に表現した「女鹿隠し」「縄舞」「案山子踊り」など、たくさんのレパートリーがあります。
鶯沢中学校八ツ鹿クラブは、地域文化の習得と継承を目指して20年前から活動を続けてきました。限られた時問のなかで郷土芸能を習得することは大変ですが、特に今年は八ツ鹿踊りの中でも難しいとされる「縄舞」にチャレンジしました。八ツ鹿クラブ20年の歴史の中でも初めての挑戦です。まだまだ未熟な踊りではありますが、一生懸命踊りますのでご声援をお願いいたします。

昔、この東北の地には多くの鹿がおり、鹿狩りの名人勘太郎は毎目山に入っては、鹿狩りをしていました。そんなある目のこと、勘太郎は今日も鹿を獲るため罠を仕掛けていきました。その後、この付近で遊んでいた八頭の鹿達が罠を見つけ、大騒ぎになりました。しかし鹿達は
山立ちは 鹿を獲るとて アミはいだ 鹿は賢くて アミにかからぬ アミにかからぬ
(猟師は、鹿を獲ろうとして罠を仕掛けたが、鹿は賢くて罠にかからない)
と唄い、おっかなびっくりではあったが、賢いリーダーによって次々と罠を跳び越えます。しかし最後の一番臆病な鹿がとうとう逃げ出してしまいます。
ボス鹿は逃げた鹿を捜し当て、罠を跳び越え、ついにはその罠を取り去り、再び山野を群れ遊んだということです。縄舞は、その様子を表現したと伝えられております。

○コーディネーター(菅原敏元氏) はじめまして、おはようございます。
さっそく、それぞれ自己紹介をしたいのですが、この大会要綱に出ていますので、そのまますぐに、まずは今日のテーマ、それに基づきまして、今日はお三方にお出でいただいております。
私たち第1分科会のテーマは「子どもの安全確保」 そのまま討議の視点を読みますと、登下校を含め、子どもたちの安全を守るための学校や地域、関係諸団体と連携したPTA活動のあり方を考えるというテーマ。
それに当たりまして、今日、お出でいただいているパネリストのお三方、全部栗原市内の方なのですけれど、地域性とかいろいろあるかもしれません。
今日お出でになっていただいたこの環境の中で、私たちができることをどんなふうにやっていくか。
大体一人10分ぐらいずつ、これからお話をしていただきたいと思います。
それでは、はじめに、小岩さん。簡単な自己紹介も兼ねて、10分間でやっていただきたいと思います。
よろしくお願いします。
○パネリスト(小岩正典氏) 皆さん、おはようございます。
今日は、大変緊張しておりますので、うまく話せるかどうかわかりませんけれども、皆さんの御協力のもと、よろしくお願いいたしたいと思います。
それでは、学校紹介等を含めまして、自分の紹介は略していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
栗原市立萩野第二小学校父母教師会会長を務めております小岩正典と申します。
子どもたちの安全確保のために取り組んでおりますPTAとしての支援活動について、紹介させていただきます。
萩野第二小学校学区は県の北部に位置しています。
岩手県の一関市に隣接しており、生活や文化、経済面などで深いかかわりを持っております。学区は、旧金成町の末野、藤渡戸、赤児、普賢堂の4地区からなっていますが、どの地区も人家が密集して町並みを形づくっているような地区はなく、広い学区に子どもたちの家が点在しているという環境にあります。
また、普賢堂地区の子どもたちは、全員スクールバスで通学しています。
今年度の萩野二小の児童数は31名です。1、2年と3、4年の二つの複式学級を持つ市内でも一番小さな学校ですが、素直で明るい子どもたちは、どんなことにも意欲的に取り組み、学習面でも運動面でも、一人ひとりが120%の力を発揮し、各種大会やコンクールでも大きな成果を上げています。
特に、全校で取り組んでいる一輪車では、毎年8月15日に志波姫で開催されている県少年少女一輪車競技大会で、今年度も優勝し、現在、14連覇中です。
また、全校で取り組んでいる天神守太鼓に特色ある教育活動の一つとして挙げられるかと思います。
このような、広い学区に小さな学校の地域の宝である児童の安全を確保するため、私たち33名のPTA会員による活動を今から紹介させていただきます。
まず、地区の安全点検について御紹介いたします。
これは、子どもたちの登下校の安全のために、先生方と保護者全員が各地区の通学路を歩きながら危険箇所をチェックし、危険かと思われる場所に看板を設置する活動です。
今年度も7月18日に点検し、古くなったり壊れたりしている看板を新しいものに取り替えました。
これとタイアップし、学校独自でも学期に1回、地区ごとに集団下校をしながら、子どもたちと危険箇所や相談の家を確認し、それをもとに、危険箇所マップづくりをしています。
相談の家には、子どもの手づくりによる看板を設置しています。
次に、今年度から組織した「天神守りっこ守り隊」について紹介いたします。
この「天神守りっこ守り隊」は、今年の4月に前PTA会長の吉川さんや、若柳地区少年子ども協会長を務めている小野寺さんの働きかけによって組織していただいた子どもたちの安全と地域の防犯活動を目的とした隊員26名による学童安全協力隊です。
隊員は、主に子どもたちの祖父母や地域の事業者の方々、PTAの役員が中心ですが、PTAの全会員が準会員として活動に参加しています。
5月1日には、若柳警察署の署長さんや生活安全課長さんにもお越しいただいて、出動式を行いました。
「天神守りっこ守り隊」の主な活動内容は、子どもたちの登下校時の巡回活動ですが、この「天神守りっこ守り隊」の発足を機会に、学校では、第1と第3火曜日を萩二小安全安心の日とし、安全に関する指導をしていますので、この日は重点的に巡回活動を実施しています。
私たちPTA会員は、仕事の関係で、朝夕の巡回活動はなかなかできかねますが、全員が防犯パトロールという小さなステッカーを乗用車につけて活動に参加しています。
先日、学校で実施した不審者対応訓練には、緊急連絡網をもとに守り隊の隊員が出動して、地域の巡回と子どもたちの安全確保の訓練に当たりました。
子どもたちの安全確保は、登下校時だけではなく、学校内でもいろいろな配慮や準備が必要だと考えています。
そこで、PTAでは、昨年度、全校児童の防災頭巾を準備しました。いつ起こるかわからない宮城沖地震に備え、また、火災や不審者への対応にも使えるものとして、常時、子どもたちの椅子に備え付け、万が一のときにはいつでも着用できるように、学校で指導していただいています。
最後に、今後、予定している活動について、お話いたします。
萩野二小は、文部科学省から2年間の指定を受けて、今年度から豊かな体験活動に取り組んでいます。
この指定は、金成地区の小中学校と迫桜高校が受けたものですが、萩野二小では、活動の柱の一つとして、地域の方々との連携により、美化、安全活動を計画し、実施しています。
地域で立ち上げていただいた「天神守りっこ守り隊」を受け、天神守っ子安全隊員という名前をつけ、9月13日に1回目の学区内の道路の美化活動を実施し、今月の6日に2回目の美化活動を実施しました。
この活動も豊かな点検活動を支援していただくために組織した、学校支援委員会の方々や、天神守りっこ守り隊の方々、若柳警察署の方々の御協力をいただいて実施しています。
先日、子どもたちとPTA前会員が、宮城スマイルロードプログラムのスマイルサポーターに加入しました。
これは住民参加のまちづくりの一環として、県の土木事務所のお世話のもとに、道路の美化、清掃活動に継続的に取り組むためのものです。
12月には、子どもたちとともに、安全と美化の看板づくりとその設置を行い、来年度からは親子での美化活動を予定しています。
以上のように、私たちPTAの安全確保のための取り組みは、どこの学校でも実践されているようなささやかな活動です。
しかし、どの活動も決してPTAだけでやれるものではなく、若柳警察署をはじめ、地域の方々や多くの関係機関の方々の御支援と御協力をいただいてこそできるものだと、この発表原稿を見つめながら、改めて痛感しました。
最後に、今後の課題として2点を挙げてみたいと思います。
まず1点は、「天神守りっこ守り隊」などの活動や運営に係る経費についてです。
全会員のステッカーを準備することさえ難しい現状です。
地域ぐるみの防犯活動に広げていくためにも、活動のための経費については、検討していかなければならない大きな課題だと考えています。
2点目は、PTAの会員数の減少による負担過重も今後の課題だと考えています。
共働きが多く、日曜日以外自由になる時間がなかなか確保できない現状です。
その分を子どもたちの祖父母や地域の方々にカバーしてもらっていますが、子どもの安全確保ための効率的なPTA活動をさらに検討していかなければならないと考えています。
以上で、私の発表を終わらせていただきます。
御清聴ありがとうござました。
○コーディネーター(菅原敏元氏) はい、大変ありがとうございました。
予定通りぴったり10分で終わらせていただくという、すばらしい。
先ほど、裏方で少し打ち合わせをしたら非常に緊張している。
いつもここにペンを刺しているのですね。先ほどはずしていたのですが、今日はそのままつけていきなさいと。
つけてきて一生懸命やってくれました。
萩野第二小学校の小岩会長さんのお話でした。
質問とか何かあると思うのですが、一応、今日は、お三方に全部やっていただいて、その後に今度皆さんの中で、ここを聞いてみたい、あれを聞いておきたい。そういうのがあれば、今度はそれぞれでまた聞けるような対応をしていきたいと思っていますので、忘れないように、今日の自分の資料か何かに、何かあればメモしておいてくださいね。
それでは、続きまして、鴬沢小学校高橋会長さん。
お願いしてよろしいでしょう。
○パネリスト(高橋正浩氏) おはようございます。
高い席からですので少し緊張してございますけれども、私、鴬沢小学校のPTAの高橋正浩と申します。
今日は、鴬沢の防犯パトロール隊につきまして、皆さま方に御説明したいと思います。
よろしくお願いいたします。
まず、鴬沢小学校なのですけれども、栗原市立鴬沢小学校、宮城県北の栗駒山の麓にござまして、児童数が182名ございます。大体1学年30人ぐらいの学校でございまして、地域性としては農村地域、本当に周りに田んぼがある小学校になってございます。
それで、エコスクールということで、68年ぶりに校舎を建て替えていただきました。
これは県内初のエコスクールということで、この学校には風力発電あるいは雨水の再利用。トイレの水とかに利用してございます。
それから、太陽光発電、それから、断熱校舎ということで、ガラス窓が二重サッシになってございます。
というような形で、68年ぶりに校舎を建て替えていただきました。
これが新しい校舎でございまして、去年、平成17年7月に完成いたしました。
鉄筋コンクリートの校舎なのですけれども、ちょうど上の屋根が緑色になってございますが、これが鴬色ということで、ここでもこだわってございます。
あと、新しい学校では、子どもさん方が休まなくなったのですね。学校がきれいになったと。そして、特に冬は家にいるよりも学校にいる方が暖かいということで、子どもたちが休まなくなったということが、この新しい学校の一番の利点かなと思ってございました。
次に、防犯パトロール隊の結成の経緯なのですけれども、これは昨年17年の2月、子どもに危害を加えるという不審な手紙が届きました。
ちょうどこの去年の2月というのは、全国的に各地域で、不審者あるいは不審な手紙。これがちょうど多かった時期でござまして、ちょうどこのときもテレビあるいは新聞等で報道されたのですけれども、このときも全国的に3件か4件ぐらいあったわけなのですね。
それで私たちの鴬沢にも手紙が届きまして、何日か以内に子どもに危害を加えるというふうな形で手紙がきました。
これは新聞の方にも、あと、それからテレビの方にも載りました。
それで、緊急役員会を開催いたしまして、この緊急役員会の中には、教育委員会の方、あるいは警察の方、あるいは白バイの方が出ていただいて、どうしようと。
本当にこういうことは今までなかったものですから、私たちもどうして対応をしようということでいろいろ検討したのですけれども、その中でやはり登下校時の送り迎えだけは確実にやろうと。そういうことはとにかく確認しようと。
それから、子どもたちが外で遊ぶ場合にも、必ず親あるいは家族の方が監視する中で確認しよう。そういうようなことを決定いたしました。
それで、登下校時には、おうちの方、あるいは誰かが迎えきた場合には、学校の玄関の入り口のところにチェックカードをつけていまして、受け渡しを確認してそのチェックカードに印をつける。そういうような形で、ちょうど2月から春休みまでの3月下旬までの1カ月間、登下校をきっちり行いました。
そして、あと、そのとき、町の方から防犯ベルを配布いただきまして、それを子どもたちに持たせて、何かあったときにはその防犯ベルを鳴らすということを徹底いたしました。
本当に町というか、道路を歩いている子どもたちがいなくなってしまったのですね。
普通であれば、はしゃいで道路を歩いている子どもたちというのはいっぱいいるのですけれども、この手紙一通によって、もう外で遊ぶ子がいなくなったという、本当に農村の中で、子どもたちの声が聞こえないというのは本当に寂しいというか、悲しいというか、そういう状況になってございました。
それから、あと、平成17年の10月なのですけれども、同じ今度は子どもに危害を加えるという不審な電話がありました。
これはちょうど学芸会の3日前に電話をよこしたのですね。
たまたま小学校の電話をナンバーディスプレイというのになってございませんでしたので、電話はどこから来たかなかなか把握できなかったということもあったのですけれども、そのときも、緊急役員会、緊急全体集会を行いまして、さあどうするか、こうするかということで、みんなでまた会議を行いました。
この中で、私たちが一番思ったのが、昔は、子どもというのは安全であったということ。みんなで守っていたというのが実感だったのですけれども、こういうふうな形で2回も小学校に不審者からこういうものがくるというときには、もう安全ではないと。
それが、PTAの会員、そして地域の人たちが一番思った実感でございます。
そうした中で、話し合いの中で、私たちも、とにかく自分たちも何かしなくてはならない。
そういうような意見がありまして、防犯パトロール隊を結成するような方向になりました。
ちょうどこの際、学芸会、1カ月延期したのですけれども、学芸会の際には、私服警察の方、あるいは警察の方、あるいは指導隊の方が厳重に体育館を囲んでいただいて、それでやったと。
あと、PTAの会員も出入り口には配置をしまして、それで学芸会をやった。本当に厳戒態勢での学芸会だったと。
でも、子どもたち、みんな張り切ってやっていただいたので、それだけが少し救われたのかなというのがそのときの感じでございました。
それで、同じく平成17年の10月に、小学校の役員会を開催いたしまして、では、防犯パトロール隊を結成しようというふうな話になりまして、それで、平成17年の11月11日に防犯パトロール隊を結成いたしました。
この防犯パトロール隊なのですけれども、PTAの会員が31名、各地区から3、4名程度です。
それから、自治会長さん。合計で40名のパトロール隊を結成しようということでやってございました。
このパトロール隊、結成式のときには、子どもたちと後援会の方々に来ていただいて、今度、こういうふうな方々が皆さんを守っていただけるような方々で運営いたしますということで、子どもたちに披露をしてございます。
それで、防犯パトロール隊なのですけれども、防犯パトロール者、鴬の里子ども防犯パトロール隊ということで、少し大きいのですけども、実物のものはこちらに持ってきてございます。
この黄色いステッカー、マグネット式になってございまして、10センチ掛ける30センチぐらいの大きさです。
これを車の前とドアに貼っていただこうと。まず、この活動をしようということで、このステッカーをつくってございます。
次に、実物はこちらにあるのですが、不審者警戒中ということで、このようなステッカーも会員みんなの家の前に貼るような形で進めようということでつくってございます。
それで、活動の内容ですけれども、先ほど申し上げましたが、ステッカーを車に貼ると。車のドアあるいは前のところに貼りまして、登下校時の巡回、そして広報活動を兼ねる。
それから、防犯パトロール実施につきましては、月に1回の街頭指導。一応15日に日にちを設定してございますけれども、その日を街頭指導をということで決めてございます。
それで、結成の効果なのですけれども、防犯に対する会員の意識が高揚してきたと。やはり自分たちで子どもを守らなくてはならないという、そういうふうな意識が高揚してきました。
それから、地域の防犯意識の高揚ということで、やはりステッカーを貼って、車で地域を回りますと、結構目立つものですから、何ですか何ですかということで、実はこういうことがあって防犯パトロール隊結成したのだよということでの話ができるようになりまして、その地域へのPRといいますか、そういうようなことが出てきました。
それから、栗原市の広報車、パトロール協力をいただくことになりまして、ちょうど3時から6時ぐらいの間に、鴬沢小学校の周辺を回っていただくようになりました。
それから、反省点なのですけれども、結成が昨年度11月1日に行ったわけなのですが、それ以降、定期的な会議を開かなかったものですから、情報交換が不足したということがありました。
それからあと、PTAの会員が、どうしても日中に仕事をしている方が多いので、どうしても下校時の活動というのはなかなかできないというような、この点が反省点でございます。
それから、今後の活動といたしましては、自治会の方々、地域の方ですね。それから老人クラブ、婦人会の方々、この方々に下校時のパトロールをぜひ重点的に行っていただくように、参加を要請しているところでございます。
それからあと、定期的な会議でいろんなやはり情報交換を行った方がいいのでないかということを、一応考えてございます。
それから、強化週間、強化月間、そういう目標を設定しまして、その日に重点的に活動を行うような形のものをこれから検討していきたいなと考えてございます。
以上、鴬の里防犯パトロール隊の結成の動きでござました。
ありがとうございました。
○コーディネーター(菅原敏元氏) ありがとうござました。
高橋会長さんのところは、昨年の2月でしたか、本当に脅迫状というのが届いて、でも、おかげさまでこの活動があって、それが何もなかったですね。
本当に山村地ののどかな場所なのです。
でも、そういうことになったり、そこから波及してこの辺のものが流行すのですけれどね。
我が文字の地区でもやはり同じようにステッカーをつくって、あれをいろいろな車に貼ってしまうのです
ね。
それで歩いていると、それ以外にもやはり不審者というか、高校生とか中学生の女性の帰り道とかを追いかける。犯罪ではないですけれども、そういう行為もあったのですが、こういうのを始めてみたら全体的に減ったという警察の方からのお話も聞いています。
そういったいろいろな複合的な効果も出てくるのかなということを感じさせてもらいました。
さて、それでは、大トリです。
津久毛っこ安心隊、小田島さんの方から。
今、二人ともPTAのときの話なのですが、今度は本当に先輩として活動を起こしてくれた方の事例を発表していただきたい。では、小田島さん、よろしくお願いします。
○パネリスト(小田島久男氏) 皆さま、おはようございます。
今、お話のありましたとおり、私はPTAではありません。
コーディネーターの菅原さんより、前から見て若くみえるかどうみえるかわかりませんけれども、昭和16年生まれ。6年前は老人クラブにもすでに入っているという身分でも有ります。
津久毛っこ安心隊の小田島です。
私たちの津久毛小学校は、合併前の旧栗原金成町の国道4号線の西沿いの方にありまして、西には霊峰栗駒山を望み、南にはこの校舎の校庭の南側の根元を、来年3月に廃止される予定のくりはら田園鉄道が走っている田んぼの中にある学校です。
皆さん、この袋にあるこの、右手の方に大きな白い建物が見えますけれども、この学校、これが津久毛小学校なはずであります。
そんな今、とても話題性のあるところのそばにいる有名なとてもいい環境で、先生方が津久毛小学校に赴任したいなんていう話もよく昔から聞いたことを覚えています。
現在の津久毛小学校の児童数は49名です。
しかも、今年の1年生は、男の子がたった二人という、本当に小規模な学校であります。
それが逆にいえばいい効果を表しているというのかもしれませんけれども、学区の世帯数が約270戸、学区内は五つの集落に分かれていますけれども、勤勉で誠実な住民が、いろいろな形で伝統的に、連帯意識が強まっている地域であって、その団結力というか、それがとても強くて、いいコミュニケーションをつくっている地域でもあります。
それが逆にいえば、安心隊を容易に立ち上げることができる背景でもあったというふうに思っています。
津久毛っこ安心隊は、そうした中で、児童の安全を守り、安心して学校生活を過ごしてほしいというもとに結成されたものですが、現在の隊員は、地区民、PTA、そして教職員も入っていただいております。90名で組織しておりまして、定時活動と常時活動を継続的に取り組んでいるところであります。
結成されるまでは、以外と簡単に立ち上がりました。
平成16年の7月に立ち上がったわけでありますけれども、先ほど申し上げましたとおり、とても団結力、連帯感の強い地域でありますから、簡単に、学校長とPTA会長の連名でちらしを出しまして、隊員募集をしました。
それだけで32人の方が名簿に登録されるというとても立ち上げやすい地域であったことがいまだに記憶にあります。
そして、隊員が二つ書いてありますけれども、その7月には、隊員100人、それから、活動をどんなことをするべきか、活動の内容確認という形をしてきました。
活動はほとんどが情報交換でありましたが、2回目の会議、17年2月にみんなで集まった情報交換会をしております。
その間の情報交換というのは、学校からいろいろな形での不審者情報を会報的にいただいたり、あとはまた、レポート的に、自分たちが見つけた、感じた情報を学校に提供するという形で、情報交換の場にしていただく感じです。
そして、その間に、今、ありましたとおり、学校に不審情報がかなり鴬沢地区にあった。鴬沢だけではなく、各地区から不審情報が出てきました。
そして、私たち津久毛というその地区にも、「写真こ撮ってあげっから」というような形で、子どもに車の中から声かけをするというような関係もあったということで、ただ単に情報交換だけでは心配だという形が、今年の3月のことです。18年3月、総会を結成して体制をつくりかえたという形で進んできているところであります。
18年3月、総会を開いてここで規約をつくりました。
今まではただ情報交換でしたけれども、規約をつくって、さらに活動はどんなことをすべきか。活動の内容。
役員を決めるというような形で、会議の総会をし、役員の数そのものも増えまして、90人という大所帯になったような感じがします。
世帯数が270だということを頭に入れていただいての90人であります。
次に、進めさせていただきます。
進退は規約に基づいて、こういった形の組織形成をしております。
隊長、私です。
副隊長は行政区長さんが一人に、現PTA会長がやっています。
ブロック長が3人です。
先ほど、地区が五つあるという中に、なぜ3かというと、私たちの構築は三つの行政区長さん制度の中に収まっておりますので、その行政区の中に一人ずつブロック長を置くという形です。
そして会計監査が二人。事務局は学校から二人。そして、前PTA会長が1という形で3人で協力をいただいています。
前PTA会長の話しで、教頭先生の手をあまり煩わせることのないような形でやるのだと言っていますけど、それは別の話です。
顧問は二人です。
一人は学校長でありまして、もう一人は警察駐在所長さんがなってくれております。
とても一所懸命な方でありまして、会議に、役員会にも参加してくれておりまして、例えば、県下の犯罪情報、傾向、件数、そういったことを御指導いただくし、今から出てきます安全日の活動もしていますけれども、たまたま、先に流れてしまいますけれども、1日と15日の2回しておりますが、1日と15日とが、祝日、土曜日だったらどうするかというときの指定の仕方。
これらも犯罪傾向というのは、木曜日と金曜日が多いのだそうで、そういった意味で、同時期に当たったときは、逆に前倒しして金曜日にしようなどということも、そういった駐在署長さんのアドバイスでもいろいろなことが現実になりました。
先ほども言いましたけれども、一つ目は常時活動です。常にどうしていようという形での、活動は(1)※と書いて、また子どもたちが安心して登下校できるように、見守りや声掛けを行おうという事です。(※=丸に「1」)
今、高校生の登校からいろいろな形でパトロール隊がありますけれども、気軽というのは大変恐縮ですが、"ワンワンパトロール"、うちの犬と一緒に散歩をしてもらいます。
二つ目は、"散歩パトロール"、言葉のとおり、散歩をしながら子どもたちを見送っています。
三つ目の、"3分ボランティア"というのは、要は3分間だけ少し余計に巡回しようではないかという、たった3分でいいからという形でのボランティアです。
"買い物パトロール"これは、私たちの地区は自動車で、ちょっと隣の地区まで行かなくてはいけない買い物ですが、自動車の中から僕らも見ようということです。
"100歩運動"、これは児童の家庭に限ることかもしれませんが、子どもの登校に100歩余計、同じ進みで見送ってやってくださいというような形での100歩運動です。
そして、常時活動、これは常日頃の活動ですけれども、地域や学校の周辺において不審者を見かけた場合は、警察や学校に連絡する。
三つ目が、子どもが不審者に遭遇したときの一時避難場所、救護活動を行うという形でありますが、これは、幸いなるかな、今のところ該当した案件はないことがうれしいことであります。
定時活動、これは先ほど言った1日と15日の定期的に街頭指導をしようというという形でやっています。
5地区がありまして、たまたまその要所も5カ所で、毎月1日と15日を原則的に街頭指導をしております。
そして、先ほど言ったように、土日祝日にぶつかったときは、繰り上げるという形をやっております。
巡回パトロールは、その下校時間に合わせた形で、こういった同じように、実物ですけれども、「防犯パトロール中」という形のワッペンを貼って、くるくるまわっているところでありますけれども、正直いって、10枚しかありません。
私を含めて各ブロック長の5人で、車で行ったり、あるいは前に指導員が貼っておりますから、前任者の話を聞くと、もっともっとワッペンみんなですればいいのかなと思いますけれども、逆にいえば、役付の方々でありますから、日ごろから車にこれを貼りながら、前側につけても両側をつけても、これを貼りながらパトロールをしているところです。
そういったことが、たまたま新聞の記事に紹介されました。
活動ぶりが組織的になったという形です。
これが街頭指導しているところを、今年の5月に河北新報に載ったものです。
たった二人しか出ていないのではありません。たった二人しか立ち会っていないのではなく、何か河北新報で、ちょうど良いアングルだと思ったのだったのか。
それから、左側に立っているのが校長先生です。校長先生と地元の行政区長さんが立ち会っているという形です。
これはユニフォームということで紹介しますけれども、こういった形でユニフォームをつくり、安心隊を結成されて行動しているということで、これは大崎タイムスに載った記事です。
大崎タイムスには、ユニフォームを準備したところが、隊員が90名という予想外に多くの方に集まっていただいて、ユニフォームが足りなくなったという形で紹介しています。
今、右側のがそのユニフォームで、今着ているのが私のこのユニフォームです.
字が浮き上がってみえるかどうかわかりませんけれども、勢揃いしたときのユニフォームの強さというのはすごいもので、帽子・ユニフォーム、こうして作って、ああ良かったな、行動が見えるなという感じがとてもしています。
夏は少し暑くて、着たくないなという言い方は失礼ですけれども、何か半袖的なものがあったらもっと良かったのかなというふうに思ったりもしているところであります。
そして、こういった行動、私たち、今年の10月、栗原市の地域防犯大会というのがありまして、そこで、自主防犯活動行動団体という形で、市の表彰を受けました。とても励みになりましたし、まだ上には、県とか東北管区的な表彰があるようでありますから、さらにそれを目標として、励んでいこうかなという形で、みんなで普段の活動をしています。
こういった活動の中で、私たちは、あえて、背伸びをせず、できることを永続的に実行しようという形をとっています。
その活動の結果ですけれども、一つ目には、地域の子どもは地域が守るという意識は問違いなく浸透してきたと思っています。
二つ目、これはとてもいいことかと思っています。
子どもたちにも隣同士も含めて挨拶がしやすくなりました。
そして三つ目、何よりも不審者情報はありません。もちろん犯罪も発生していないということに、とてもうれしく思っているところであります。
最後になりますけれども、今後の活動といたしましては、今、正直、見張り、見守り隊の状況にあります。
それをまず充実しようということでは、一つ目として、今までは、田んぼから畑からお茶の間から、いろいろな多面的な形で、会員でなくても子どもに目を向ける意識をもっともっと持ってもらいたい啓蒙をしたいというふうに思っています。
二つ目、悪質ポスターの除去、こういったことも考えています。
三つ目が、カーブミラー、横断歩道など、整備点検や危険筒所の点検という事を行いたいというふうに思っています。
いわゆるニューヨークの例ではありませんけども、ガラスが壊れた何した、汚れた町が整理整頓したなら、犯罪も少なくなったという話を実際に私たちは聞いています。
そういった意味で、整理整頓されたところには、犯罪者も近づかないという話しを聞いていますので、それらを実践していこうというふうに思っています。
そして、今後とも、学校関係機関と連携を深めながら、この大事な宝である子どもたちを絶対犯罪に巻き込ませてはいけないという事で、活動を続けていきたいというふうに思っています。
以上で発表を終わらせていただきます。
ありがとうござました。
○コーディネーター(菅原敏元氏) はい、大変ありがとうござました。
パネラーの3名の方のいろんなお話聞いていますと、まさに学校だけではない。
PTA、私たち保護者とか、二こに必ず地域が加わってくる。
そして、みんなでつくりあげていく。そんな感じがすごくいたしました。
皆さんも同じように感じたのではないかというふうに思います。
まさに今、県でもいろいろ言っているコラボ、協働という、そういった地域一体となって、学校を中心に、子どもたちができないことをみんなで何かやってあげよう。そして何か守っていこうではないかと。そういうのが出てきているのでないかなというふうに思います。
今、お三方のお話が終わったので、グルーブ討議に入らせていただきます。
−−−グループ討議−−−
○コーディネーター(菅原敏元氏) ではグループ討議を終了してください。
グルーブ討議の中で、パネリストの皆さんに、是非お聞きしたいという事が有りましたならどなたかどうぞ。
学校名と名前だけお願いいたします。
○質間者 旧栗駒町の尾松小学校の●●と申します。
来たら質問しようと思っていたのですけども、
まず、活動費をどのようにしているのか。会費だとか市からの助成金なのかというのがまず1点。
もう一つは、津久毛っこ安心隊の活動を最初につくるときに、どのようにして地区の方々に知らせたのか。
あと、もう1点、活動を長期継続するためにはどのようにしているのか聞きたいという質問が三つ出されましたので、お願いします。
○コーディネーター(菅原敏元氏) 今、安藤さんの方から活動費をどうしているか。
今、実は会場を回ったとき、皆さんが聞かれたのが、そこのようですね。
それから、津久毛っこ安心隊の小田島さんの方にどのように住民に知らせたのかということですね。
それから、それらの今の質問に対して、それぞれ、皆さんに聞いてみた方がいいですね。
それぞれ二つのパターンがありますからね。
では、順番は任せますよ。
誰からいきますか。
○パネリスト(小岩正典氏) それでは、萩野第二小学校の小岩の方から申し上げます。
活動費については、予算等、会費等一切ございません。
それで、こういうステッカーは立ち上げたときの隊長さんと、あと何人かのボランティアさんが、その方たちで1枚1,500円ぐらいしたそうなのですが、10セットとか、あと、帽子も購入されたみたいなのですが、その費用はやはり会長さん、それから、校長先生も入っていますが、ポケットマネーということで出されていまして、会計とかそういうのも一切ございません。
それで、提案したのが、緑のコピー用紙ございますよね。これにコピーをしてクリアーファイルが少し安くありますよね。
それを挟んで、車の外ではなくて、中に、ダッシュボードの上とか、あとはバイザーとかがあればそれにつけて、学校の近くを歩くときはバイザーを下ろしたりして、安く安くということで会員に40枚とか50枚とか配布しております。
それから、継続するにはということで、規約を設けております。
その規約には、会合は年3回、定例会は3月、7月、12月。これは夏休み前とか冬休み前とか、一番学校側で目が離されるという時期の前段階で定例会を開いて、休み中もしっかり守っていこうという、そういう規約をつくっています。
それで、これからやっていくという規約になっております。
○コーディネーター(菅原敏元氏) 高橋さんの方はどうでしょうか。
○パネリスト(高橋正浩氏) それでは、活動費ということなのですけれども、特に活動費というのは設けてございませんが、最初に、ステッカーをつくるのに、大体一組2枚をつくるのに1,OOO円ぐらい。これを50組つくりました。大体5万円ぐらいかかってございます。
それから、あと、こちら不審者警戒中という、これをラミネートの紙でつくった、マグネットでパウチしたこの部分ですけれども、これにつきまして、大体1枚80円ぐらい。この経費につきましては、PTAの会計の中から経費をいただきまして、このステッカーとパウチをつくってございます。
それから、長くやるというような形のものなのですけれども、私どもやっと結成して1年というような形でやってございますが、たまたま昨年の会員だった方が3月に卒業するという方がいますけれども、それについては、もう一度4月に各地区に、また団員を任命していただきまして、それでまた結成して、またお金をとる。
大体1年区切りの任期というような形で、進めていくような形にしたいと思ってございます。
○コーディネーター(菅原敏元氏) それでは、津久毛っ子の小田島さん。
○パネリスト(小皿島久男氏) 一つ目は、隊員の募集を含めた形の方で話をしますけれども、たまたま今、会場を歩きながら、逆に、当時立ち上げた校長先生にお会いしましたものですから、校長先生の方から教えていただきたいくらいな感じがしますけれども、先ほど、私、発表させていただいたとおり、私たちの地域というのは、連帯意識がとても強くて、本当に学校から、PTAから、こういった子どもたちを守りたいという形で、今、そのときのちらしなのですけれども、このA4の下の方が参加申込書です。
それを私が切り抜いて学校の方へ届けたから負担がないだけであって、この紙1枚を行政区長さんを通じて皆さんに渡した。
それだけで、趣旨を理解し、集まってくるのですよ。あまりにも簡単かもしれませんけれども、守り合う共同意識は本当に強いなというふうに思っています。
それで、32人の団員が集まったのです。
校長先生の人徳を含めて、やはりいい地域だなということをつくづく感じる地域であります。
ですから、当時は特に、情報交換というものですから、記事については心配しませんでしたけれども、数は少ないけれども今はこういった形でユニフォームをつくっています。
これも教育の中には、一応、経費については会費とか補助金とかという形で規約には載せていますけれども、正直会費は一切集めていません。
補助金というのも特にありませんが、特殊寄付という形で言葉をつかっていいかどうかわかりませんけれども、市の青少年指導委員会の方から、一定の金額をいただいています。
そして、もう一つは、特殊寄付という形で、正直このユニフォーム代というのも結構な値段しましたけれとも、一部は個人負担、一部は仮負担という形で、その特殊寄付の青少年指導委員会の方からいただいた助成金で、作った、それで活動をやっているということです。
先々、何といいますか、皆さんの方のようにステッカーをもっと増やすとか、そういった形になれば、また違った形があるだろうというふうに思います。
たまたま今、先ほど紹介を申しHずるのを忘れましたけれども、当初、発足当時はこういった小さいステッカーを胸につけて、何だかわからない人が町に立ってやっているような、こういった形だけの掲示でした。
多分、当時は学校経費の中から出たのかとは思いますけれども、それがだんだんこういった形で大きな金額になってくると、今後の私たちも課題ではあるだろうというふうに思っています。
そして、2回目の隊員の募集、最初の30、このピンクの紙で32人と言いましたけれども、2回目、90人になったときは、これも何というか、わざわざ役員がまわったりするとかそういったことではありません。
ちらしをつくって、今度は行政区長さんを通じたエリアの中で、回覧板で隊員を募集しました。回覧板だと必ず隣の家につきます。
誰かは必ず見ます。そしてまた隣にまわっていく形で、家では知らなかったということだけはない形で、回覧板で隊員を募集しまして、それが32から90名の隊員になった一つのアイデアではなかったかなというような思いで、今も90名でやっています。
○コーディネーター(菅原敏元氏) ありがとうございました。
回覧板というのがおもしろいですね。
地域性もあるのでしょうけれど、回覧板をまわす。
これはPTAではないですね。地域、行政、その辺の協力があったからではないかというふうに思います。
尾松小学校の安藤さん、よろしいでしょうか。
時間の関係もありますので、もう一組ぐらい。
○質問者 34番で司会させていただいたところなのですけれども、亘理中学校の広報委員長をしております●●と申します。
私たちのところの協議内容で、少し心配なことが挙げられたのですけれども、皆さん、すごく地域で、車にステッカーとかマグネット式のものを付けていらっしゃるようなのですが、それが盗まれたということもあったというお話も伺いました。
看板をかけていても、いつの間にかそれが撤去された。いたずらなのか、それはわからないけれどもなくなっていたと。
そういうステッカーの盗難の予防とか、それから、そういうステッカーを増版した場合、偽造されるのではないかというふうな心配もあったという声も聞きましたが、そのようなことに対する対策というか、何か持っていらっしゃったらお聞きしたいなと思いまして、質問させていただきました。
○コーディネーター(菅原敏元氏) 小原さんから、今、確かに偽造されたりとか、そういう件についてお話したことは、パネラーの皆さんの方でありましたでしょうか。
○パネリスト(小田島久男氏) 例えば、今、私が知る、これは本当に企業名を出していいのかわかりませんけれど、ホーマックでもどこでも売っている簡単なものです。
極端にいえば、悪用すれば犯罪を目的に購入してこれを付けて歩くことだってあるのではないか。こういった心配も確かにしました。
しかし、そこまで予測する。例えば、ホーマックさんに行ってこれを買う人をチェックするというわけにはいくものではありません。
それはどうにもならないと。
ただ、私たちは、そういった意味ではユニフォームがあるからということも含めて、セットでこうなっていれば安心。一番中で目立つユニフォームというのがとても大事なという形で、なんといいますか、悪用されることについては、話題にはしましたけれども、それ以上のことでは聞かなかったということは、事実あります。
○コーディネーター(菅原敏元氏) 高橋さんの方で何かありますか。
○パネリスト(高橋正浩氏) 私たちの方は、独自といいますか、これは店の方に注文しまして、独自で図案化しましてつくったものなのですね。
ただ、これはマグネット式ですので、すぐ車から持っていかれるということも確かにあります。
ただ、私たち結成するときはちょっとそこら辺までは考えなかったのですね。
実際に結成して1年経ちますけども、ステッカーが盗まれたというところは、地域では発生していません。
ただ、私たちも、今、御質問があったように、その辺も予測しながら、ステッカーとかも考えていきたいなとは思いました。
○コーディネーター(菅原敏元氏) 小岩さんの方では。
○パネリスト(小岩正典氏) それでは、うちの方では、ちょっと大きめタイプなので、車の形状によっては、隙間とかあれば風が入って飛ばされたというのが1件ございました。
それっきり補充はしていませんけれども、私たちが直接、下校時4時とか朝とかなかなか回れませんので、うちのおばあさんとかおじいさんとか、そういう方たちに頼んでまわってもらっている状態なのですが、紛失、盗まれた。これも1件も今のところ入っていません。
あとは、先ほど申しましたこれを、車内に置けば盗まれることはないと思います。
○コーディネーター(菅原敏元氏)この件に関しては、個人的な意見でありますが、やはり偽造する方はしてしまうし、どんな形でも持っていってしまうのかなと。
ただ、幸いのことにこの栗原の地域でやっていらっしゃるお三方は、土地柄もありまして、家族の顔、みんな見えている。そういう点がありますね。
極端な話、私が仙台に行って、それを貼って走っても多分わからないでしょうから。仙台の方が同じものをつくってここで走ると、あの人、どこの誰だというふうになってしまう。
そういう土地柄もあるかもしれません。
あとは、文字小学校というのが私の地域、同じようになっているのですが、これはもうそれこそ軽トラックにみんな貼っていますよね。
そこは、文字という地名をきちんと入れてやっています。
今言ったように、防止策はあくまで顔がお互いわかる。わからない人の車の人に声掛けられても、子どもたちもそれには乗らないと。
そういう地域性とか何かはあると思います。
やはり都市部では正直難しいのかなというのもありますが、これも一つの問題点というか、これから考えていかなければならない点であるということは言えるのではないかというふうに思います。
結論は出ませんけれども、小原さん、その辺でよろしいでしょうか。
時間がなくなってきたので、今度は逆に、うちの方でこういうのをやっていたよというのを。ありませんでした。
今のパネラーの方と違って、こんな形でやっていますよ。もしあれば。
ございませんか。
ぜひ、これはやはり土地柄、地域、いろんなものが関係してくると思いますが、ただ一つ言えるのは、みんながやはり協力し合っていることだと思うのですね。
PTAだけではない。地域とともにやっているという、そういったことがキーポイントになるのでないかなと。
あとは皆さん、今日ここで話した中で、それぞれの地域に戻られてやっていただければいいのかなというふうに思います。
パネリストの皆さん、今日はほかにこれだけはというのはありますか。
○パネリスト(小田島久男氏) 私たちは自主的な団体という形でこういった見守り隊をしていますけれども、塩竃第三地区での経過と多賀城の中で、市が委託している団体があって、その方々が巡回をしてくれている。あるいは立会いをしてくれている。
それから、学校から町内会長さんにお願いをして、その町内会を動かしているという話を聞いたのですけれども、ちょっとグループ討議の中で、十分な聞き方ができなかったものですから、そういった例は、逆に私たちの方が聞きたいし、私たちは、今、小学校の児童をまず安全確保という形でやっていますから、中学生、高校生みたいに遅く帰ってくる。今の場合だと暗くなってきてからの下校なんていうことについては、正直言って、まったく別枠な問題にしています。
それは残念でありますけれども、塩竃第三の経験と、田中さんの話、もう少し皆さんに聞かせてやっていただけたらなというふうな形で、逆に意見を発表していただければと思いまして、マイク持ってみました。
そちらの方でしたけれども、いませんでしょうか。
○コーディネーター(菅原敏元氏) ありませんか。
それでは、あと、今度記録用紙の方が、多分後で回収されると思います。
その中で、今日の大会での議事録的なものが発行されると思いますので、時間があれば本当はここを詰めていきたいのですが、残念ながら、その部分、もう少しお待ちいただいて、それを見ていただきながら、また参考にしてもれえればというふうに思います。
まとめにはならないかと思いますけれども、私、この間、車に乗っていてあるラジオを聴きました。
骨髄バンク、みなさん聞いたことありますよね。
聞いたことある方。
ほとんど聞いていますね。
登録されている方。
はい、ありがとうございます。
この骨髄バンクの会長さん、女性の方だったのですが、この方は自分もやはり、十数年前にそれにかかって、いざかかったときに、骨髄バンクというのがないということを気づいたのだそうです。
そこから立ち上げて、今、30万人を目標にやっているのだよという話でした。
この方に、私すごく共鳴したのは、一人では何もできない。
でも、一人が何かを始めなければ何もできないのだと。そう言っていました。
今、その方は、今の会長さんが、一人がまず始めることで、みんなに声掛けることで、今、多くの方が助かっているなという事実。
これを私たち肝に銘じて、今日はここだけでなくて、ぜひ、皆さん、今度自分の家庭に帰ったときに、ぜひ、今日、こんな話があったよ。ああいうのがあったよ。
やってみませんか。
声を掛けていただければ、何らかの形で今日の目的が達せられるのではないかなというふうなことを申し添えまして、今日の第1分科会のまとめに代えさせていただきたいと思います。
グループ討議記録
<パネルディスカッションで気が付いたこと>
・無償ボランティアで、ケアがされていないのでは。当地域では、「子ども110番の家」に保険をかけている。
・地域的な問題もあり、小規模でなら可能。児童数が多い学校では、対応が難しい。
・小規模校の話に共感。PTA会員の他にも要請している。
・組織立ち上げの経過を、もっと詳しく知りたい。
・同じ活動をしているが、低学年・高学年では下校時間が異なるので、全学年を見守るのは、難しい。又、PTA会員の協力は仕事上難しいので、地域の方の協力をお願いしている。
・共働きの方が多いので、祖父母・地域の方にもパトロールしていただいている。
・危険マップを参考にしたい。
・ステッカー等を利用しているが、経費は?
・子どもが帰る時に跳び込める場所というのは、(不在の家が多いのだが)?
・ステッカーが共通している。
・地域ぐるみでの活動等同感。
・発表内容と同じようなパトロール・登下校のチェックを行っています。
・団地の中での挨拶・巡回子どもを守る会を立ち上げ、活動をしている。
・町内会でのパトロールは、不定期に行っている。三世代(シルバーボランティア)で祖父母の参加もある。
・地域の人々の反応や対応が早いことに驚いた。
・小学校での取り組みは多いが、中学校での活動は少ないのではないか。
・小・中独自ではなく、地域を巻き込んで協力しながらの活動が少しずつ進みはじめている。
・根本的なものを忘れては、ならない。自分の子どもに対するかかわりを大切にする事。
・紹介例と同様の取り組みを、下校時中心に実施しています。
・昨今、子供達の危険・危機を感じ、各町で防犯を進めている。挨拶運動から地区巡視など、同じような活動を実施している。先生・PTA他、地域住民も参加するようになって来た。
・地域性にまとまりがあって、防犯の取り組みにも積極的である。
・子供見守り隊・ステッカー利用等、同じような取り組みが行われている事を、確認出来た。
・小さい地域だけでなく、広域の取り組み例も紹介いただきたかった。
・町内会・地域との連携、そして継続が大切である。
・地域でまとまりがあって、うらやましいと感じた。新興住宅地域では、何を呼びかけても集まらない事が多い。
・設備面(外灯など)の要望を検討中。学校では、日没に合わせて下校時間を設定していただいている。
・防犯パトロール実施中。地域の方々(ボランティア)にパトロール依頼し又、各地区で危険個所のチェックとマップを作成している。
・地区によっては音が鳴っても聞えない等の理由で、防犯ブザーも使えない。
・安全推進だよりを発行している。
<グループ討議での内容>
・登下校の時間がまちまちであり、地域も広いことから活動を依頼するのが難しい。
・中学生がまとまって帰る際、道路にはみ出しているのが危険。
・老夫婦で見回り時、マスクをしていたので不審者に見られた。
・ステッカーがマグネット式で盗難に会いやすいので、悪用されない様自己管理が大切。
・離れた地区は、校長や交番のおまわりさんが見回りをしている。
・不審者情報は、学校から各家庭へプリント・メール配信。
・防犯を意識しすぎて、子供たちをグランド等にも自由に出せない状況。
・防犯パトロール (日程を決めて、保護者が下校指導)している。
・子供の送り迎えをしている。スクールバスは親の負担。
・小学校と中学校の位置問題がある。離島は、安心なところがある。
・挨拶は必要。遠い生徒は、家庭で送迎している。
・スクールガードには、ユニホーム等がほしい。
・町・地域と一体となった体制作りが必要。各学校でも防犯活動を実施している。
・お年寄りを交えた防犯活動(散歩隊)がある。
・活動していく上で、運営資金がかかりすぎる。
・子供達に外で遊ぶ等の自由がなくなって来たように思う。
・T学校は、全員スクールバスを利用して、子供の安全を確保している。
・O学校は、宮城交通を無料で小学生が利用している。
・先生方が車を出し、送迎した。
・活動を起こしたいが、糸口が見つからない為参加した。
・脅迫電話があり、すぐに役員会を開き地域の方々、行政の協力で防犯活動した。
・地域の協力で、ステッカー・こども110当番・お年寄りの方には下校時に草刈をし、見守っていただくようにした。
・子供と地域のコミュニケーション不足で、見守り隊なのに不審者に間違えられた。
・A4ステッカーを全員へ(教員とPTA会員を別の色に)しかし、あらゆる地域で付け始めたので、逆に目立たなくなった。
・防犯協会からの協力がある。
・「子供が駆け込む家」の設置が大切。
・統一された腕章・ステッカーを県Pとして、作ってはどうか。
・地域ぐるみで、月1回第3水曜日街頭で活動している。
・町内防犯無線の活用。
・下校時有線放送がかかる。毎日パトロールしている。
・身分証明書を持参で巡視している。
・山に近い為、クマの出没する時がある。下校時に保護者が来られない時は、「ふれあいタクシー」という格安で利用できるシステムもある。
・5小学校ごとに区長さんが中心となって組織し、PTAが協力している。パトロール自治会組織、町公用車を利用して教育関係者、保護者が利用して巡回している。
・レディス隊(地域の方々)が見守り隊を行う。
・危険な目にあった時、いかに自分の身を守れるか、子供に教えておく事も課題。
・担当を決めると負担になるが、各人の意識改革で、街頭指導者が少しずつ増えた。
<ぜひ質問したい内容>
・経費はどこからまかなっているのか。
・PTAの安全組織は、どこの地域でもあるのか。
・安心隊の活動を知らせる方法は、どのようにしているか。又、長期に継続するためには、意識付け等どうしているのか。
・パトロール中に困った事は、ありますか。
・実際に事件が起きた時の対応の仕方は。
・子供が危ない事に遭遇した時、本当に他の家に入って助けを求める事が出来るのか。
・地域の交流、情報交換を密にするには。
・一般の方からの挨拶は素晴らしい。その挨拶をどのように掛けていくか。
・ステッカーの悪用の事例は。
・パトロール隊、長く続けて行くコツは。
・生徒数、人口の多い地域でのパトロールの有効な方法が知りたい。
・PTA主体となって、登下校の活動が難しい。
・ボランティア中の事故について、保障はどのようになっているのか。
・小学校と中学校の通学時間帯や通学形態の違い等、安全確保をどうすればよいのか。
・全面スクールバスにした事での良い点、問題点を知りたい。
・不審者を作らない方策、学校教育・家庭との連携等々。
<その他>
・問題点として、通学路に街灯が少ない。
・県Pより県内統一したステッカーを作ってほしい。
・Eメール通信のテスト中や、スクールバス運行の依頼、バスチケットの配布を実施。
・町内防犯無線の活用。
・一年生入学時に防犯ブザーを配布している。
・校長先生が毎朝あいさつ運動実施。
「おやじの会」ボランティアが不定期だが、下校時の見守りをしている。
・子供110番の家を利用したウォクラリーを夏休み利用し、行った。
・小中全体会議を開催した。
・全家庭にラミネートをかけた安全の呼びかけシート配布と、マグネット(安全)の配布。
・警察OBの方で結成された、スクールガードリーダーがある。

○コーディネーター(樫村恵三氏)
テーマを,支援を必要とする人々との共生といたしました。支援を必要とする人々と地域の中で,ともに生きるためのPTAのあり方ということをねらいとして,この場にみなさん方と一緒に来ているところでございます。
そこで,私どもの方から,いただければ幸いかと存じます。
一つ目でございます。
支援を必要としている人々が地域の中でともに生きていくために,どのようにその気持ちや行動を発信していけばいいのでしょうか。発信の仕方でございます。または,もしかすると,どのように発信していくかというよりも,もうしているのだよという意味。そういうような実践等が聞かれるかもしれません。
二つ目の柱でございます。
それらを受けて,ナイスキャッチをできているか。つまり,我々がそれをどのように受け止めることが,何ができるかということでございます。
この二つの柱をもとにお話を進めさせていただきます。
どうぞこの会が終わったときに,各地域に戻られて,みなさまができることからPTA活動の一環として,一つひとつ実践していただければありがたいな。このように思います。
それでは,パネルディスカッションを進めさせていただきたいと思います。
3人のパネラーのみなさまからご意見,ご提案をお話していただきます。
そして,二つの柱に沿って意見交換を行い,会場のみなさんからも質問やご意見等をいただきとうございますので,よろしくお願いしたいと思います。
それでは,各パネリストのみなさまから,まず,8分程度でよろしいでしょうか。
自己紹介等も含めまして,テーマについての素直な考え方,また,取り組みなどがございましたらお聞かせいただきたいと,このように思います。.
はじめに,金成養護学校PTA会長鈴木さんからお願いしたいと思います。
よろしくお願いします。
○パネリスト(鈴木和佳氏)
みなさまおはようございます。私は金成養護学校PTA会長の鈴木和住と申します。よろしくお願いします。
私の息子,現在17歳です。知的障害があります。金成養護学校のもうすぐ3年生になります。私が今日ここに参加させていただくということは,前もって子どもにも話しておりましたが,主人が今日は,昨日から松島で大学時代の友だちと集まってお話するということで,今日は来ておりません。
「今日は。一人だね。どうしたらいいかな。大丈夫かな」ってすごく心配して,「どうしたらいいかな。図書館にでも行く。」とか言っていたのですが,「お母さん,大丈夫だよ,僕,留守番くらいきちんとできるから。それより今日行ってしっかり話をしてくるのだよ。」と背中を押されて出てきたわけなのですけれども。
PTA活動ってどのようなものがあるかなといろいろ考えてというか,今まで学校で取り組んできたものを,写してみて書きとめてみたのです。ナれども,父母と教師の会,児童とか生徒の親と先生とが協力して,教育に奉仕する活動というのはどういうことかなということを,日々やはり私たちは親としての役割というのをすごく大切に考えてはいるのですけれども,学校に在籍している子どもたちは,栗原市全域,それから栗原市以外の子どもたちもおりますので,大きく広く考えたら栗原地域というか,そういうところに来ているのですけれども,学校は子どもたちの障害の属性に合った指導を教育してくれる。
私たちは受けられるということが,一番子どもたちにとってなのですが,とても魅力的なところがあるのですね。
地域から離れた学校に通学しているために,やはり地域の人々とか仲間,友達とやはり少しずつなのですが,疎遠になってしまっていくというところが現状なのですね。
それで,こう思うのですが,地域に開かれた学校の施設ということで,小学部は7校,中学部は,本当は1校なのですが,こういう機会を設けていただいて,そして,兄弟とかがいる子どもさんたちは,兄弟の学校も,参加できるというところで,やはりそういう地域には少しはとけ込んで楽しく交流をしている話も聞いたりするのですけれども,この養護学校の運動会では,一緒に競技に参加をしてくださる地域の方々がたくさん,近くの方ですけれども‥・。そういうところでは,すごく子どもたちも自然にとけ込んで,教育の場に参加できるようになっています。
それから,学校祭が今度行われるのですけれども,やはり地域の方々が積極的に参加をしてくださり,卒業生が市内の授産施設とかでつくっているパンとかお豆腐とかコーヒーとかを販売してくださったり,それから,金成地域でつくられたりんごとかもところ狭しと並んだりとか,1年ぶりにお会いすると,「元気でしたか,大きくなったね」とか言って本当に気軽に声をかけてくれたり,学校近くに住んでいる地域の方々が,婦人部の方たちなのですけれども,ステージ発表があったり,子どもたちは外からたくさん人が参加していることにすごく喜び,また来年も頑張ろうという気持ちになっています。
そして,これも私たちのPTAバザーというのに取り組み,準備とか,それから販売,地域のみなさんとの交流を楽しみにしています。
校内での講演会とか,それから芸術鑑賞会,先生と親が一緒に出向いてのさまざまな講演を聞いたり勉強する方々も,たくさん設けるようにはしているのですけれども,保護者の方全員というわけにはいかないので,参加できなかった人たちには,いろいろ伝えてあげたりとか,こういうところもあるよ,とてもよかったよというのを親同士ですね。地域の人たちとのふれあい,かかわりというのは,今後,子どもたちが学校を卒業して地域で暮らしていくためには,とても大切なことだと思いますn
認められることは,居住地の学校との交流がかなって,お互いにかかわりをつくって,それを広げて地域での生活の基盤をつくるということ。
各学校に特殊学級というのをつくられているところもありますけれども,まずそこの子どもさんと,その親同士で何かできないかなという思いがあるのですね。
地域の特殊学級の生徒と保護者とのつながりをつくって,何か輪を広げていければいいかなという思いがあります。
それから,運動会とか学校見学会とか学習発表会などの養護学校の行事への参加の呼びかけも行って,子どもたちもそれに加わって交流ができればなと思っています。
PTA活動としては,各小学校のPTAのみなさんで,地域の障害をもつ人々,子どもや大人も含めてですが,その関心を高めていただける。知っていただくというそういうことなのかなと思っています。
それから,地域での子ども会教室とかがありますね。そういうものにも,特殊学級とか養護学校の児童生徒の積極的な働きかけと,支援ができればいいのかな。お願いできればいいかな。ただお願いできればいいかなではなくて,やはり私たちもまず何か起こそうということも考えております。
それから,やはり地域で夏休みとか冬休みに,ここの地域で育った子どもさん,今,県内の大学に出入りしてくださっている方たちが,夏休みは養護学校の方で,プール開放をしておりますので,そこでよくボランティアとかも来ていただいていますし,そういうところではすごく助かっています。
養護学校のPTAと各学校の保護者とのつながりも大切にしていくというか,親同士で何かをつくって,そこに地域の方々にも参加をしていただいてボランティアをしたりというのは,やはり私たちが,「やろうね」だけではなくて,本当に子どもたちの将来のために頑張ろうねという気持ちがすごく強くあります。
やはり,私たち親は子どもたちよりも先にいなくなりますので,やはり亡くなってからのことをどうこう心配するよりも,今をまず安定させて,子どもたちが安心して将来充実できるということを強く望みます。と
○コーディネーター(樫村恵三氏)
みなさまに質問でございます。
みなさまが住んでいるところの近くの養護学校のお名前等をおわかりになる方いらっしゃいますか。
例えば,気仙沼であれば,何々養護学校であるとかということをご存知ですか。
ここの栗原ですと,何という養護学校でしょうか。
ヒントはお話に出されたところもあるのですが,近くでいきますと,金成養護学校です。
あと,北の方に,石越の方まで行かれますと,迫養護学校です。
これは宮城方式といいます。全国では結構めずらしいのです。地域地域に拠点としておかれている。南であれば,角田養護学校,点々とあるのですね。何々教育事務所に一つある。
がゆえに,今,会長さんがおっしゃってくださったように,スクールバスで通っている方,距離的なものから,時間的なものからしますと,多い方で片道2時間かかるのです。
それは,私のところから,学校はあってもないので,多くの友だちを乗せていきますよね。
ですから,そういうふうにして一人乗せて二人乗せてといくものですから,2時間ぐらいかかる場合もございます。
それを小学校1年生から,今,お話だと17歳で進路までということで,その空白は,その養護学校で一応解決するようです。
お話にもありましたように,そこからの先は地域に報告と。
そこについての問題提起ということでございます。
そういうことからいきまして,特殊学級等々,通常の学級の中でというような話等も出てきました。打って出ていくということもあるのですけれども,養護学校の生活もそうなのですけれど,それをもっとコアに狭めて,その地域にある小中学校ではなくというようなとこからの関係,いかがでしょうか。
今野さんの方からお話をいただければ。
○パネリスト(今野誠氏)
先ほど,鈴木さんの話を聞きまして,実は金成養護学校の方は,すごく近くて,それくらいですか。住んでいるところが。
正直言いまして,あることはわかっているのですが,実際に何をやっているかとか,どんな方がやっているとか,先ほど言ったように2時間かかって通って,今,初めて知ったのですね。
多分,小学校のみなさんが身内の方にそういう方がいないとわからないと思うのですよ。
ですから,この間題に関してすごく深いというか,もっと正直いって,私たちの方からというのは,その間題というのをしようとすることはなかなかないので,逆にもうちょっと何かうまく発信していただければ,いつも僕はPTAの方からは任期がはずれているのですけれども,もうちょっと何か違う方法ができたらいいかなと,今,聞いておりました。
あと,いろいろ,前ですと,金成の広報誌というのがありますから,あれは結構みなさん家庭に配るので,ああいうのをもっと利用していただければもっとわかったのかなと思っています。
○コーディネーター(樫村恵三氏)
ありがとうござました。
続きまして,発信するというようなことでございましたので,どうですか。菅原さん。どのような発信の仕方。してきたのだろうけど伝わらないというような部分もあったのかもしれませんが,そういう反省も含めながら,今やっていることでご紹介するようなことがあればお願いしたいと思います。
○パネリスト(菅原勢津子氏)
一歩一歩の会で障害の別を越えて,年齢も3歳から25歳の子どもたち15名の数で構成しております一歩一歩の会の,今年度と昨年度の代表をしています菅原勢津子と申します。
若柳一歩一歩の会が,その当時3歳から25歳までの15名で,障害もさまざまです。
それで,何を目指しているかというと,将来はやはり地域のみなさんと一緒に生活をさせたい,地域で暮らさせたい。そういったものを目指しております。
年齢がさまざまなので,どんな活動ができるかということで,その人たちに,ここにも書いてありますけれども,ミュージックケア,音楽療法ということで,2カ月に一度,地域支援センターに入るのを,ボランティアのみなさんにご協力をいただいて,1時間以上,音楽に合わせて体を動かしたり,踊ったりというふうにして楽しく遊んでいます。
そのときに,地域に発信というわけではありませんが,近くに迫桜高校がございますので,そこのボランティアクラブの生徒さんに一緒に遊んでいただけませんかということをご提案しましたら,快く受けてくださって,2,3年ぐらい前から,ミュージックケアのときに,一緒にダンスをして楽しんでもらっています。
うれしいことに,その出会った経験が,生徒さんたちの心に何かを育ませてくれたと思うのですけれども,一歩一歩の子どもたちと出会ったことが・・・。
そういった報告を受けることは,私たち親にとって,生まれたときには,この子は役に立つことがあるのかな。生まれてきた意味があるのかなって,すごくショックで悩んだ私たち親にとっては,本当に明るい希望でした。
これからも,迫桜高校のみなさんが,一緒に楽しんでもらって触れ合ってもらって,もっともっと何かお願いしてもらって,また,そういった温かいものを心の中に宿してほしいなというふうに思っております。
そして,ぜひ地域に戻ってきて,学校でもよろしいし,保育士でもいいし,医師関係の仕事場でもいいので,そういった経験を生かしてほしいと思っております。
今回,このパネリストに出させていただいて,お母さん方,私たちの一歩一歩の会や,もう一つ,うちの子はダウン症で来年小学校4年生なのですけれども,そういったお母さんたちに話を聞いたのですね。
PTAというか地域の人たちに,どんなことを望みますかというふうに言ってみました。
まず一つには,やはり理解なのですね。障害そのものの理解もなのですけれども,障害がある子も一緒にいるのが自然なのだよ。家庭にもまだ弟や妹で歩けない赤ちゃん,話せない赤ちゃんがいたり,足が不自由になったり,認知症になってきたおじいちゃん,おばあちゃんがいるように,学校にもハンディのある子がいても当たり前だというふうに認めていただきたいということでした。
そして,障害がさまざまなので,一つはダウン症ですが,ダウン症はテレビドラマになったり,また,大学生になった女の子もいたり,コマーシャルに出たりと,かなり理解されてきていますけれども,同じダウン症でも一人ひとり性格,個性が違うのですね。
子どもたちに言わせれば同じ顔しているというふうに言われるのですけれども,よくコミュニケーションをとっていただいたり,みなさんも個性があったり性格も違うように,ダウン症の子どもたちも一人ひとり本当に違います。
例えば,ダウン症,自閉症,そういうふうに,障害名でひとくくりにして見ないで,一人一人,どんなふうなのだろうというふうに,性格とか個性とか笑顔の違いとか,そういったところを見てほしいなというふうにお母さんたちは思っております。
今,ある時なのですけれども,同じグループのあるお父さんから,ダウン症の子がうらやましいと言われました。
「どうして」って。そしたら,顔で障害がダウンだとすぐわかる。うちの子は,顔は,申しわけないのですけれども,普通と変わりがないので,突然何かになったりしたときに,周りの人たちは,やはり奇異な目で見られてしまう。そういった意味で,ダウンの子がうらやましいなというふうに言われました。
それは夫がそのお父さんから聞いてきたのですけど,「そうですね」って。お子さんもいろいろやはり悩みも達うねっていうふうに話していたのですね。
ですから,障害児の親の悩みもさまざまだということです。
もう一つ,地域に発信という意味では,どこの学校も当時の育成会,委員会というのもあると思うのですけれども,家の方にもありまして,PTAでも各地域,お父さん,お母さんたちが毎戸にまわっていただいて,助成金ですか。一口200円なのですけれども,そういったお金を集めていただいて,育成会の方の活動に使わせていただいているのですけれども,若柳は本当に,冊子を出しているのですけど,「愛の架け橋」といういろいろな活動,各栗原地域の小学校の特殊学級の様子,そういったことを丁寧に書いたり写真を載せたりした「愛の架け橋」という冊子を,毎戸に渡して,寄付をいただかなくても,読んで聞かせてくださいというふうに持っていっている。
これは,私は,障害児の親になる前は,あまり関心がなかったのですけれども,障害児の親になってみますと,本当にこういった活動が長く,20年ほど続いてきたわけですけれども,ありがたいなと思っております。
こちらの鈴木さんも,今野さんもそうですけれども,ハンディを持った子の親になる予告がないのですね。
突然なのですよ。突然なので,かえって気が付いたときに,そういった活動や傾向の仕方があるということは,初めて重たいなというふうに気づきました。
これからも,障害を持って生まれてくる子どもたちは必ずいますので,そういった活動はぜひ理解していただいて,残して,そしてもっと広げてほしいというふうに思っております。
もう一つなのですけれども,関心を持ってほしい。
いろんな方に,障害児にとりあえず関心を持ってほしい。そして,もう少し一歩踏み込んで,私が障害児の親になったらどんなことをしてほしいかな。どんな行動をするかなというふうに,少し考えていただいて,それで,物理的なり心理的なり,寄り添ってもらったり,手を差し伸べていただけたらなというふうに思います。
私の例を申しますと,突然,ダウン症の子が生まれたときに,短大時代の友達に電話をしたのですけれども,そのとき,友達も一緒に悩み苦しんでくれて,またそのときはひとしきり泣くと収まるものですから電話を切ったのですけれど,2,3日後にまた電話をくれて,ここ2,3日眠れなかった,どうしたらいいかなと思って,様子をみながら病院に電話をくれて,また,その1週間後ぐらいに,本が送られてきました。
それは,「障害を持つ子のいる暮らし」という小児科の先生が書いた本でした。
それともう一つ「今時障害者の母親の物語」という仙台在住のいろんな障害を持ったお母さんたちのかなり明るい前向きな本。それをもらって,手紙には,「急にプレゼントしたくなった。私も読んだ。ちゃんと読んだ。私は,あなたの子どもたちが生きる世界に一緒に生きる私たちの子どもにも,私の子どもにも,優性思想。優れているものだけが残ればいいのだというような,そういう良くない思想を無くさなくちやいけないし、ともに生きる社会を築いていかなければいけないのだよと,私なりに子どもにきちんと聞かせてやらなくちやいけない」と言ってくれました。
すごくそれは心強いことなのですね。
そういった言葉だけでも,突然障害児の母になった私にはとても勇気付けられて,そうだな,私のためにも,この1冊の本はとてもいい本で,ぜひ,ハンディを持った,持たないお父さん,お母さんにもぜひ読んでほしいなと思っております。
○コーディネーター(樫村恵三氏)ありがとうございました。
このまま聞いてしまうと,みんな泣いて泣いて話が進まなくなってしまうのでないか心配したので,少し切らせていただきました。
後でまた,いろいろなお話を聞かせていただけると思います。
さて,すみません。私の不手際で,今野さん自己紹介を含めてどうぞ。
○パネリスト(今野誠氏)ここにも案内を書いていたらしいけれども,こちらの雑誌の方にあっては,金成中学校でなくて金成小学校の感じで,それと先ほどの菅原さんの件の前にちょっとお話したいのですけれども,僕も3年ほど小学校の役員をやったのですけども,3年間やりましたので,最後に部会長やりまして,いろんな役職をやらされたのです。やりたくてやったわけではないので,会長さんに,ぜひやってくれという感じでやったので。
でも,やるのはすごく嫌だったのですけれど,いざ3年過ぎてみると楽しかったという。何というか,いろいろなお母さんたち,お父さんたちがいるし,お子さんたちもいるし,先生方もいるから,なかなかまとめるのは大変で,必ず何かやると文句はくるし,多分みなさん同じ気持ちでやられると思うのですよ。
それを一言言っておきます。
実は,私の方の自己紹介なのですけれども,別に今は何もしていないので,みなさんのようにこんなことを発信していますということはないのですけれど,実はうちの息子は高校生なのですけれど,不登校なのですよ。
中学校1年生から行き始めて,1年と7カ月ほど行かなくて,卒業間近になってぽっと行って,高校に受かって,そして1学期は行ったのですけれど,3カ月ぐらい不登校なんですよ。
その話もありまして,みなさん,他の方とは,話の趣旨は違ってくるのですけれども,今問題になっているいじめですとか,不登校とかっていうもの,どちらの学校でも逃れられないといったら失礼なのですけれども,起きてしまうものなんですね。
先ほど菅原さんも言ったように,その当時は動転がありまして,本当にどうしていいかというのがわからないので,こちらの方に書いていたのですけれども,それだけ本当に,1カ月ぐらいかな,学校の先生をつけて,カウンセラーの話を聞いて。
カウンセラーに行くというのはすごくエネルギーがいるのですよ。父兄がカウンセラーにいくエネルギーというのはすごいのですよ。
このエネルギーを生み出すためこ,私 家内と一緒だったのですけれど,3カ月ぐらいかけましたね。
だから,逆に,この場合は,支援を必要とする人々との共生というテーマなので,少しずれてしまうと思うのですけれども,では,PTAの活動として,ある同じ学校内に,委員の方たちが現れることには,やはり風の噂が入ってくると思うのですよ。
でも,中には自分の舞台に自分で立った方がいますから,そういった方たちに,PTAの方たちからは,急にはできないですけれども,カウンセラーがありますよとか,カウンセラーでも2種類ありますよとか,そういった在学しているお父さんなりお母さんたちに,こういった情報提供してあげられれば,すごくやはり良いことだと思います。その提供された情報を,このように消化するかというのがお父さんとお母さんの腕になってくるのですけれども。
また話は変わりまして,うちの息子が何か普通に世間というか,外に出始めたというのは実は音楽だったのです。音楽のおの字もやったことがないのですけれど,急にギターをやりたいと言い出して,ギターと言われても困ってしまって。親父はやらないし,娘はピアノをしていたのでピアノぐらいは知っていたのですが,そのときのちょうど知り合いで,僕が役員をやっているときのその前のPTA会長さんの息子がギターが好きな方なので,その方に電話をして,ギターはどこで売っているのみたいな話になったのです。
それで,すぐ買ったのです。
だから,本人がやりたいと言ったときに,もう次の目ぐらいに借りられたので,
先ほど,菅原さんの話でも,音楽で療法されるミュージックケアとか,それって,音楽ってやはり,音楽とか芸術とかというのは,個人的はすごくやはり人間の心を動かすのかなとつくづく思っています。
その前にお話したかわからないのですけども,今,文化庁長官ですけれども,あの方も,不登校とかそういう方が一歩前に出るためには,文化的な要素を入れるとすごくいいという話を聞いたのです。音楽もあるし,絵もあるし,歌を歌うとか,そういうのがありますので,こちらの方のミュージックケアですか。
すごく僕としては関心があり,この前の打ち合わせのときにも,その話をされていたので,家に帰ってすぐ息子に言ったのです。「おまえ,外へ行ってギター弾いて歌ってできるか」と。
普通はみんな断るのですけれど,こと音楽に関しては,やだと言ったのですけれども,何か前に出てやってもいいかなみたいな顔をしていたのですよ。
だから,少し本文の話がずれてしまうのですけれども,何かその子たちのやりたい場を与えてあげるというのですか。この話というのは,多分,菅原さんも鈴木さんも,やはり地域とのかかわりを持ちたいと言っていましたので,そういったいろんな子どもたちというのは,多分地域の人たちとかかわることが無いんだと思うんですね。
先ほども言われたのですけれど,遠くから通う人とかとなってくると,逆に住んでいるところの方とは,疎遠になってしまうのです。
何かその地域の人たちの集まりといっても,いろいろ学校関係ですとか,そういったものでずれてしまうと思いますので,だから,PTAの方たち,いろんなバックアップの行事をやられると思うのですよ。学芸会もあるだろうし,学年発表会もあるだろうし。
金成小学校ですと,何か先生を置いて応援みたいなものをやったり,そういう話も,ぜひ,僕としては,前回少し話が出たのですけれども,小学校のテーマだって,演奏は可能なのですかみたいな話なのですね。
だから,逆にPTAの方から,うちでこんな行事がありますから,では,金成養護学校さんですとか,何々養護学校さんに来て演奏会しませんかみたいな話ができればいいなと思っています。
私の場合は別に地域に配信していないので,このくらいですね。○コーディネーター(樫村恵三氏)ありがとうございました。
それでは,演奏とか、先ほど鈴木さんの方から打って出て,こちらからこうしてくださいというよりも,私どもの方から,障害のあるお子さん,そのお持ちの保護者で養護学校さんで、打って出るというようなことを,具体的に小学校であるとか,コミュニティのところでやっていただければということをお話いただきました。それについて何か,金成養護学校さんでやっているということですのでご紹介していただければ。
○パネリスト(鈴木和佳氏)そうですね。
小学,中学部,高等部としての活動というか,そういう地域での交流というのは,かなり先生方を通じていろいろ設けていただいているのですけれども,やはり子どもたちに障害の重さとかそういうのにもよって,なかなか受け入れてはくださる学校というのもないことではないのですが,そうなると,今度また,小学部の4年生,5年生との交流とか,それからそういうふうに本当に小さい単位では,こちらから学校に出向いて,また,保護者と一緒に出向いて,例えば,金成小学校さんではこういう活動をしていますよ。
金成養護学校の子どもたちは,今,こういうことを一生懸命やっていますよというような,やはり音楽ってすごく大きいですね,影響が。
それで,私たちもそうですけれど,音楽がなかったら生活していけないなというふうに,すごく今も感じていますし,たまにそういうことがたくさんありました。
ただ,眺めているだけで,体が自然に動いたりとか,それだけでやはり落ち着いたりとか,心が穏やかになったりとか。
その中で,また,子どもさんたちといろいろな交流を重ねていくという,手と手をつなぐだけでも,ちょっと肌と肌を交わしたりだとか,そういうところにはすごく大切な活動で,やはり学校だけで生活するというのはもちろん大切なのですが,やはり車椅子とかで生活している子どもさんとかは,やはり言葉が出なくても,表情を見ただけですごいわかるのですね。
これから,スクールバスに乗って外に行くよという,先生の行動とかお話とか雰囲気で,もうすごい目が輝いたりとか,普段はあまり笑わないのだけど,にこっと笑ってくれてこっちに来てくれたりすると,それだけでもやはり,先生もですけど,そういうことを一緒に行動できるということは,これからも大切なことだなと思っております。
○コーディネーター(樫村恵三氏)ありがとうございました。
私も教員でございますので,例えば,こういうことってあるのですよね。
一緒に活動している障害のない子どもにとって,障害のある子どもたちを初めて見ると,その障害のあるところが気になります。
「足ないんだ,何でなんだ」というようなことになるのですよ。
本当にこんなことに目が奪われがちなのですね。
ところが,そのふれあい,先ほども言った交流とかをやっていくと,もう子どもたちは何もないのです。
一人の友だちとして生活をするということがあるわけです。
県の施策の中にも,学習システム成功という事業がございまして,宮城県の将来構想の中に,通常の学級の中で障害のある子が育つと。若柳小学校さんでの菅原さんもそのモデル事業をやっていただいているところがあるのですけれども,ほかのところでも,例えば,だめなところはだめというようなことを,小学校1年生のときに言うのですよ。
ダウンの子が,1年生のクラスの休み時間の,自分がやりたいものだから順番を守らないという成長過程が出た。そうすると,男性好きなのです,彼は。男性は男性に甘いので,いいのでないかと許してやれる。女性はだめなのです。だめなものはだめ。
こんなことを今許してしまったら,大人になったら絶対いいことにならない。
完結はしないのですけれども,そのまま「知らないよ,知らないよ」と言って,「言ってやろう,言ってやろう」と言って教室に戻って,道徳ではないのですけれども,そういう話になる。
今日は,そういう、ともに学ぶことによって,お互いがお互いを刺激し合って勉強していくというようなことがあるのではないかなという感じがするのですけれど。
菅原さん,どうでしょうか。そこは。
○パネリスト(菅原勢津子氏)先ほど,先生もおっしゃったように,さとやは通常の学級に在籍しながら,算数は職員室で学んでいます。
さとやはとても恵まれていまして,3歳のときから地域の指定幼稚園,市立の幼稚園に通園しました。
はじめは,2歳半ぐらいで歩き出したので,3歳のときはまだ発音ができていませんでした。
私のことも「やや」と呼ぶぐらいで,おむつも取れていないし大丈夫かなと思ったのですけれども,上の子が通って,その仲間のお母さんのお誘いで,PTA活動をさせていただいたこともあったのかなと思うのですけれども,先生から,私が躊躇をしているのを感じてくれていたのだと思うのですけども,「待っているからね。さとや君のこと待っているから心配しないで連れてきなさい」と言っていただきました。
どのくらい手がかかるのか,本当に想像しただけであれなのですけども,その一言が本当にうれしかったですね。
そう言ってくれる先生もすごいなとは思うのですけれども,そういった一言ですね。無責任でもないのですけれども,もちろん責任がある思いでしてくれたのでしょうけれども,でも,親の私はとっても勇気づけてくれました。
PTAの役員も引き受けまして,一緒に子どもと通園したのですけれども,学校の先生は,毎日パンツ汚したりすることですから,文句一つ言わずに洗ってくれたし,連絡帳には嫌なこと一つ書いてくださいませんでした。
いいこと。今日は工作でこんなことしたよ。こういうふれあいがあったよ,私の靴を出してくれたよと本当いいことを書いてくれて,それも私の精神安定剤というのですか,子どもの笑顔で通ってものですから,お母さんを元気づけるというのが,今,私振り返ってみて,いかに先生方に育てられたなというか,そういう意味では元気付けてもらいました。
それがさとやに笑顔で接することができた一つのだと思うのですね。
一緒に暮らして,ずっとそして,幼稚園も幸い受け入れて,公立幼稚園なのですけれども,3,4歳で幼稚園に通って,5歳が小学校入学。そこにも補助の先生が,付いてくださって。
小学校も1年生のときから,みんなと一緒に,幼稚園から一緒だったので,大変だと思うのですけれども,
もう幼稚園のときから知っている子が半分ぐらいですので,先生も知っているのですね。さとやの何ていうか性格というのを。連絡帳で学校と連絡しあっているんですけれども,先生も連絡帳には書かなかったこととかを,昇降口に迎えにいくとさとや君,今日こんなことしてこうだったよって,先生より先に報告してくれて,実に兄弟,弟を見るような目でみなさん見てくださって,いけないことはいけないというふうに,やはり先生がおっしゃったように注意してくれているのですね。
でも,さとやもクラスのみんなを信頼しきって,先生のことを信頼しきって,毎日笑顔で,勉強の方はともかくなのですけれども,笑顔で元気に通ってくれるということが,親にとっては働きがいがある、安心できる要素だと思っています。
○コーディネーター(樫村恵三氏)ありがとうございました。
御兄弟がいらっしゃるのですね。お兄ちゃんですね。
彼なんかは,気にはしていたり,つまり,通常の学級に入ることによって,我々教育サイドの側からすると,老婆心にはなるかもしれませんが,転ばぬ先の杖として,いじめられるとか。
○パネリスト(菅原勢津子氏)全くありません。
かえって,中学に行って,中学3年生の先輩なんかにさとちゃん元気にしているのかなと聞かれるって言っていました。
そういった意味で,お兄ちゃんも「さとやはどうするの,中学校」とかって,やはりみんなの中で一緒に生活できたらと思っています。
○コーディネーター(樫村恵三氏)ありがとうございます。
子どもたちの世界というのは、やはりそうなのだな。先ほどもお話したように、壁というのはそんなに高いのではなくて、我々この世代、私ぐらいの世代というのは特殊学級もきっちりとあってという。もう本当に入学して、卒業して、卒業式のときに、何とか学級の誰々君とか。
運動会になれば、特別のときに練習に来ているというのが時代でございました。
今、まさしく共に学ぶというようなところ、このように変わってきているし、それがだんだん当たり前になりつつあるというようなところでございます。
ただ、やはり、親御さんの方の悩みというようなことも、私も親でございますので、そういうところを共有しなければならないし、地域で生きているものですから、考えさせられる部分あると思います。
もう本当に、生の声でここまでお話してもらっていいのかなと、大変恐縮しながら会を進めさせていただいているところでございます。
お三人の方からお互いに何かご質問とかそういうところございますか。
○パネリスト(今野誠氏)先ほどの件で付け足したいのですけれど、先ほど、菅原さんも言っていたのですけれど、親を元気づけるというのは、このことがあって、実は、不登校の親御さんたちには、すごくあるのですよ。
実は、栗原の金成にいるのですけれども、栗原教育委員会の方に、年3回ほど集まりがあるのですね。来週もあるのですけど、私は4回ほど出ているのですけど、正直言って同じ方が来たということがないのですよ。
大抵来ても3人ぐらいしか来ていないのですけども、みなさんに共通しているのは、お母さんたちは来るのですけれども、正直言って、化粧が少なくて、暗い顔で来るのですね。
来るたびに言うのですけれども、例えば、化粧をする。もうちょっときれいになって、自分自身で元気を出さないと、正直いって毎日苦しくて泣いてしまうような生活になってしまうのですよ。
先ほど、菅原さんが言っていましたけど、笑顔で元気になっていかないので、暗い顔をして家の中に閉じこもっているので、これはやはり親御さんたちは効きますね。
ですから、できれば、お友だちでそんなのは相談すればいいのですけれども、飲み会なんかに誘ってあげると、そのお母さんが生き生きとして、すごく力を与えてくれる。
金成の方は家内の実家なので、まわりに友だちがいるので、飲み会にたまに誘われたりするので、それは本当に心の支えだと思っています。
○パネリスト(鈴木和佳氏)実は先ほど、短大のときの友達が、私の片腕になりたいということで励ましてくれて、どうやって生きていく方法を解決するか。そういうことではなくて、ともに生きて、そういった、ハンディのあることをしてみて社会のルールを教えるからというふうに言ってくれた彼女の息子さんが、高校を出てから引きこもりに成りました。
私もちょっと、また違ったケースなので、何ていったらいいのかなと。私はいっぱい力をもらって、勇気を貰った私は、なかなか私もどういうふうに言葉をかけていいかもわかりませんでした。
そのうちに彼女と何回か会って食事をしたり、お散歩に行ったりとかというふうなことをして、やはりそういうことで出ようかなんて思って、あまりお子さんの話をしないで、そういったことをしていたのですけれども、最近、うちの息子、ようやく将来こういうことをしたいというふうに言い出したんですね。
その間、彼女は、彼を責めることもなく、見守り続けたのですね。
すごい忍耐だと私は思うのですけれど、ちょっと私の性格ではできないのですけれども。そして、彼女は彼のいいところをきちんと評価した。
私、下に女の子がいるのですけれども、彼はもう21かな。なかなか予備校にも行かなくなって引きこもってるのですけども、それでも彼女にとっては、彼は癒しの存在だったと思うのですね。
親に対しても、言葉遣いがすごく丁寧ですごく優しいお兄ちゃんなのですね。私も知っているのですけれども。
妹の娘さんにはない、一緒にいて癒される雰囲気のあるお子さんだったのですね。
絶対、こういうところを生かしてという感じで信じて、やはり親が信じきることがすごい力で、すごい力になるのだなって。その間、どんなやりとりがあったのかは私も細かくは知りませんけれども、その彼女の待つ部分と、子どもを信じきる。
そして、また彼女は彼女で自分は介護の方の勉強をして、外で働き始めたのですね。
一緒にいたのではやはり、自分も外に出て、いろいろな社会も見たいし、社会を見るということで充実する。それなりの自分も働きだして収入を得るということが、彼女にとってもとても、始終家にいるのではなくて、すごくいい気分転換することになったと言っていました。
○コーディネーター(樫村恵三氏)ありがとうございました。
今野さんの方から、少しぐらいお化粧をしてというようなことのアドバイス等をいただいているようですけれども、やはりこの前に出てくるということも一つの勇気があってのことなのだと思うのですね。
鈴木さんの場合、先ほどの自己紹介でありますと、心配しないで、きちんとお話しておいでと言ってくれる優しさもあるのでしょうけれども、その優しさがゆえに、それなりに自分の障害というものを、どのように彼は開示をして、それに対してお母さんのこのようなお話をしてくださったか、そういうところを少しお話していただけませんか。
○パネリスト(鈴木和任氏)築館小学校、築館中学校とお世話になって、それで、金成養護学校に入学したわけなのですけども、小学校のときは、本当に通常学級で6年間通わせてさせていただいたのですが、やはり世代間ですか、一応学校では生活の中で、お友だちと一緒に、やはり催し物をやるというのに少しずつ遅れが見えてきたりとか、そういうのは先生の方からもお話をいただいたのですが、どうしてもそのころの私も、それから主人もなのですが、そういう特殊学級とかに在籍させることは、何かすごく悪いことといったら失礼なのですが、はずかしさとか、何か世間体のことばかりいつも考えていて、今思うと、はじめのことを一番考えてあげなければいけない私と主人が、まわりの顔、そのことばかり気にしていて、一番大事な子どもに、すごく楽しく生活させてあげるということができなかったというのがすごくありました。
そして、中学に入ったときも、もちろん担任の先生、それから小学校でお世話になった先生、それから教育委員会の方とかともいろいろお話をしていきましたが、やはり1年生のときは、普通学級でお願いしますという形でお願いしたいのですが、だんだん2年生になるにつれて、今度は子どもからも信号がいっぱい出てきたわけですね。
親にも、それからクラスのお友達とか先生に対しても、学校に行けなくなってしまいました。
それで、まず一番にはじめのことを考えましょう、お父さん。今の学校の状況はこうですよ。はじめ君は学校ではこうですよというふうなお話をいただいたときには、本人はもう学校には行きませんでした。
それで、それが90日間ぐらいずっと続いたのですけども、ある日、ぽっとその中で、学校の体育祭という行事がありまして、学年ごとと、それからクラスごとに大きな応援をするときの旗をつくるのですね。
旗ができました。さて、これを誰に持たせるか。振ってもらって応援をしようかなというときに、そのクラスのある子どもさんが、うちはいつもはじめというのですが、お友だちにははるちゃんって、そういうふうに呼んでいただいていたのですね。
はるちゃんがいいのでないということをお話してもらって、すぐに連絡していただきました。
「旗、先生無理です。行きませんから、ほかの子でお願いします」って、その話を聞いていた息子が、「僕ちょっと持ってやってみたい」ということを言っていました。
それでも、1週間ぐらい前から、「では学校に来れるといいよね。何もしなくていいからただみんなの顔見るだけでいいよね。」って先生が言ってくれたら、では、クラスには行けないけど、先生、保健室登校でもいいですかと始まったのです。
そしたら、養護の先生は、「いいよ、いいよ、待ってるから。では、給食も先生と食べようね。」
もし、ちょっとでも1分でも2分でも教室覗いてみられるようなったら、それまでいいよ、ここでゆっくり過ごしていいよ。
逆に先生が来て教えてくれたり。それから、休み時間になると、友だちが来てまた会話をしてくれたりこんな事をしてるよ。誰々がこんな事だよとか、いろんなことを持ってきてくれたおかげで、私にとってもとても長い90日間だったのですけれど、とても身のあるものでした。
それで、やはり本人は本当はしたかったんだと。それを妨げていたのは、私たちの方でした。
そして、障害という言葉を、私は個人としては好きではありません。
なぜならば、子どもが辞典を引いて、障害という言葉を調べてたんです、学校で。
そしたら、排他的になるだとか、邪魔になるものとかというふうに、本人は、やはり障害を持っておりますので、そのように理解をしてしまったわけですね。
その障害というのはいろいろあるのだけれども、私は話してあげても、わかる部分とわからない部分、理解できる部分というのは、やはり何か多少あるわけなので、わかるような言葉で伝えてあげるというのが、同じ背丈で話をするというのはすごく大切です。
「お母さん、僕は邪魔者なんだね」。いや、そうではないよという、今度、養護学校に入学してから、今度は先生ともたくさんの話し合いの中で、「お母さん、では、少しはじめを遠くの方から見て」。うちに帰ってきてもあまりああだこうだと言わないで、少しそっとしておいて、好きにさせておいて。
自分は障害があるというのは、こういう障害ではなくて、やはり知的なら知的という部分でも、いろんな段階があるので、やはり子どもにはまだ解っていません、でも、とにかく明るく毎日前向きに楽しく生きていけるということは、親の私たちもそうですが、本人にとって一番本当にすばらしいことなのです。
それから、私、わかっただけでも、今、とても幸せに毎日生活しています。
○コーディネーター(樫村恵三氏)ありがとうございました。
時間の方も刻々と過ぎているところでございます。
私どもが最初に申し上げた一つ目の柱というようなことを、この辺で一区切りということでさせていただきまして、次は、みなさま、会場のみなさまの、では、何ができる。またはこういったことをしていますよというようなところで、話を煮詰めまして、この会が実のあるものになればなと、このように感じているところでござ
います。
お三人の方に何かご質問等も含めて、ご感想でもいいです。
そこの方から少し広げていきたいなという感じしますが。
どなたかいらっしゃいませんでしょうか。はい、すみません。お名前はお聞かせいただけないでしょうか。
質問者
学校に勤めております、今野さんにお伺いしたいのですが、学校の方では、やはり不登校の生徒が大分増えておりまして、本校でもいろいろ悩むところがあります。
個人個人をご指導していただいているのですけれども、先ほどおっしゃったように、市内での障害児の親の会というのもあるのですけれども、そういう不登校の子どもたちの親御さんの集まりという親の会というのはないのですね。
ただ、話し合いの場というのがあるのですけども、これ、ご紹介してもなかなか、大変だと思うのです。
その場合とか、個人的に見て細かいことで、結局、私たちはまだ不登校の子ども持ったことないもので、なかなか聞いてくれない部分があって、親同士で話し合って、それぞれの意見を出していただければ少しは軽くなるのかなんていつも思っているのですけれども、どんなものなのでしょう。学校の人というか、そういう関連で。
ただ、本当に仕事を休んでとか、そのときの思いというのはどうなのでしょうか。
○パネリスト(今野誠氏)
実は、こういう話というのは僕の方もなったときにいろいろ探したのですけれど、栗原市はあれなのですけれども、金成地区とか親の会はなかったのですね。探した限りでは。
それで、ではあなたっくったらという話になるかもしれないですけども、正直いって、みなさん職業がありまして、会社を休んでくるという形になってしまうんですね。
実はこれは非常に難しいことなのですよ。ちょっと僕も失敗したケースが一つあるのですけれど、教育委員会の方なのですけど、お母さんが来てくれて、お父さんに電話をいただいて、お父さんとお会いして、そして、2時間ぐらい話して、そしてまた帰っていったのですね。
また連絡しましょうよということになったのですけれども、実は、また1回目の不登校の情報がありまして、イライラして学校に行ったのですよ。うまくいかなかったのですね。
だから、先生も思うのですけれども、学校の先生の方から、僕が金成中学校で先生に非常によく面倒みてもらったのですよ。
だから、教頭先生に頼まれて、この席に出てしまったのですけれど。
できれば、先ほど言われていたのですけれど、世間体をすごく気にしているのですよ。うちの子は学校に来てないからとか、何か外に出るの嫌だなとか。
だから、できれば先生方は、僕もやったのですけれど、僕は必ず週1回は電話なり学校の先生にお会いしたのですよ。担任の先生に。そして、先生の用事もありますから家庭訪問していただきました。家庭訪問をして何を話すかというと、世間話ですね。
最初に少しそういうことから、先生の方から、本人が会わないケースが結構あるらしいのです。
ですけれども、親御さんは親御さんで、担任の先生の方に、学校の先生方を利用して、第三者ですか。親ではない人たちと、子どもたちが話す機会をつくるとすごくいいです。
それから、先生も忙しいのはわかっていると思うのですけれど、月に1回、2回は家庭訪問されると、最初のうちはうちの子も暴れましたけれど、だけどだんだんなくなって、落ち着いてくるのですよね。その傾向がありますね。そして、先ほどの件と、いろいろあると言ったのですけれど、正直言って公共でやっていないところもあるのですよ。
うちらも行ったのですけれど、カウンセラー受けるのに大体40分ぐらい、1時間ぐらいかかるのですね。
そこで何をしてくれるかといったら、カウンセラーの先生とやることが一緒で、親御さんとの話を聞くだけなのです。
うちの場合は、息子は1年半ぐらい経ってから、カウンセラーの先生に会うようになったのですけれど、何をやってくれるかというと、やはり話を聞いてくれるだけなのです。
ですから、今でも会えればいいのですけれど、都会の方で、どちらかといったら大学生ぐらいの方がいれば、先生の息子さんとか娘さんがいればですので、何かそういった方たちをPTAの方で、うちの息子がいるとか娘がいるよという方がいれば、話す機会をつくってもらうと、すごく落ち着きます。
あと、中学校を退職された先生で、栗原にいたのですけれど、家に来てくれて勉強を教えてくれる先生がいるのですよ。
うちの場合は、●●先生という方が来てくれたのですけれど、その先生が来てくれて、最初はもちろん勉強はしないのですけれど、音楽の話ですとか、そういう話をしたりとか。
だから、学校の先生として、少し長くなってしまって。
学校の先生は、まずは、僕としては、なるべく家庭訪問してあげて、学校のことではなくて、世間話をしてあげる。
あと、PTAの方たちには、もし親類の方ですとか自分のお子さんがいて、そういう方がいたら、話す機会をもってあげると、不登校の人たちにはすごくいいことだと思いますね。
○コーディネーター(樫村恵三氏)
ありがとうございました。
養護学校ですと、それぞれの障害が違うにしても、親御さんたちが決心して、この子は障害があるからと
いうことで、養護学校へ行って勉強すると。一つ超えるのですよね。
いろいろな情報交換等ができるまでは、確かにある。ただ、特殊学級になりますと、またこれは別で、通常の方の方が多いわけで、特殊学級のお子さんが少のうございますので、そこで孤立するというか、どういうふうに相談していいかわからなくなる。
また、今お話ありました不登校となりますと、本当に学校に来られないというようなところからして、どのように切り口、学校からすればそういったことを出したらいいかと迷うところがござまして、貴重なお話をいただいたというところでございますけれども。
今野さんの方からも、何か飲み会とかそういう情報交換を共有できないだろうという思いではなくてなのだと思うのですよね。
やはり、友達として、菅原さんが言っているように、いつ何時自分の子が、不登校も障害の一つだと我々は今考えているのであれば、やはり地域の中で同級生であり、近所の人であり、そういうようなところでお話し合いをすることによって、解決まではいかなくても、高校生というか、そういったことというのは生まれてくるのではないかなという感じがするのですが、どうでしょうか。同じような経験をお持ちになったというのは、PTAの方、お父さん、お母さんいらっしゃいませんでしょうか。
私の質問の仕方が少し的を得ていないのかもしれません、申しわけございません。
はい、お願いします。
○ 質問者
●●と言います。
お三人の方にいろいろ聞きたいことがあるのですけれども、どうやってまとめていいかと考えていたのですけれども、まずは、鈴木さん、鈴木さんの方には、今、とても幸せだということをおっしゃっていたわけです。あと、菅原さんの方になります。音楽療法をやられているということなのですが、誰を癒すための音楽療法だというか。
音楽療法のことを、もう少し詳しくお聞かせできればと思います。
それと、菅原さんもそうなる前は関心があまりなかったということですけれども、私も関心をもたなくてはいけないなというふうに、お聞かせいただきました。
今野さんの息子さんが突然こういうことになったということと、何かサインとかはなかったのかなというふうに。何かサインとかがあったのでないかなと思うのですけど、その辺、少し聞かせていただきます。
もう1点、菅原さんにもう1個聞きたいのですが、友達のお母さんの息子さんが不登校になったと、見守り続けるとか、その後、どういうふうになったと。
○パネリスト(鈴木和佳氏)
それでは、父親の存在についてということですが、一番私の息子が大変だったときに、やはり妻がそうやってできるのは、私の主人は市職員なのですが、やはり帰りがどうしても11時、12時でした。
私ども、それはいまでも変わらないのですが、一番大切なときに、私ももうどうしていいかわからないというふうに、ちょっとお父さんって。
息子と一緒に、やはりちょっと生きがいを求め、そのときに「はー」って思って、でもそれはそれで主人も思いということもあったのですけれども、子どもから徹底して逃げていましたね。
それで、子どものことは子どもにまかせていた。お願いしているということを聞いたときに、それは違うよ。お父さんの方でも、子どもはお父さん、お母さん、一番仲良しなのがうれしいよ。そして気持ち的にも落ち着くよ。でも、仲良くしているだけではだめだよ。
やはり息子のこときちんと受け止めて、どのようにして考えて、子どものためにつらいことをというのは、私たちは考えてあげなければいけないこと。
それから、子どももいろんなことを考えて言いたいことは聞く。そういう役割というのは家庭の中であるのだなと。それはおじいちゃんにもおばあちゃんにも務まらないことなのですね。
おじいちゃんは、おばあちゃんは、やはりかわいい孫ですね。何でも手を出してしてあげたいとか、そういうふうになってしまうのですけれど、やはり母親、父親、そういう役割というのはきちんと自分で自覚を持つということ。
それで大変なときは、「ほかの方法をとりましょう。先生に相談しましょう。ここにも相談しましょう。行政に守っていただきましょう」。やはり、次、できることというのはさまざまたくさんありますので、お父さんの役割はすごく大切です。
それに最近は,やはり子どもも何ていうのですか,こんな親を避けてというわけではないのですけれど,あまりお母さんとはもうほとんど行動はしません。明日お父さんが休みとなると,ではお父さん,今回はどこどこに釣りに連れて行ってください。どこかボーリングに連れて行ってください。
そのときでも,一緒に買い物に行っても,ここに何時に待ち合わせね。僕は買い物の見たいところにいるから,あとはお父さんとかお母さんから,駐車場に何時に待ち合わせね。それだけやはり子どもからの信用を得られるようになってきました。
それは,帰りが遅くても,ほかの子は今日あったこととかお父さんに相談したいことは,手紙として書いてお父さんの机に上に置いておきます。
お父さんは,夜遅く帰ってきても,息子が次の朝,出かけるときまでにはきちんと答えを出しておいてくれているというか,男同士のつながりというのがすごく出てきて,その分母親は寂しいです。
○パネリスト(菅原勢津子氏)
音楽療法のことなのですけれども,親子で楽しんでいるので,体を動かすということはやはりいろいろな意味でリラックスができる。ストレスを取り除くことになっていきます。
ある日,私がやっているのですけれども,ダウン症の子にとっては音楽に合わせて歌うということは,言葉の発音のきっかけになったり,きちんと一言一言を発音するきっかけとなったり,そういった意味で,言葉も大切です。
やはり,本人も癒されるし,子どもが楽しそうな顔を見ていたら,親も癒されるし,また,ほかのみなさんも,子どもの笑顔というのは,赤ちゃんももちろんそうですけれども,そういった笑顔を見て,「あー」っていうふうにこっちも話を聞いて幸せになったりする感性というものは,いくら歳をとっても大人になっても持ち続けていけるのだなと思います。
それから,引きこもりなのですね。もう高校卒業したので。何か友人の子なのですけれども,やっとなにか今まで,お母さんとかそういったことに,心を開く。いろんな原因がさまざまあったと思うのです。顔もあごが出ているとかそういったことも気にしていたというふうに聞いたのですけれども,今はやっと,そこのところは連絡不足でどうしてそういうふうに立ち直ってきたのかというのがわからないのですけれども,先ほど言ったように信じきるということも一番大事だと私は思うのですけれども,ようは経済の方を勉強したいということで,大学の受験に備えて勉強しているのですね。○パネリスト(今野誠氏)
私の方の質問のサインなのですけれど,正直言って,今思うとあったのかもしれないというような気がするのです。
小学校の卒業式がなかったというのがありましたから,それは開かれたいというので,親がですね。その後,少し心配です。
ただ,みなさん,何というかな,不登校の方を持っていないとわからなくなるのですけれど,サインが出てもわからないのですね。
これは普通の場合であって,本当にわからないと思いますね,最近は。ただ,思うのですけれども,みなさん,原因を追及するのですね。
私ももちろんしました。どうしてなったのだろうかな。いつなったのだろう。いつからこんなふうになってしまったのだろうかという。
でも,そんなことを考えても仕方がないので,原因を追求してもどうにもならないのですね。
そのサインも,もちろんさっき言ったように,キャッチできる方だったらお釈迦さまとかキリストさまとか,そんな感じになります。
ただ,2回目なったときには,うちの息子,じんましんが出たり,少し汚い話で痔になったり,そのようなことがありますから,そういったのは,経験したお父さんたちだから,ああ,これはなるなという。
でも,それはすぐなるサインであって,原因にまではないと。だから,サインが出たからそれを阻止しようというのは無理なのですね。そこにくるまでのいろんな面がありますから,それを積み重ねて,エネルギーがどんどんなくなってしまって,ゼロ以下になってしまうと不登校になるらしいです。
見ていると本当に,頑張ってきたのだけれども,ある日突然なってしまった。ゼロ以下になって,それをゼロ以上のエネルギーに直すためにことをするということは,うちの場合は,最終的に‥・。
あと、暴走族ですけど,暴走するとか、ああいう行動を取るというのは何かにきっかけがあっただけで原因ではないのだと。不登校も同じだと思いますね。
ずっとの原因があって,何かの拍子になってしまったと。何か突然くるのだと思うのですね。
ただ,1年,うちの息子は経験していないのですけれども,いじめだけは違う。これはもういじめという原因が本当の原因ですから、これをどうにかするというのは,事実なのですね。
実は,うちには娘もいまして,今中学2年生なのですけれど,小学校のときにいじめられまして,そのときはまだうちの子は,お母さんには相談に行きなさいとPTA役員になったのですけれども,今思うと悪いことしたなという感じがするのですけども‥・。
○コーディネーター(樫村恵三氏)
よろしいでしょうか。次は,最後,お時間の方もあれなのですけれど。
はい,お願いします。
○質問者PTAや私たち親がすぐにできることというのは何だろうなということ。
みなさんの話を聞いていて,考えてみたいと思います。
まず、誘いましょう。子ども会行事とか,それから小学校中学校の学年行事があると思うのですけれども,なかなか誘っていいものだろうかとか,逆にできないことがあるので,傷つけてしまうのではないだろうかということで,これは先生方思うのですけれど,だめもとで誘ってみましょう。
だめなときは,ルールをその子に合わせてアレンジするとか,例えば,また,障害のあるお子さんだけではなくて,不登校や別室登校しているお子さんにもだめもとで誘ってみるということはとてもいいことだと思います。
全然行けないのに行こうとお願いするものなので,行けないまでも,入り口までは歩いて来れたりとか,まず誘ってみるということが大事だと思うのです。
もしだめなときは,だめなこともあるので,とりあえず・‥。いいかなと思います。
それから,二つ目なのですけれども,みなさんのお子さんの中で,たぶん障害を持っているお子さんのことを見ても,あれ何なのだとか,なぜ挨拶できないのかとか,いろいろ子どもは口に出すと思うのですけれども,そういうときにお母さんたち,お父さんと言ってあげたときに,こうだこうだからだよと,そんな難しい言葉ではなくても,自分のお子さんに説明できるぐらいに少し勉強しておくといいかなと思います。
それで,少し勉強する間,クラスの障害を持っている親御さんとかにも,声掛けできればいいのかなというふうに思います。
三つ目なのですけれど,私は夜自分たちの子どもに,お母さん,いろんな子どもをみると,なれなれしく声かけたり,話しかけたり,でも私いつもかけるけれども,やはりハンディキャップ持っているお子さんに,私たち自身が仲良くなって声を掛けていると,私たちの子どもも声を掛けやすくなると思うので,いつか子どもはおじちゃん,おばちゃんになって,おじいさん,おばあさんに,今から私たちはそういうお子さんを見かけます。あまり重く考えずに,気軽に声を掛けていくということは私たちのすぐできることではないかなと思いました。
それからもう一つ,先ほど,不登校は突然起こるという話で,実際に本当に突然起こると思います。何気なく,私たちも会社に行きたくない,あの人に会いたくない。いろいろあると思うのですけれど,子どもがやはりいろんな思いで小さいハートを痛めるわけで,突然起きるのではないかなと私は思います。
それから,うちの子が突然不良になりました。何の前ぶれもなく。なぜ,こんなにすばらしいお母さんなのに。私はとても悲しかったのですけど,突然不良になりました。それから,次の息子は突然いじめられるようになりました。ぼこぼこにいじめられておりました。ですから、いろんなことが世の中で起きます。
ですが,みんな本当に誰にも起こり得ることなので,そのときはどうするかというのは,一番多いのは,サポーターを増やすということだと思います。
ですから,会場にいらっしゃるお父さん,お母さんも,多分いろんな大変なことがあると思うのですけれど,そういうときにどうするかというと,仲のいい友達とか一緒にお酒を飲んでもらったりとか,そういった中にお父さんに話を聞いてもらったりとか,いろいろあります。
とにかく人間は,障害を持っているお子さんを家族に持っている,それから,そういうこととはあまり経験がなく,かかわりになくてきている人たちでもやはりサポーターは必要だなというふうに思います。
ですから,私たちは,お互いにお互いのサポーターになっていくということが大切だなと思いますし,やはり日本人というのはとても優しい民族なので,それを最大限に利用して,少しずつ助けてあげるというのがいいかなというふうに,少し思いながら聞いておりました。
脈絡のない話でしたが,こんなものでいいでしょうか。
○コーディネーター(樫村恵三氏)
十分すばらしいまとめをしていただきまして,ありがとうございます。
どのように私もまとめていいかというのを悩んでいたところで,すべて完結にやっていただきました。ここで,ほぼ時間。いいですよ。
○ 質問者
先ほどの誘うということですけれども,うちの息子は誘われて学校に行くようになりました。
それも教師のせいでしかない。ですから,小学校をみているのですけれども,中学生の3年生ぐらいになったら,異性はきついと思いますね。
昨日,NHKでも不登校の関係をやっていたのですけれども,メールでそれをやっていたのですけれど,時代だなという。男と男のメールのやりとりでやりましょうと。
○コーディネーター(樫村恵三氏)
ありがとうございました。
では,私どもの方からも,みなさまに誘ってみます。
先ほど,質問の中に癒されるというのはどういうことですか。音楽療法というご質問等もありまして,菅原さんの方からもご紹介あったのですけれど,実はこの場をお借りいたしまして,みなさまにプレゼントがあるということで,お時間を10分ほどいただいて,実際にその音楽というものを見ていただければなと,このように思います。
すみません,よろしくお願いいたします。お待たせいたしました。
みなさん拍手でお願いいたします。
○パネリスト(菅原勢津子氏)
先ほどお話しましたように,ダウン症児6名の全員男の子なのですけれども,ゆとり教育の2000年から始めております。
ちょっとメンバーが卒業したりで入れ替わっておりますけれども,今年で7年目に入ります。指導をしていただいている吉田先生は,仙台の方で教室を開いていらっしゃる先生で,ある出会いがありまして,ボランティアで毎月来ていただいております。
その成果というか,どんな子たちが支援を必要としているのか,イメージが少し掴みにくいというふうに,前の打ち合わせでそういうお話だったので,では,うちの子どもたち紹介したいのですけどということで,お願いしますからぜひということで,今回,こういう機会をいただきました。ぜひ,ご覧ください。
よろしくお願いします。
金成養護学校の皆さんによる演技
…………“さんぽ”(合唱)…………
………… きらきら星(演奏)………
…………“バラが咲いた”(合唱)……
………… 咲いた咲いた(合唱) ………
…………おもちゃのチャチャチャ(合唱)………
………… どんぐりころころ(合唱奏) ………
………… あいあい(合唱奏) …………
………… 大きな栗の木の下で(合唱) …………
………… 小さな世界(手話・合唱) …………
アンコール …………“さんぽ”(合 唱) …………
○コーディネーター(樫村恵三氏)
申しわけござません。
私の不手際もございましたが,あの子たちの笑顔といいますか,演奏 で報われるところもたくさんあったのではないかなと,このように思います。申しわけございませんでした。
時間,少し過ぎております。申しわけございません。
この区切りの中で,後片付け等々もあるのですけれども,次の時間が 押していますので,私の方から説明をさせていただきたいと思います。
先ほどもありましたように,みなさまが地域に帰って,どのように何 をしていくかということで,先ほど,完結にまとめてくださった方がいらっしゃいました。
まさしくそのとおりでございまして,我々障害のある側も打ってでま す。
みなさまも,ぜひその気持ちをしっかりと受け止めていただければな と,このように思います。
私ども,県教育委員会でも,ともに学ぶ教育ということで,通常の学 級の中で,最初にもお話させていただきましたが,施策を展開しております。
これは,宮城県だけではなくて,全国で初めてのことでございます。
ですから,衆議院議員の教科調査官であるとか,文部科学省の方も, この地区でいえば若柳小学校さんのケースを見に来てくださいまして,色々,今後どうあるべきかというこ とを検討中でございます。
もし,機会がございましたらば,私ども障害児教育室の方に,子ども の教育というものはどういうものであるかというようなところを,PTAの研修等々で聞いてみたいと いうことがありましたらば,私どもの方で御遠慮なく来ていただいてもらってと,このように思いますので,よ ろしくお願いします。
では,最後、私なりにまとめさせていただいた文を読ませていただい て,この会を閉じたと,このように思いますので,よろしくお願いします。
ノーマライゼーションの理念の具体化が叫ばれるようになってから, かなりの年月が経ちました。近ごろ,障害のある子どもたちが地域の一員として,それぞれの地域で 豊かに生活していることが重要視されています。
しかし,現状では,障害のある子どもたちは,移動面をはじめとし て,日常生活全般において,いろいろな制約を受けています。
それらを克服していくためには,自らの生活所のさまざまな工夫や努 力だけでなく,まわりの人たち,サポーターという声も出ましたが,そういう人たちの援助も必要とします。
必要な援助をしてもらうには,まわりの人たちに今のような子どもの 存在を知ってもらう。こういう子どもたちが頑張ってやっていると。そういうことを正しく理解していただ けるということが大切だと思います。
言葉だけではわかっている。そこには限界があります。
頭だけで理解しようとすると、わかっているけど,理想はそうだけれ ど,今日のご参会のみなさまの中にもそういう気持ちがあってもおかしくはないと私は思います。
ただ,身近で触れ合うことで肌で感じとってもらうこともできれば,障害のある子どもたちを正しく理解する。完全とはいかなくても,より近道であるのではないかと,このように思います。
障害のある子どもたちが,地域社会で充実した生活を送るためには,自ら積極的に地域の人たちと出会いを求め,さまざまな地域の活動に参加していくようにしたいということを考えております。みなさま一人ひとりがサポーターとなって支えていく。
また,我々障害のある子どもたちが,みなさまと一緒に生活をしていく中で,心豊かに輝くようなことをしていきたいと。
今日はありがとうございました。

○コーディネーター(佐藤幸生氏)皆さま、おはようございます。ただいま、運営責任者の方から御紹介いただきました、コーディネーターを努めさせていただきます佐藤幸生でございます。
本日、宮城県PTA連合会の栗原研究大会ということで、300名の会員の皆さま方の前で、このコーディネーターとして、本日、大変重責を背負わされたなと、こういうような気持ちで大変緊張いたしているところでございます。
約1時間20分ほど、この分科会の方の時間、設定されておりますので、どうぞ皆さん方の忌憚のない御意見あるいは御質問など、どんどん頂戴をいたしたいなと思っているところでございます。
座って進めさせていただきたいと思います。
簡単ではございますけれども、コーディネーターとして、22ページに私のプロフィールが紹介されて、掲載されているわけでございますが、私も子どもを学校に入学させましてから、12年ほどPTA活動をさせていただきました。
PTAの会員になりましてから、数えてみますと、12年ほど経過いたしております。
平成6年ごろまでPTAにかかわっておりましたが、それから12年という歳月も経っておりますこともござまして、皆さん方のように、今日、教育の中で、子育ての真っ只中という、そしてまた、新しい感覚で教育に取り組まれているという時代背景を考えますと、私たちが子どもを育てるときとはまた違った観点での、時代の差といいますか、感覚のずれもあるのではないかなと思いますけれども、しかし、子どもも強くたくましく、そして元気に育てていかなければならないという面は、私は今も変わらないだろうと、こんなふうに考えておるところでございます。
PTAを退いてから、青少年のための市民会議。そしてまた、文部省、宮城県教育委員会から資金を頂戴いたしまして、校内指導委員会等の組織の中で活動をさせていただいてまいりました。
どうぞ、そんな意味で、皆さんといろいろと討議、約1時間20分、よろしくお願いをいたします。
この第3分科会の討議テーマは、青少年の健全育成、とりわけ青少年の健全育成にかかわって、学校や地域に働きかけをしていくPTA活動のあり方というような研究テーマが設定をされております。
本来ですと、PTAがとして、独自の活動をそれぞれ皆さん方が担っているというふうに思いますけれども、時代的な背景を考えますと、青少年の健全育成にかかわっておられる諸団体のかかわりを、これからPTAの会員の皆さま方がどうかかわっていかなければならないのかというような時代に差し掛かっているという問題に取り組んでいくべきこの時期になっているということから、こうしたテーマ決定がなされたものと考えておるところでございます。
本日の時間配分につきましては、約11時20分を目途といたしまして、話し合いの時間を設定されておりますけれども、約10分前の11時10分まで、皆さん方と討議を進めてまいりたいと思います。
1時間10分という長丁場でございますので、どうぞ皆さん方の忌憚ない御意見を頂戴いたします。
それでは、まず、パネリストの皆さん方を御紹介いたしたいと思います。
皆さん方に向かって左側から、GOZA−in踊り子代表の高橋美紀子さんでございます。
高橋美紀子さん、どうぞ、簡単に自己紹介を少しだけ。
昔のPTA、若いメンバーさんに、今でも若い感じはするのですが、どうぞお願いします。
○パネリスト(高橋美紀子氏)高橋美紀子と申します。
PTAから何十年も遠ざかっております。
ただ、学校からすばらしい感動をいただきましたので、その御礼と今日ここに出てまいりましたが、少し早とちりしすぎたかなと、今、後悔しております。
ただ、学校からいただいた感動をお話します。
そのためにまいりました。
よろしくお願いいたします。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)どうもありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
次に、栗原市教育委員会社会教育主事の菅原晃さんでございます。
よろしくどうぞお願いします。
自己紹介をお願いします。
○パネリスト(菅原晃氏)菅原と申します。
どうぞよろしくお願いします。
私は、今、6年生と3年生と1年生に子どもが3人いまして、PTA、現在進行形でございます。
今、栗原市の教育委員会の方でお世話になっていまして、主に青少年教育ということで、要綱の下の方にありますけれども、協働教育または学社融合という形で、地域と学校を結びつけるというふうな教育なのですけれども、そういうことや、あと、子どもたち、ジュニアリーダー等も担当しています。
今日はこのようなところをお話したいと思いますので、どうぞよそしくお願いします。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)ありがとうございます。
多分、お子さんは、もう学校に入られておられるかなと思いますが、皆さん方も同じ立場だろうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
次に、私と同じ歳か同じ団塊の世代だと思いますが、栗原市民会議の金成地区会長の多田善英さんでございます。
よろしくお願いします。
○パネリスト(多田善英氏) おはようございます。
栗原市民会議金成地区の会長を務めております多田と申します。
名前のとおり、ただの農家の親父でござまして、青少年の健全育成なんていうふうな大それた問題だったなと思って恐る恐る出てきたのでございますが、自分の子どもを育てること、子どもがちょっと幼いというような感じで、ついつい子どもを送ったり、迎えに学校に行ったりなんかしたこともありまして、それから学校の先生方に目をつけられまして、PTAの役員とかそんなことを始めて、いまだに足を洗えないでいる多田でございます。
本当に名前のとおり、ただの農家の親父ですので、どうぞよろしくお願いしたいと思います。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)ありがとうございます。
栗原市内で地域とかかわり、そしてまた、行政とかかわり、そしてまた、大きな面での青少年の健全育成にかかわりながら、お仕事もしながら、その傍ら、子どもたちのために、頑張っておられるお父さんの皆さまでございます。
まず、早速、パネリストの皆さん方に、それぞれの活動の分野の中の事例発表をしていただきたいと思います。
最初に、GOZA−in踊り子代表の高橋美紀子さんよりお願いをいたします。
○パネリスト(高橋美紀子氏)栗駒GOZA−in踊り子隊の隊長、高橋美紀子と申します。
先ほどもお話いたしましたように、何十年とPTAから遠ざかっております。
どうぞお聞き苦しい点があるかと思いますが、お許しをいただきたいと思います。
私たちのGOZA−in隊は、栗駒にございん、ございんという意味でございます。
商工会を窓口として、その女性部が中心となってできた会でございます。
では、どのようにしてできたか、その辺りからお話を始め、そして学校からいただいた感動のことにつないでいきたいと思います。
平成12年、町は造った施設の赤字問題、誘致工場のリストラ、商店街はぽつぽつとシャッターの閉め。お客様は郊外に逃げていく。そんな状態でした。
みんなの心が何かしようと一つになったのは、そんなぎりぎりの不満足から出てきたのかもしれません。
さっぱりいいことないねとみんなでつぶやいておりました。では、何ができるのか。
私たちにあるのは何なのか。
それは一つだけ。元気でございます。元気な女性がへこたれずに生きている。そんな姿勢を示そうとみんなの心が一つになり、まず、夏まつり。今まではある盆踊りを、自分たちらしく表現して踊ってみようと考えがまとまりました。そして、編曲、振り付けと進んでいきました。
平成13年は国体の年です。宮城国体、栗駒会場オープニングセレモニーの主役として出演し、勢い付いて、その次の年、仙台みちのくよさこいにも参加いたしました。
商工会の宣伝係として、元気の出る踊り活動を続けておりました。ここに踊りを踊る踊り子隊と、その反対面にお針子隊が完成いたしました。
そんな一芸の活動が、全国2,300ある商工会女性部の中から選ばれて、助成支援金50万円をいただいたことは、少し自慢でございます。
やがて私たちは、町を元気に、自分も元気にという、そんな思いを、次の世代を担う子どもたちも元気にと考えるようになっておりました。
地元の小学校、中学校、高校に宣伝してまわりました。が、先生方の反応はいまいちで、私たちの思いは伝わることがございませんでした。
そんな折、尾松小学校から、総合学習のメニューとして選んでいただき、にわか先生となり、楽しんではりきって指導をさせていただきました。
子どもたちの純な笑顔は、商売ばかりしている日常の私たちにとりまして、とても新鮮で心がなぐさめられました。
平成17年、宮城県のコラボスクールの一員になりました。私たちにわか先生の少し毛が生えてまいりまして、指導法を工夫したり、自分たちの踊りにも磨きをかけ、教える立場に立っための努力と先生方の心に報いるための責任感が入り混じった日が続きました。
平成18年、今年、宮城県のコラボスクール2年目に入りました。佐藤義彦校長先生の尾松小学校として伝統に残る踊りにしたいという熱いメッセージが私たちの心を打ちました。
運動会で4年生、5年生、6年生、101名による栗原市合併記念曲、夢の栗原を踊ることになりました。
練習はもちろんのことですが、お揃いの半纏のことなど、お金がかかる難問にぶち当たりました。
しかし、教頭先生のお知恵で古い大漁旗を譲ってもらい、私たちのお針子隊が手づくりをして、世界に一つの101枚の半纏ができあがりました。
運動会のその日、雲一つない晴天の中、校長先生の振る大漁旗、子どもたちの見事な踊り、一つの夢が101倍になって膨らみ、校庭を満たしました。
私たちをここまで引っ張ってくれたのは、学校の情熱と指導していただく先生方の元気な姿勢だと思います。
そんな学校を応援できたこと。そんな先生方と一緒に教えられたことに心から感謝をしたいと思います。
町を元気に、自分を元気に、そして学校も子どもたちも元気にと願っております。
ご静聴ありがとうございました。
○コーディネーター(佐藤幸生成)どうもありがとうございました。
本当にお母さんパワーといいますか、ママさんパワーを感じる、女性ならではのこの活動ではないかなと思っております。
本当にこの沈んだ地方を、農相地帯の静かなこの元気のない地域を何とか元気にしたい。
そして自分自身が元気になれば、子どもたちも元気になるのだと。子どもたちを元気にすることができるのだという思いで取り組んだ事例でございました。
後ほど、皆さん方から御質問、そしてまた御意見を頂戴いたしたいと思います。
次に、2番の栗原市教育委員会の社会教育主事の菅原晃さんから、事例発表をお願いいたします。
○パネリスト(菅原晃氏)事例といえるか。今、子ども会、それからジュニアリーダーの育成の方に携わっていますので、本日はPTAの方々にも、子ども会、本当に必要なのか。それから、ジュニアリーダーというのは何だろうなっていうのをもう一度改めて考えていただきたいと思いまして、今日は来ました。
最初に少しだけさせていただきたいのですけども、今日お集まりの方で、ジュニアリーダーって御存知の方どれくらいいるか、名前だけでも聞いたことある方。
結構いますね。ありがとうございます。
では、実際に自分たちの何かの活動のときに、ジュニアリーダーを活用してみたことがあるという方、いらっしゃったらちょっと手を挙げていただきますか。
ありがとうございます。
それから、子ども会のことなのですけれども、この二つ、ジュニアリーダーと子ども会ということで、今日は話したいなと思っています。
まず最初、子ども会の方を少しだけお話させていただきますけれども、皆さんのイメージからすると、子ども会というと、夏休みに親子旅行とかというのが一番大きいイメージがあるかなと思うのですけれども、一番子ども会で大事なのは、同じ地域に住む子どもたちが仲良くする。夏休みとか長期休業、そういうときに非行を防ぐため、それから、そういうときの安全対策のためということにとどまらずに、もっと大事なものがあるのだなということ気付いてきました。
特に、子どもなんかですと、兄弟、どの家庭も兄弟というのはだんだんと、一昔前より少なくなってきているということもありまして、兄弟同士での兄弟げんか、それから子ども同士での競い合いというのが少なくなってきているのではないかな。
それから、保護者の方々、皆さんは知らないと思うのですけれども、中でも新聞等でよく報道されていますけれども、虐待であるとか、それからその反対であまりにも手をかけすぎて、過保護になりすぎている方がいるということで、子どもたちが自分でやろうとしない。それからできなくなってきているという話が聞かれる。
学校から帰ってから、近所で遊ぶということも、もちろん子どもたちが少なくなってきているので、なかなか少なくなっているなということで、子どもたち同士の交流とか友情を深めるというのは、学校の中だけになってきてしまっているのが今日ではないかなと思っています。
だからこそ、本当は子ども会というのは必要なのではないかな。
学校というところでは、主に活動するのはやはり自分のクラス、学年という形で、同い年、同年齢の子どもたちのかかわりがほぼ8割、9割を占めるということが多い。
逆に考えると、今度、子ども会というのは、どうしたって一つの地区にはいろんな学年の子がいる。そうすると、学校を横の同学年の関係なのですけれども、地区の子ども会であれば、縦の関係が経験できるのではないかなというふうに思っています。
本来であれば、子ども会というのは、幼稚園、それから中学校3年生までが全部が一つになっているものを指すのでありますけれども、大体宮城県内どの地区でも、例えば、小学校は小学校の子ども会とか、中学校は中学校の子ども会がある。
分かれてはいる。ただ、その中でも、違学年での活動を多く。そうしますと、本来はそこに子どもたちがいろいろなことを経験できる。
例えば、下の学年であれば、上の学年の、1年生であれば6年生のお兄さん、お姉さん方のリーダー的なところを見習っていく。私も、僕もああいうふうにやってみたい。ああいうふうにリーダーになりたいという憧れを持つようになる。
逆に、上の子であれば、下の子たちをしっかりとお世話をしながら進めていかなければならないという責任感というのを持てるということで、そういうところを、なかなか、学校でもいろいろと同学年の中で、または縦割り活動というのを取り入れていますので、下の学年、上の学年のそういう責任感、それからそういうところを伸ばそうとはしているのですけれども、それ以外でも、どうしても伸ばしきれないところを地域の子ども会で伸ばしていけるのではないかなと思っています。
それから後、子どもたち、本来であれば、子ども会というのは子どものものですから、自分たちでやりたいことを話し合って、こういうことをしていきましょう。計画していって準備して実行してというふうな形で、話し合いや相違工夫をしたり、協力したりということで、いろいろ学校でも学びきれないところを学べると思うのですね。
ところが、今の、特に私も栗原市を担当しているのですけれど、その実情を見てみますと、なかなか子どもたちだけでやっているところというのは皆無に近いと。
すべて役員さんの言葉のもと、お膳立てをして、子どもたちには準備してやって、はいどうぞという形でお客さん的に当日だけ参加するということで、子どもたちの力を、本当はもっともっとやらせてあげて伸ばしていければいいのかなというふうには思うのですけれども、今の実情からいうと、なかなかそうはできていないというところが、多くの子ども会の現状だそうです。
さらに後、子ども会というのは自分の地域の中で行いますので、学校といえども往復だけではなくて、地域で活動することによって、自分の住んでいる地域の良さ、それからいいところなどどんどん見つけることもできる。
そういうことが、大きくなったときに、自分の住んでいるところを誇りに思ったりというところにもつながっていくのだなと。
やはり学校だけですべて子どもたちを健全に育てることができるかというと、私はそうでもないなと思っています。
やはり学校でも高めていく。ただ、それだけで終わらないで、地域での子ども会活動、または家庭での教育、そういうのいろいろ合いまった中で、子どもたちというのは健全に育っていくのではないかなと思います。
そうした場合に、子どもたちだけでどんどんやっていってほしいなという願いはあるのですけれども、ただ子どもたちだけで全部任せてできるかと。いや、そうではないということもある。
そこで出てくるのが、先ほどお聞きしたジュニアリーダーという中学生または高校生の存在なのですけれども、こういう子どもたち。主には子ども会活動を支援してあげる。支援というか、子どもたちが話し合いをする、何か活動をするというときのサポーター役として、どんどん活用していってほしいなと。
そうすることによって、ジュニアリーダー自身の、(中学生、高校生なのですけれども)そういう子どもたちの、ジュニアリーダー自身もいろいろと経験を積んで、人格形成につながっていくのかなと。
さらには、子ども会の子どもたち、小学生なのですけれども、そういう子どもたちにとっても、いいアドバイザーがいることによって、自分たちでもいろいろ計画して実行して、さらにジュニアリーダーの姿を見て憧れを持ってという形で、うまくいろんな社会体験、経験の場を広めることができるのではないかなと思っております。
それで、今日この場で、学校外での、それ以外の活動での子どもたちの活動としてどうあるべきかなというのを考えていただける機会になればなと思っています。
大体、以上で終わります。
○コーディネーター(佐藤幸生民)どうもありがとうござました。
私、パネリストの菅原さんから、今日の発表のシナリオを事前にお聞きいたしましたが、まだ触りだけのような感じもいたしております。
どうぞ、もう少し突っ込んで、最後に皆さんにお聞きしていきたいなというのがあれば、ぜひ、お聞きを願いたいと思います。
今、このジュニアリーダーですが、発足当時は大分このリーダー、人気が高かったのですが、最近、若干停滞気味。そして今、やや上昇傾向に入っているということで、今、一生懸命取り組んでいる菅原さんでございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
どうもありがとうございます。
次に、栗原市民会議の多田善英さんの方から、よろしくお願いします。
○パネリスト(多田毒薬氏)御紹介いただきましたとおり、市民会議の金成支部の多田でございます。
市民会議の活動ですが、青少年の健全育成ということでございます。
PTA活動におきましても、青少年の健全育成というのは本当に大切な活動であると、そういうふうに考えております。
今日は、市民会議の金成支部甲活動状況をお話を申し上げながら、健全育成の方向性を探る話題提供になればと思っておりますので、市民会議金成支部の具体的な活動を一つずつ、最初に御紹介したいと思います。
金成支部の活動は、栗原市の合併前には町民会議ということでやっておったわけなのですが、さらにさかのぼれば、平成元年に発足しました青少教活動の流れを組むものでございます。
青少教活動発足当時は、上の方から押し付けられたような格好になりますので、下がってきたような活動で不条理でござまして、PTA活動なのにさらに青少教活動って、同じような活動でどうするのだろう。そういうふうな思いがあったことも事実なのでございますが、その流れの中で、PTA活動だけに頼らないというふうな御指摘がございましたので、そういうふうな思いを込めて、青少教活動、町民会議活動、そして市民会議活動と引き継いできたわけでございますが、その中で、私たちの活動を一つずつ御紹介したいと思います。
まず、一つ目の活動といたしまして、健全育成の標語の募集、看板の設置という活動がございます。
この活動は、“社会を明るくする運動”の標語募集に相乗りいたしまして、小中学生より作品を募集しまして、その中から優秀作晶を看板にして設置するものでございます。
金成地区には五つの小学校がござまして、その学区ごとに看板を設置しまして、地区の方々にも子どもたちの頑張りを見ていただいているというような活動でございます。
それから、活動の2点目としまして、地区懇談会の開催がございます。
この活動は、中学校の夏休み前の親子で参加する行事に合わせまして、市民会議の活動をより多くの人に理解していただこうというねらいで、役員さん方に手分けして参加していただいて、市民会議のPRを行っている。そういうふうな活動でございます。
3点目としまして、金成地区にも集いがございます。
この活動は、青少年は地域で育むを運動目標にいたしまして、子どもたちの意見発表や演技の鑑賞などを通しまして、青少年のふるさとを愛する心を培い、青少年の健全な育成に努めるという集いでございます。
なかなか日程やマニュアルの調整で大変な面はございますが、発表の後の子どもたちのほっとした顔とか、何か一つのことをやりとげた後の満足感と。そういうふうな顔が子どもたちから読み取れまして、裏方としましても、やって良かったなというふうな満足感をいただくような活動でございます。
4点目としまして、小学校の下校時間に合わせまして、下校時巡回パトロールを行っております。
この活動は、ここ数年、子どもが犠牲になる事件が相次いだことを受けまして、子どもたちの下校時間に合わせまして、学校周辺をパトロールするものでありまして、今年度よりの活動でございます。
昨年までは、夜間の巡回指導とか、電柱に張られた090で始まるようなああいう有害広告の除去などの活動を行っておったのですが、何回か除去活動をやっていくうちに、大分そういうちらしが少なくなったということで、そういうのは目についたときにまたその都度やりましょうということで、下校時の巡回パトロールに切り替えて、子どもたちの命を守ろうというふうな活動に切り替えています。
よく見かけますのは、防犯パトロール中とか、そういうステッカーを車の両サイドに貼りまして、ただまわっているというだけの活動に現時点では進んでいないのかもしれませんが、そういう活動も行っております。
5点目としまして、広報誌の発行と。そういうことも行っておりまして、年2回の発行となっておりまして、内容的には末端の各地区会の活動報告などを受けまして、市民会議の理解を深めていただくとか、そういうふうな広報誌でございます。
以上、簡単に活動状況を報告いたしましたが、話題提供の一つになればなと思っております。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)どうもありがとうござました。
ただいまは、栗原市の市民会議という、金成支部の支部長の多田善英さんの報告でございました。
多田さんのような積極的な、地区を挙げて青少年のための活動をなさっている方々がいらっしゃるおかげで、栗原市としても、そういうボランティア団体の皆さんだけに頼っているような状況は、今でも負担が大変であるということで、今日、栗原市としてもっと行政が積極的に行うべきだということで、防犯協会を設置いたしたところでございます。
9月の末、全市10地区で設置をいたしていまして、こうした市民会議の皆さん方と防犯協会が一体となって、警察署の力もお借りしながら、18人というこの防犯対策についてというようなことになっております。
ただいまので、こうして御三人の皆さん方から、パネラーとして全員発表をいただいたところでございますが、この3人の皆さん方に、もう少しこういうところがどのようにして取り組んでいるのですかとか、あるいは、こういう点については、どのような考え方でおられるのか、こういうようなことについて、お聞きいたしたいことがあれば、御質問を頂戴いたしたいと思います。
挙手をして、できれば宮城県全体の研究大会ということでございますので、ここで見ますとみんな栗原管の人みたく見えてしょうがないのですが、どこの地区なのか、その点お聞かせをいただいて、御質問等をいただきたいと思います。
どうぞ、挙手をしてお願いいたしたいと思います。
はい、どうぞ。
○質問者宮城地区、七ヶ浜町の●●中学校の●●です。
菅原先生にお聞きしたいのですけれども、先ほど、子ども会とジュニアリーダーのことについてお聞きしたのですけれども、我が七ヶ浜も先ほどのジュニアリーダーのことに関しては、数年前までは10名ぐらいいたのですけれども、現在7、8名ということで減少傾向にあります。
それから、子ども会の脱退者が多いということで、これも頭の痛いところですけれども、その部分を子ども会の脱退についてと、ジュニアリーダー同士の、先ほど聞いた段階では、何か増加傾向にあるということを聞いたのですけれども、我が七ヶ浜は少し減少傾向にある。
そのジュニアリーダーの育成という点、どういうふうにお考えなのか。
子ども会の脱退について、その辺でお聞きしたいなと思います。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)ただいま、七ヶ浜の会員の皆さんのことでありますが、この件について、これからのジュニアリーダーの育成、減少傾向にどう取り組まれていくかということにおいて、菅原さん、お願いします。
○パネリスト(菅原晃氏)1点目のまずジュニアリーダーの件ですね。
ジュニアリーダー、中学生、高校生が対象になっていますので、参加している子どもさんというか、ジュニアリーダーに入っている子どもたちは、学校生括、それから、学校生活の中でも部活動を一生懸命やっている。
そのほかに、あと、ジュニアリーダーもやってみたいというふうにして入ってくる子が、ほぼ多いと思うのですね。
部活動を何もやらないで、ジュニアリーダーだけというのはあまりいないです。
ジュニアリーダーもやりながら部活動も頑張っているという子が多いと思うのですけれども、ここ栗原市も昨年合併をしまして、その時点で100名ぐらいいたのです。
ただ、去年が120名ぐらい、栗原市内のジュニアリーダーとしていました。
今年、若干減ってはいるのです。100名ぐらいになっている。どうしても部活動の両立が大変だとか、そういうところもあって、なかなかジュニアリーダーに参加できないので、名前だけ登録しておいても申しわけないということで、今年は参加しないというのが多くなってきている。
あと、課題としてあるのは、ジュニアリーダーも減ってきているというのは、県内大体同じ所も減少傾向にあると。宮城県の中央児童館で年何回か研修会等があって、私も引率でついていくのですけれども、年々参加者が少なくなってきている。
特に私は栗原市の場合しかよくわからないのですけれども、何でかなということを考えて、あと、ジュニアリーダーともいろいろな話をした中で感じるのが、ジュニアリーダーは子ども会の支援をしてみたいとか、子どもたちとかかわっていろいろなことをやってみたいという意欲があって、ジュニアリーダーに参加するわけですよね。
ところが、さらに意欲があるので、では、子ども会にかかわるためにはどういうことをわからなければならないというので、いろいろな研修会を設定して行っています。そういうのをいろいろ頑張って受講しているのですね。
ただ、先ほど、学んだことがある。
栗原市の場合ですと、なかなか生かす場がないというか、子ども会の方からなかなか要請が来なかったりして、自分が身に付けた、せっかく研修で覚えた技能とか、あと、体力のところなどを発揮する場がなかなかないという、そういうところが問題として挙げられています。
発揮する力を発揮できないとなると、また、小学生とも子どもたちともかかわれない。
そうすると、今度は小学生自体もジュニアリーダーという存在を知らないまま、中学生になってしまうと。
こういうふうになって、今度、中学校になった子どもたちが、ジュニアリーダーという存在がわからないから、募集をしても何をするのかがよくわからない。
小学校段階でジュニアリーダーと一緒にかかわって活動したことがあれば、ああいうことをしてくれるお兄ちゃん、お姉ちゃんなのだなというのがわかるのですけれども、そういうことがないという、経験をしていないという子どもたちがいる。
そうすると、中学校になってもジュニアリーダーに参加しようという意欲が沸いてこない。そういう形でだんだんと悪循環になってきているのが現状ではないのかなと思っています。
あと、これでジュニアリーダーのことについて。
○質問者 もう1点が、子ども会を脱退するというのは、子ども会をなくしてしまうということ。やっていないという。会員が、もともと強制力ないのですよね。
やはり地域の行事に、子どもは参加するのですけれども、お母さんとかお父さんがなかなか協力できないということで、結局は、やはり子どもたちも参加させられないということで、できれば、会をはずしてほしいという。
○パネリスト(菅原晃氏) その地区の中で子ども会はあるのだけど、そこに参加しない方が多くなっているということですね。
○質問者 そうです。
子ども会の維持がなかなか難しくなってきているという。
○パネリスト(菅原晃氏)原因として、私がわかっている中では、先ほど少しだけ話したのですけれども、子ども会活動が、例えば、準備から何から親の方が全部やってしまう。
そうすると、親の方は子ども会って大変だな、面倒くさいなと思って見ていますよね。
そうすると、だったら入りたくないというのが本音だと。高学年の親になるとどうしても隊長、それからお世話役をしなければならない。
こういうふうになってくると、では大変だからという形で辞めてしまうのではないかなと。
そうすると、子どもたち、親御さんが全部準備してあげると、子どもにとっても何のための子ども会かなというのはわからないと思うのですね。
子ども会というところも、学校で学んだこととか、そういうことを、今度は地域の中で自分たちで試す場であってほしいなと思うのですね。
失敗してもこれはいいと思うのです。
何かやって、こういうことをやってみないかということで、自分たちで計画していけばいいのかなと思っています。それをどうしても、親の役員さんが何々をしましょうということで、全部準備して、当日、子どもたちが来る。そうすると、子どもたちにとっては、あてがわれたもので、毎年多分マンネリ化してきているのも原因かもしれないのですけれども、そういうところもあると、つまらないな。おもしろいかおもしろくないかで判断してしまうのですね。
つまらないという意識が強く働く。そうすると、なかなか参加しない。子どもたちがおもしろいのかおもしろくないと判断するのは、自分がどれだけそれに深くかかわっていたかに左右されるのかなと。
準備とかとか計画とか、初めは面倒くさいという子どもが多いと思うのです。やったことないから。
ただ、やっている中で、いろいろ苦労して創意工夫できる場があると、自分が一生懸命やったものですから、大人からみれば、そんなくだらないこと、つまらないこと。誰でもすぐできるべきだと思うところもあるかもしれないですけれど、そこまでの準備段階だとか、いろいろな経験が子どもにとってはいいのかなと。
一生懸命頑張ったことによって、当日、たいしたことではないと感じられるかもしれないけれど、子どもたちにとってはおもしろかったと、そういうふうになっていくと、子どもたちの分も参加したいなと思うのでないかなと思っています。
よろしいでしょうか。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)ありがとうございます。
○質問者 もう一ついいですか。
多田先生にも聞きたいのですけれども、今日、青少年の健全育成という分科会なのですけれども、この青少年の健全育成、少しわかりづらいところがあるのですけれども、多分県議は県議会ですか。市議は市議会に、町議は町議会になると思うのですけれども、その辺の組織自体で少しわかりづらいところあるのですよ。
私も七ヶ浜も少し機構を変えまして、町民会議の方のところと、今まで会長は総務部長がやっていたのですけども、民間の方ということで、私も副会長をやっているのですけれども、上を見ますと、総務省管轄であったり文科省管轄であったり厚生労働省管轄であるということで、なかなか組織自体が難しいのですね。
この辺の組織が、また一本化されたということで、青少年の健全育成というその前面に出すことはわかるのですけれども、多分各種団体で構成されていると思うのですけれども、その辺の横の連絡というか、その辺をどういうふうにこれから持っていけばいいのか。その辺でお聞きしたいと思います。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)市民会議ですね。組織が具体的にといいますか、どうなっているのか。
これは全くわからないというようなことですが、その点についてどうでしょう。
栗原市民会議について、設立したばかりの栗原の市議会ですね。という意味で、この辺の流れなのですね。
御説明いただければよろしいと思いますけれども。
○パネリスト(多田毒薬氏)ただいまの御質問でございますが、確かに上部組織の方は、少しわかりづらいといいますか、そういうことは多分にあると思います。
私もよく正直に申せばよくわかっていない所もあります。
ただ、私たちに課せられているのは、上部の組織ではないと。地区の青少年、子どもたちが健康で健やかに成長してくれれば。そういうふうな思いで活動をしているわけでございまして、先ほど言いましたが、標語の募集なんかでも、これは総務省の主導でやっているのですよね。
そうしますと、なんとなくそちらの上部団体、こちらの上部団体が、ばらばらかなというのは思っているとおりだと思いますし、私たちもその辺、なんとなく不審には思っているのですが、私のこだわりが足りないのかどうか知りませんが、そこまであまり深く考えずに、地域の子どもたちが健康で健やかに。そういうふうなことで私は活動しているわけでございます。
何か、質問の答えにはなっていないように思いますが、そういうことでございます。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)ありがとうございます。
こんなことで、国や県のいろいろの組織も大切ですが、むしろあまりそれにこだわることなく、地域の実情にあった、子どもたちのことを考えた組織活動で取り組んだ方がいいのではないですかというような答えだったかなと思います。
そのほか、ございませんか。
うちの方ではこのような地域の郷土芸能やイベント、文化を守るために、子どもたちあるいは親と一緒にやって、私の方はこんな活動をしておりますよというようなことなどございませんか。
栗駒ですね。トップバッターで発表していただきました高橋さん。
高橋さん、私、はじめお会いしたときはもうびっくりしました。いや本当にこのエネルギーどこから出るのだろうなというような思いがありますが、そんなことで、何かトップバッターの高橋さんにお聞きしたいこととかございませんか。
何かいいエネルギー出ていっていると思いますよ。
南の方の方、どなたかいらっしゃいませんか。
今、前の方でしたので。ございませんか。
いずれも、この3人のパネラーの皆さん方も、学校は学校として、いろいろこの時代の背景を捉えた形で私たちも教育をしているところなのですが、しかしながら、それだけに頼っていてはだめですよ。
むしろ、地域の皆さんも、一緒になって、子どもたちをサポートしなければならない。そして、学校で教えることのできないものを、地域で子どもたちにしっかりと、教えていかなければいけない。そんな思いだと思うのです。
そういう意味で、GOZA−in踊り子に取り組んでおられる高橋さんの場合は、地域の伝統や文化、そんなものを強く地域に根ざせる努力を子どもたちに見せながら、子どもたちにも頑張ってもらおうと、そんなことだと思います。
それで、それとはちょっとニュアンスが違いしますけれども、家庭の中のですね、いろんな風習、あるいは地域の中で取り組んでいる伝統的なならわしごとという。そんなものもやはり、今、失われつつあるような感じもしておりますが、そういう意味では、このGOZA−in踊り子さんの発表というのは、何かそういう意味だよ。
もう少し、昔にさかのぼって、また何か復活させなければいけないなというようなきっかけの部分になったのではないかなと思いますけれども、その点について、皆さん方の御質問、ございませんか。
はい、どうぞ。
○質問者黒川郡の富谷町、成田中学校のPTA会長の●●と申します。
高橋さんの方なのですが、地域の方たちに根付いた芸術さを取り戻そうということで始められたということなのですけれども、私のいる成田というのは、逆にたくさん始めまして、逆に皆さんが団結しなければならない。
そういったような反対の状況がございまして、今、「うたっちゃえ富谷」ということで、「第九」をみんな歌いましょうということで、声掛けをいたしまして、子どもさん、小学校4年生から、年齢は90歳まで100歳まででもどうぞということで、「第九」を歌いましょうということで、今年、第1回目をこれから始めようとしております。
そういった中で、御質問なのですけれども、これからは、今後の多分いろんな取り組みがございますでしょうし、それから、今まできました中でも団員数とかそういったこともお聞きしたいなと思うのですね。
それとあと、学校に取り組みをかかわっていった中で、そういうところも少しお聞きしたいなと思うのですけれども。よろしくお願いいたします。
○パネリスト(高橋美紀子氏)すみません、少しお声がやさしすぎて、もう1回お願いできますか。
○質問者 これからの取り組み、それから始めた時の団員数。
それから、学校へ現在の取り組みを持ちいったその流れとか。
そういったことも少しお聞きしたいなと思うのです。
○パネリスト(高橋美紀子氏)それでは、最後の質問からですが、学校とのかかわりをどのようにしたかという御質問ですが、100%学校側の意思で、私たちは選んでいただいたのです。
ですから、すべて地域の私たちがいろんなことをしていても、要するに学校側の方に、私たちの方から声をかけても、なかなか伝わらないという経験もございます。
ですから、すべて学校行事に関しては、私はやはり学校のお考え、情熱というものが必要だと思います。それから、2番目の質問は、人数ですか。
これは一応国体に向けて、その1年前から始まりまして、国体というのがたまたまありまして、部員数を増やしていきましたけれど、やはり幼稚園から70歳位までの幅広い層の、80名ぐらいの会員がいます。
それから、一番最初のご質問ですが、これからどうしようかと。それ考えると頭の痛い所なんですが、6年目を迎えまして、お付き合いを学校側がいやでなければ、私達はこれからもずっと続けていきたいと思って
います。毎年々々いろんな事を考えないとやっぱり中だるみしてしまいますので、そのことを考えながら、いろいろと活動していきたいと思っています。よろしいでしょうか。
○質問者はい、ありがとうございました。参考にさせていただきます。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)ございませんか。
ジュニアリーダーとか、先ほど提言のような形での御意見があったわけでございますが、ジュニアリーダー、せっかく組織してリーダーの養成をされているのですが、なかなか子どもたちにはPTAのそれぞれの各校のそういう中では、お声掛けがなくて困っているというようなことで、逆に子どもたちの方がせっかく研修したのにさっぱり私たちが力を発揮する機会がなくて残念だなというような、何か子どもたちが不完全に終わって、いやそんな使ってもらえるところがが無いんだったら、私たちジュニアリーダーやめるからというような形で、なかなかジュニアリーダーの育成が難しいというお話でしたが、そういう面について、地区PTAなり、あるいはPTA活動全体の中で、なにかこの件に関して、御意見あるいは御質問ござませんか。
はい、どうぞ。
○質問者美里町、青生小学校のPTA副会長の●●です。
実は私も、中学校、高校生時代にずっとジュニアリーダーをやっていまして、今、この年になっても、小学校の学年行事とかでは、そのジュニアリーダー時代に教わったことというのは、すごく役に立っているのですね。
ですから、ジュニアリーダーを育成していくということはすごく賛成なのです。
それで、先ほどから子ども会の要請がなくてということをおっしゃっていますけれども、美里町では、グリーンアドベンチャーというものがきまして、年間通してそれに参加したい子どもたちを、5年生からだと思うのですけれど、6年生まで募集するのですね。
それに参加して、毎月ではないのですけれども、年間多分10回くらい行事があって、その中でジュニアリーダーと触れ合っていくということがまずできるのと、それから、子どもまつりというのがありまして、それも町内にも小学生を集めて、参加したい希望者だけなのですけれども、そこでジュニアリーダーがゲームをしたりとかというので、かかわる機会があります。
うちの子どもは3人いるのですけれども、誰か一人、ジュニアリーダーを経験してほしいなと思っていたのですけど、一番下6年生なのですけれども、その子がグリーンアドベンチャーに入っていまして、そこでジュニアリーダーと関わって、私も高校生になったら絶対ジュニアリーダーになるのだと断言しています。
多分高校生とかは、部活と両立するのが大変だと思うのですね。そこを何とか大人が引っ張ってあげながら、ジュニアリーダー主催の行事を年間一つでも二つでもやって、まず子どもたちを集めて、ジュニアリーダーというのはこういうのだというのをアピールするための場というのを設けたらいいのではないかなと思います。
質問ではないですけれども。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)ありがとうございます。
このジュニアリーダーの活動について、先ほど、皆さん方から、ジュニアリーダーの活動というのは御存知ですかというような、先ほど、パネラーの方がおっしゃいましたように、ほぼ8割の皆さん方はもう理解されていらっしゃるのですね。
しかしながら、この活用されていなくて残念だというようなことは、ただいま、●●副会長さんから御意見ございましたように、もう少し募集期間というか、ジュニアリーダーのPRをもっとしてほしいというようなお願い、あるいは要望のようなものでありますから、その点についてどうでしょう。
○パネリスト(菅原晃氏)栗原市の方面でも、今、教えていただいたような青少年教育事業と行政で行う活動の中には、ジュニアリーダーを入れて、スタッフとして入れて一緒にやっていこうと。
それで子どもたちとの関わりを持って。
あと、それから栗原市の子ども会育成連合会というところの育成者、こちらの方々が対象の研修会などに出向いてアピールをさせて、使ってくださいということを取り入れてはいるのです。
ただ、私が先ほどから言っている、特にもっと言いたいのは、子ども会活動の子どもたちのために使ってほしいと。
実際には子どもたちに活動をさせてほしいと。子ども会を自分たちの手でやっていけるようになってほしい。
それが子どもたちの力になる。小学生団体ですね。力をつけるためには子ども会で子どもたちに活動をさせてほしい。
そのためにジュニアリーダーをうまく利用してほしいので、ぜひ活用してほしいということを、ここでもお願いなのですね。
青少年事業とか行政の方で行う活動の中には、どうしてもジュニアリーダーをうまく取り入れて、小学生と顔をつなぎながらはしているのですけれども、それ以外に、子ども会活動を活発にさせていってほしいというところで、ジュニアリーダーを使ってほしいというお願いです。
よろしいでしょうか。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)パネラーの菅原さんは、どうしてもPTA活動の現在のスタッフを見ておりますと、親子が一緒になって参加していただくのは大変ありがたいことなのですが、ただ、第三者的な活動はやってきていますけど、全部お膳立ててしまって子どもたちが何にもやることがないような状態になっているのには、子どもたちが実際に体験をして、肌で、自分で何か知識を吸収して、社会の中で参加していく力というのは失われていくのではないでしょうか。
学校を離れて、子どもが親の足元から離れて社会に巣立ったときに、本当に自分で判断して、強くたくましい子どもになるのだろうなというようなそんな思いで、この親の手を離れて、子ども同士の中で、そしてジュニアリーダーとして、組織あるいはいろんな知識を、技術を身につけたものを、子ども同士で、お兄さんあるいはお姉さんのような立場で子どもを見ていく。
そして、この親から何か命令的に教えるということではなくて、子ども同士で知識を身に付けていくのも大切なのですねというようなことで、ジュニアリーダーということで取り組んでおられるわけでございます。
今、ジュニアリーダーについて、そういうのをもう少し積極的に飛躍してほしいですねというような御意見だったわけでございますが、このほか、ございませんか。
この3分科会のテーマは、青少年の健全育成にかかわっていくいろいろの組織、団体とPTA活動が、これからどうかかわるかというようなテーマですね。
ですから、私も今から15、6年前、20年ぐらい前までは、PTAはPTAとして、社会団体の一つなのですが、PTA活動だけの何といいますか、いろんな議論の中で、井の中の蛙といいますか、そのPTA活動、あるいはPTA連合会、地区PTA、あるいは単位のPTA。そんな感じだけでやっていたのですが、今、子どもたちが本当に、この勉強、勉強、あるいは塾通いだとかね。あるいは、成績がいい子どもに育てたい。
あるいは、学力向上だとかそんな意味でもいろいろな社会的な背景があるものですから、親の考え方にみれば、いやいや、いっそPTA活動だとか、ジュニアリーダーの皆さん方と活動するとか、あるいは、文化、伝統芸能の活動だとか、そんなものをしていたのでは、一般の社会から遅れてしまうよというような意味での悩みもあるのではないかなと思いますが。
そういったことについて、本当にこの青少年の健全育成、新聞を飾ることに対して何だというようなことのテーマ研究を、このPTA、そして、この第3分科会にテーマとして提起をされたのだと思いますので、この話をもう少し大きくして、そういうことについての御意見があれば、考え方があれば、どうぞ意見を、御提案をお願いしたいと思います。
何かございませんか。
今、青少年の健全育成ということで、今、国も県も、社会的に大変重要な問題だと捉えているのですね。
そういう意味で、今日はこの第3分科会から大変な意見や情報が出てくるのでないかなというようなことで、パネリスト三人、私も緊張しているのですが、以外と静かなものですから、さて、どうなのだろうな。
子どもたちの元気な姿を見たら、やはりお父さん、お母さんが元気でなければだめだなというようなことで、GOZA−in踊り子の高橋さんなんかは、今から6、7年前に立ち上げて、今、こうして元気に頑張っているわけですが、そういう点についてござませんか。
○質問者大崎市立三本木小学校厚生部員を務めています●●です。
最近、いじめという問題が非常に多いのですけれども、健全育成ということで御質問したいと思います。
学校や地域に働きかけていくPTA活動ということですけれども、PTAの方では、どうかかわっていったらよいのでしょうか。
皆さんに御質問したいと思います。
よろしくお願いします。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)すみません、ちょっと体育館なものですから、ハモルというのですか、もう一度すみません。
○質問者最近、全国的にいじめが多いのですけれども、そちらの方でもやはり心の育成というか、なされていないと思うのですね。子どもたちが最近、心がすさんでいるというか、寂しいというか、あると思うのですけれども、PTA活動の方では、学校と地域でどのようないじめ対策というか、PTAの方では、まわっていったらいいのか、質問したいと思います。
よろしくお願いいたします。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)ありがとうございます。
最近ですね、大分前にいじめ論議の問題があったのですが、最近ここにきてまたこのいじめ問題が、何といいますか、前はいじめの問題は明確にわかったんですが、最近は見えない形でのいじめなのですね。
小中学生はパソコン使うので、メールですか。
お父さん、お母さんわからないところで、どこにこのコンタクトをとって、あるいは話し合いをしているかどんな通信をされているのかもわからない状況なのですが、このいじめの問題なんかについて、どうなのでしょう。お子さんでも皆さんに、これはある種、あるいは今現在、どうなのでしょう。あるのでしょうか、どうでしょうか。
あるいはそれを解決するためには、どうすればいいですかねというような御質問ですが、まず、そうしたことについて、今度は金成の支部長さんの多田さんの方からお願いします。
○パネリスト(多田善美氏)いじめの問題ですが、本当に大変な問題で心を痛めている一人なのでございますが、何というのでしょう、結局子どもたちに他人を思いやる心とか正義感とか公正さを重んじる心、そういうのがきちっと伝わっていないからなのかなと、そういうふうに思うのです。
私たちは結局子ども同士のいじめられているのは、私たち大人の目の届かないところとか、先生の目を盗むとか、そういうのが多いと思うのですよ。
ですけど、結局は子どもたちがこういうことしてはだめなのだよということを一つひとつ具体的に教えられていないというか、そういうふうなことがあると思うのです。
では、どうすればいいかといいますと、どうすればいいかという答えはすぐに見出せないと私は思います。
そういうふうなことを防ぐには、やはり普段から子どもに目をかけたり声をかけたり、先ほど皆さん言っていましたけれど、地域の人々との交流を大切にするとか、朝晩の“おはよう”とか“さようなら”とか、そういうことで子どもを認めてあげるという。
子どもって本来は自分が認められないのでないかなと。親が自分のことを認める。親にも認めてほしいでしょうし、近くのお父さん、お母さんにも認めてほしいのではないかなと。
子どもって大人に認めてほしいという気持ち、当然持っていると思うのです。
そういうことに対して、親が朝晩の挨拶の声掛け一つがつながっていくのでないか。
今は車で歩いて、子どもとすれ違ってもさっとすれ違う時代ですから、100メートル、200メートル歩いたところで、子ども一人しか二人にしか合わないのですが、私も冬場にアルバイトで郵便局の近くを毎日100メートルぐらい歩く。金成小学校に行く子どもたちを、毎日同じ子と同じ時間にすれ違うのですね。
こっちはだから、“おはようございます”なんて声を掛けると、このおっちゃん何だろうという顔で最初は見ているのですが、2日、3日とやはり声を掛けていきますと、向こうから声をかけてきてくれるようになりました。
結局は、「このおっちゃんは私を毎日見てくれている」 そういうのは、そちらからも、先に声かけてもらえるようになった。そういうふうにして一つずつやっていくより仕方がないのかなと。
答えになりましたでしょうか。
私なりの考えです。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)ありがとうございます。
今は、家庭の中でお子さんとやはり、悪いことというのはどういうことなのか。例えば、パソコン、“お子さんは何か昼食はっぼり食べなかったね”というようなときに、何かそんなことを一つの家庭の中でテーマにしてやるという、子どもさんがそうやって、やはりこういうアドバイスしてあげたらとか、そんな優しい気持ちを、家庭の中でやはり子どもに伝えることが、まず大切なのではないでしょうかということでした。
そういう中で、子どもさんにやはり声を掛けていくのが大切だと。
ただ、今、下手に声をかけると、今後逆に子どもは誘拐されるんじゃないかと思ってしまう。そんなこともあって子どもが逆に警戒するというようなこともあるようですが、しかし、やはり常にその地域の中で声掛けをしていけば、子どもの方から信頼するようになる思います。
ただいま、そんな答えでした。
次に、菅原さん、どうでしょう。
○パネリスト(菅原晃氏)子どもたちの心を育てるためということでは、先ほどから何回か言っているのですけれど、いろいろな経験、体験をさせるというのが大事なのかなと。
いろいろなことを試してみて、失敗してみて、それから友達のかかわりの中でいろいろと気づくところもある。
そういうことで、さまざまな体験活動を盛り込む。させる。それから、人とのかかわりを深めていかせるということが特に大事ではないかなと。
子ども会などでは、例えば、さまざまな体験活動、自分たちで計画させていくことによって、試行錯誤、失敗を経験、それからやり直し、助け合いなどを学べる。
あと、人とのかかわりについても、2学年、1年生の子を思いやる心とか、上を憧れる心。そういうところを鍛えていけるのかなと。
先ほどから私は、体験活動にもされてほしいということだけ言っているのですけれども、ある研修会で、文科省が広げている学力向上が一番のテーマになっていると思うのですけれども、その学力を向上するために、体験学校というのはぜひ必要なのだということを教えてもらうと。
そのときの聞いた言葉では、例えば、こういうコップがあるのです。コップに、これに入る水の量というのは、もうこれ以上入れたら溢れてしますという例えなのですけれども、学力も同じで、いくらいっぱい詰め込んでも、受け皿が小さければそれ以上いくら詰め込もうとしても入っていかない。
その受け皿を広げてあげるというのは、どういうことかというと、いろいろなことを自分で体験してみる。経験してみる。こういうことを通して、受け皿、自分のことを学べる。受け入れることができるようになる。
ただ、何もしないでどんどん学校での教科書などをつめこもうとしても、塾へ行って学ぼうとしても、それは入る量が決まっているのだと。だから、広げてあげるためには、さまざまなことを体験させて経験させることによって、受け入れられますよという、準備をできるのだということを聞いたことがあります。
なので、ぜひともどんどん経験を混ぜながら、そうすることによって、例えば、学校での学習をどんどん吸収していく。
それから、今、文部科学省の方は、早寝・早起き・朝ご飯というのを、スローガンを掲げてどんどんやっていますけれども、これを学力向上につながるのだということを話されております。
ただ、これを完全に家庭でしっかりとやってほしいなというところが、家庭でこういう早寝・早起き・朝ご飯の習慣をつける。規則正しい生活習慣を身に付けさせることによって、学校での授業がスムーズに入ってくるようになるのだということを言われています。
それから、地域ではということで、先ほどから話していますように、子ども会活動でいろんな子どもたちに学校で学んだことを試す場を与えることによって、さらに、今、話している器が広がっていって、学校での学習が吸収されやすくなるというふうに感じています。
なので、学校では、それから家庭では、地域ではというふうに主にこういうところを頑張っていきましょうというところを考えていただければいいのかなと。
すべてを全部学校にお願いすれば、子どもは健全に育っていくのだということではないと私は思っています。
さらに、子ども会に手伝わないで、何もできないでしょうという考えもあるかとは思うのですけれども、ただ、1年生だって、小学校1年生で学校に行っていれば、同じ学級の中で、学級活動の中で話し合いをしたり、係り活動をしたり、自分の役割、きちんとこなしていく。
同じように、地域にきても、何かその子ができることを考えてあげる。
それは親の方でいいと思うのですけれども、1年生には1年生なりの何か役割を与えてあげる。6年生なら6年生なりの役割を。すべての子に何かできそうな、ちょっと頑張ればできそうなことをいう課題を与えてあげることによって、子どもたちは自分の役割、意欲をもって取り組むようになって、どんどん参加をしてくれる。
それから自分も試せるかなと。意欲も湧いてくるのでないかなと感じています。
よろしいでしょうか。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)どうもありがとうございます。
ただいま、お三方のいろんな経験をしている中から、この例えば、いじめという問題については、私の経験では、小中学校のころ、いじめは本当かどうかわかりませんが、脇の方で見ていますと、何かいじめられているのかなと思った。なんかして心配をしたときもありました。
しかし、やはりそれを子どもなりに乗り越えてきたのではなかったのかなと思っています。
今、私の同級生、当時いじめられたように見えたような感じの皆さん、私よりもたくましいこといって、社会の中で頑張っていますし、むしろ、勉強もしておりますし、人の痛みですね。自分がやはり経験しているわけですから、人一倍理解していただいています
ですから、それがこの破滅的になるようないじめにならないようにするためには、やはり心を強くたくましく、生きる勇気、エネルギーというものをやはり家庭の親なり地域なり、あるいはその周辺のサークル活動をやっている中の子どもたちを、何か参加させて、知識なりを吸収させる。
体験をしながら、吸収することが大切ではないでしょうかということだったと思います。
次に、高橋さんにお願いします。
○パネリスト(高橋美紀子氏)多分、健全育成をするためにPTAがどのようにかかわったらいいかという御質問だと思ったのですが、非常にテーマが大きすぎて、私ごときではお答えできないという感じがいたしました。
が、しかし、子どもたちのことを考えますと、子どもはとにかく家庭の中で暮らして、そして学校に行って暮らして、その間に社会で暮らすということできていると思うのです。
それで、そのようないじめとか何か、本当に悲しいできごとがあったときは、私はこういうふうにしようと思っています。
とにかく反省することだと思います。学校が、要するに子どもたちを育てあげていくために、自分たちではできないことをまず考えなければならない。
それから、家庭も一人の人間として育てていくために、家庭だけではできないということを考えなければならない。
社会も、次の世代を担う子どもたちをきちんと育てあげなければならないということを考えなければならない。そういう時代でないかと思います。
この三つが、きちんとまわしていくことによって、これからの担う子どもたちが、大きくなっていけるのではないかなと思います。
ですから、そのことをきちんと今確認して、自分たちがやれることを一つずつやっていくのではないかなと思いますけれど、いかがでしょうか。
○コーディネーター(佐藤幸生民)ありがとうございました。
やれることとやれないこと。
やれることは、やはり行動で子どもと接しながら、精一杯まず努力をみんなでしようと。
そして、できないことは、いろいろの組織なり団体なり、そうした力で地域を動かし、町を動かし、あるいは、いろいろな教育行政とした部分も動かしていかなければいけないのではないでしょうかと。
まず原点は、家庭や地域、そして社会にあるのではないでしょうかということだったと思います。
そこで、このPTA活動を健全育成にどうかかわっていかなければならないかということについて、長いな長いなと思っておりましたら、あと5分しかなくなってしまったのですね。
この辺について、PTAの会員の皆さん方はどう考えていらっしゃるのか、この御意見を聞かせていただきたいと思います。
先ほど、私の方からお話をさせていただきましたが、PTA活動、県P、地区P、単位PTA、その事業計画の遂行、決して皆さんそういうだけでやっているということではございませんが、そこがもう少し枠を超えて、地域の中の青少年健全育成にかかわっていく必要があるのではないでしょうかというこの第3分科会のテーマでございますので、その点について、何か御意見、積極的な御意見、あるいは困っているというようなことがございましたら、御提議いただきたいと思います。
ございませんか。
今回は、私たちはただ体験を通して、まあこの方がいいのではないでしょうかというような、体験上のお話しかできなくて大変申し訳ないのですが、私はむしろそういうような教育評論家とか大学の先生の話も大切ですが、経験を踏まえた上で、皆さん方に何か御提言というものがあった方が、むしろいいのではないですか。もちろんこういうスタイルの分科会協議がいいですね。こういうようなお話をPTAの役員の皆さん方にさせていただいたのですが、もしなければ、3名のパネラーの皆さん方から、提言など、皆さん方に申し上げさせていただきたいと思いますが、今一度何かございませんか。
何か、青少年の健全育成でPTAはどのようにかかわっていきたいなと、私は考えておりますというようなことがあれば。
はい、どうぞ。
○質問者 多賀城市立山王小学校の会長をしております●●と申します。
今のコーディネーターの佐藤さんのおっしゃっていたことと違うのですが、せっかく参加させていただいたので、質問で心残りがあるとまずいと思って質問させていただきます。
菅原先生にお聞きしたいのですが、先ほど、プロフィールを拝見したら生涯学習課長と。先ほど、子ども会育成会連合会の話が出ていたものですから、そういった形には関与されているのでしょうか。
生涯学習課というのは、子ども会育成会の活動には菅原先生は関与されているのでしょうか。
その上で少しお聞きしたいのですが、私自身PTA生活3年目で、会長生活2年目になります。
私自身の勉強不足ということもありまして、子ども会育成会というのはちょっと、この中にも関係者の方いらっしゃるかと思うのですが、その上でお話させていただきますけれども、子ども会育成会連合会というの、私はよくわかりません。
特にうちの小学校区9支部あるのですが、支部イコール子ども会という形になっております。
その9支部の中でも、子ども会育成会というのは、私の地区はないのです。 それで、PTA連合会でもリンクして講演会を行ったのですけれども、子ども会育成会の方からみて、特にうちの学校の場合、先ほど申しあげたように、子ども会イコール支部となっておりますので、PTAの火を起こすようなことは、今、低迷していると思うのですけど、上の方から火をつけるとなかなか火がつかないのですよね。
やはり火というのは下からつける方が上に上がると思うのですけれど、そういった意味で、将来的にその子ども会というのはどうやっていくとか、そのような方法について参考にさせていただければと思いまして、御質問させていただきます。
よろしくお願いします。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)菅原さん、よろしくお願いします。
○パネリスト(菅原晃氏)最初にまず、子ども会育成会ということなのですけれども、子ども会というのは、子どもの会です。小学生なり、今、9地区あると言われたそれぞれの称しているのが子ども会です。
育成会というのは、たいてい栗原市ですと親御さんになってしまうのですけれど、本来はその9地区あるうちの一地区に出入りしますけど、この一地区の中にいる子どもが子ども会会員、その地区にいる子が全員入っていただければ一番望ましいですけれど、地域全体でということで子どもたちを見守っていく、サポートしていきましょうというのは育成会。
子ども会の活動を手助け、援助してやるソナー方式を育成会と位置づけています。
これは県、それから全国子ども会連合会までありますので、すべて同じ考えです。
○質問者 活動のあり方とか、何か具体的なアドバイスみたいなこと、もし。
○パネリスト(菅原晃氏)活動のあり方。
私が考えているのは、先ほどから話したような子供会は子どもたちのものなので、自分たちで考えて活動していけるような、それを支えていってほしいのが育成会だということで話しましたけれども、実際には、さらにもう少し詳しく話しますと、最初の方にも話したように、自分の住んでいる地域に愛着を持ってほしいというところもありますので、子ども会活動の中でも、毎年マンネリ化している夏休みの親子旅行とか、あと、クリスマス会だけやって終わりだということから少し脱却しまして、自分の住んでいる地域の中で、地域の人との交流を図っていけるように、育成会の方でアドバイスしていきながら、子どもたちに自分の住んでいる地域の中を知る、それから地域の方と交流する。
そういう活動をどんどん進めていってもらいたいなと。その中で、地域の中で、年齢交流、お年寄りの方と二緒に交流してみるとか、地域を歩いて調べてみるというふうな形でもみる。
そうすることによって、子どもたちも自分の地域を知るのですけれども、それだけではなくて、今は地域といってもあまり関係が密着から密接していないところもある、希薄になっているところもあると思います。
今、不審者、いろいろな情報等で騒がれていることもあるのですけれども、地域の中にいる子どもたちのことを知ってもらいたいというのもあるし、逆に地域の方々にとっても、子どもたちとかかわって、地域全体を知ることによって、その地域が、大人の方、お年寄りの方すべて含めてですけれども、活発になっていく。
子どもたちを核にしながら、その地域を盛り上げていける活動になっていくのではないかなと思っていますので、自分の住んでいる地域で、何か活動できるところを、子どもたちと一緒になって考えていってもらえればと。その中で、いろんな方々を巻き込んで、お年寄りでもいいですし、あと、父兄の方々、これからここで一芸に秀でている方を講師に迎えて、子どもたちと一緒にやっていくと。
それでも、一番は自分の住んでいる地域での何かを子ども会活動として、取り入れていただければなと。
例えば、今までどおりの行事だけで終わらせるのではなくて、活動していってもらえればいいのかなと思っております。
そうすることによって、地域全体が楽しくなっていくのかなと思っています。
よろしいでしょうか。
○コーディネーター(佐藤幸生氏)皆さん方からの貴重な御質問、御意見頂戴させてもらって、本当に大変ありがとうござました。
もう少しこの議論をしていただいた方の御意見を詰めて、取りまとめをいたしたいなと思ったのですが、やはりこの教育という問題もこれといった答えがないだけに、皆さん方にも、大まかな皆さんの考えを伝えたりとか、わからなかったのではないかなと思います。
そしてまた、親の心子に伝わるという昔の大先輩の鈴木さんとか、おばあさんがそんな話を聞かせてくれました。
そんなことで、私は親父はおりせんけれども、私たちが緊張してきたから、皆さん方も緊張して、いや、ちょっと話す勇気ないなというようなことでないかなと思ったのですが、そんな点、お許しを頂戴して、しかし、パネラーの3人の皆さん方から、貴重な事例報告、そしてまた、経験談本当にありがとうござました。
それで、全体的に、この取りまとめにはなりませんけれども、取りまとめをさせていただきたいと思うのですが、実は、私、何気なくテレビを見ていましたときに、青森県の弘前出身の石坂洋次郎さんですね。作家なのですね。
このNHKの「土地の人、あの人に会いたい」という番組を見ていたのですが、それは貴重な考えだなと思って、今日はこれをまとめとして、皆さん方に御報告をいたしたいなと思っておりましたので、そのことを伝えて降板させていただきたいと思います。
石坂洋次郎さんは、作家ですね。
作家ですと、何かいろいろ、名所、旧跡、あるいは静かな場所に行って、一人でこの文書を書くお仕事に携わるのがほとんどの人らしいですね。
逆に石坂洋次郎さんは、私は、現役の仕事をしながら作家生活をやりたい。
そして、そういう実施体験に基づいた中からの文書というものは、味わいのあるものだし、幅の広いものができあがる。
一般的に、作家だけでその人生だけを送れば破壊的になるのだというようなお話をしていました。
やはり、実践の中から、そして、自らが子どもたちに体験を通してしっかりと自分の心を伝えていくということが、本当に発展的に、そして、皆さん方に生きた血となり肉となり、生きるものを教えていくことができるのだろうというふうに思っています。
それには、皆さん方、どうぞ大変お忙しいこの社会時代背景にあるわけでございますけれども、皆さん方の体験や経験というものをしっかりと子どもたちに伝えて、子どもの気持ちを動かして、地域や社会の中で、強くたくましく生きる子どもにぜひ育ててほしい。
そんな皆さん方の気持ちが伝わってきたこの第3分科会の皆さんの御意見だったということに取りまとめをさせていただきたいと思います。
今日は、3人のパネリストの皆さん方、本当に御苦労さまでございました。
皆さま方から拍手を頂戴いたしまして、この第三分科会を閉じさせていただきます。

○コーディネーター(高橋清美氏)
改めて、第4分科会にお出でいただきまして、大変御苦労さまでございます。
それでは、コーディネーターをさせていただきます高橋と申します。
第4分科会、表題にありますように、教育諸活動のサポートということで、改めて子どもたちをサポートするということは、おそらく学校の数だけ、または地区の数だけ、たくさんの事例があるのだろうと思います。
今回の気づきあうというテーマに達せるように、お三方のパネリストの皆さんにご登場いただきまして、話題を提供いただくことになります。
もうすでに、パネルディスカッションの方式につきましては、御理解なさっておられると思いますが、まず3人の方に話題をそれぞれ提供いただきまして、それから、ある程度まとまった内容を皆さんで話し合いながら、そして最終的な書き込みにいきたいというふうに思っています。
なにせサポート活動そのものは結論を出すことではなくて、貴重な御意見がこの第4会場に一遍に出るところ、イメージされたらいいかなと思っております。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
それでは、早速でございますが、吉田さんから、今、司会の方から紹介ございましたけれど、何か付け加えることがありましたら、付け加えていただければなと。内容を話していただきます。
○パネリスト(吉田よし子氏)
吉田です。
子どもがいい大人になるためには、子ども時代にいい大人に出会う。いい言葉に出会うことだといわれています。
良い大人、1番目は親、2番目は先生、3番目は親や先生以外の第三者。その地域住民とか知人とか達人、そして本の中の登場人物も第三者に入ると思います。
本の中の登場人物は、善悪の典型を担って書かれているから、良い大人に出会うための絶好のものだと思います。
それに、良い言葉にも出会えると思います。(これは読み聞かせをしているので、我田引水のところがあります。)
学校を第三者の大人としてサポートするのにいろいろあると思います。
一つは、学習支援、環境支援、安全確保支援などがあると思います。
学習支援の中で総合的学習とか特別活動、道徳、クラブ活動のサポートは根付いていると思います。
強化学習支援は、ボランティアがやりたいと思っても、案外学校のニーズがないので、なかなかやれないでいることが多いと思うのです。
この栗原市にももとの郡単位で読み聞かせのグループがあるのですけれども、なかなか学校、幼稚園が呼んでくれないというのがよく聞くのですけれども、ここの若柳では、きちんと学校の年間計画の中に、読み聞かせのボランティアに位置づけられたのです。
教育活動に少しはめ込んで活動しています。
小学校へ読み聞かせ活動に入るまでのことを少しお話したいと思います。
H12年(発足した)「ぽっかぽか」というのは、読み聞かせグループの名前です。
子どもの心をぽっかぽかにしたい。今の子どもは元気がないので、子どもを元気にして、子どもの心をぽっかぽかかにしたいということで、「ぽっかぽか」という読み聞かせグループをつくりました。
H13年、H14年、幼稚園に読み聞かせに行ったのですが、少し無理やりに押しかけたところもあります。
それがきっかけで1年生、2年生にも読み聞かせに行きました。
そしたら、今の子どもは情報過多だから、絵本なんかの下手な読み聞かせなんかついてこないかと思ったのです。
なんと、子どもたちは真剣に耳を傾けるのです。
こんなに子どもたちが話に飢えているとは思っておりませんでした。
それで、気を良くして、何回も「呼んでくれ、呼んでくれ」と押しかけました。
H15年に、司書教諭の配置が決まりました。
そのときに、若柳小学校にも司書教諭の発令があったのです。
学校側でも司書教諭が配置されたことで、図書の整理をしたい。子どもたちの読書離れに何らかの対策を打ちたいという要求がありました。
母親で役員の人なのですけれども、子どもに本を読ませたい。自分が小さいときによく図書室で本を読んだこともあるから、ああいう経験を子どもにさせたいという、役員になった母親からの思いがありました。
私はボランティア、もともと子どもを元気にしたい。読み聞かせをしたいという理由がありましたので、三者の思いがここで一致したのです。
これがきっかけなのですね。
5月の1週間ほど、午前中をかけて、お母さんたち、延べ100人のボランティア、「ぽっかぽか」から二人、一人は司書教諭をした人ですけれども、入って1週間で100人ぐらいのお母さんたちと図書の整理を始めました。
いろいろとラベルを取り替えたり、カードの作成をしたり、本の移動をしたり、いろいろやりました。
そして、1週間ぐらいで貸し出しができました。
そして、6月からは、図書ボランティアとして毎週金曜日、図書室で仕事を手伝うことにしたのです。
図書室に人が配置されると、本を借りに来る子、図書室に場所を求める子が見受けられるようになるのですね。
やはり図書室に誰かいるということは本当に大事だと思うのです。
いろいろと仕事をしているうちに、図書室に来た子どもに本の話をしたりしているうちに、個人的に読み聞かせを始めたのです。
そういう下地があって、H16年4月に、読み聞かせのために、“生き生きプラン”で図書指導助手として、町内の5校に有償ボランティアの配置が決まったのです。
1週4時間、各学校に4時間の配置があったのです。
そして、年間計画の中に入れてもらったのです。
H17年、図書ボランティアが根付きました。
図書の整理をし、子どもたちに本を紹介したり、読み聞かせをしたりする。子どもはすっかり本の魅力に取り付かれて、読んでもらうことを待つようになりました。
その上、自分から本を手にするようになったのです。
だから、本の教育力ってすごいなって感じました。
先生方から、いつも受け持ちの先生だけでなく、別のキャラクターの要素も入って、子どもの心をより広げていくと喜んでもらったのです。
ここで第三者と学校との気持ちがぴたっと一致したわけです。
読み手のボランティアの方も、子どもの目の輝き、集中して聞いてくれる態度、読み聞かせの子どもの感想にすっかり感心して、この学校図書ボランティアも案外これでいけるようになったのです。
H18年も続けました。H18年、今年の3月です。
なんと、この学校図書ボランティアに費用が予算化されないために、“生き生きプラン”の中から外すと言われたのです。
要望書を出しました。
校長先生たちに、今までのことがあったもので、ぜひやらせてくれということを言ってくれたのですけれども、なかなか費用は出ないということになったのです。
それで、学校側は、無償で申し訳ないから、学校図書ボランティアの仕組みを解除しようとしたのです。
学校図書ボランティア“ぽっかぽか”は、学校側さえよければ、どんなことがあっても子どもたちの心の育成のために、読み聞かせ活動を続けていこうと決意したのです。
そして、H18年度は、少し縮小した形ですが、やはり学校の年間計画の中に、学校図書ボランティアが入ることになりました。
それで、今も続けているのです。
こうやって考えてみますと、サポートできるというのはどういうことなのか。やはり学校のニーズがないと出来ない。
それから、学校は一体どういうことを親にサポートしてもらいたいのか。
それから、親はどんなことで学校をサポートできるのか。
そういうことをやはり考えてみなければならないなという気がします。
○コーディネーター(高橋清美氏)
7年間の足跡を5分ぐらいで話すわけですから大変なことなので、また、続きを後ほどということで。
それでは、次のパネリストの佐藤さんに、お願いいたします。
○パネリスト(佐藤倫治氏)
今日、分科会の教育諸活動へのサポートというテーマですが、そのテーマに合うかどうかわかりませんが、私が今までやってきたこと。簡単にお話したいと思います。
私は、平日は酒、食料品等の販売を営んでいます店屋でございます。
土日、休日の忙しい日は、役職になっていますので、近くの道の駅でいろんな人たちと出会いながら、楽しくお話しながら働かせていただいております。
その道の駅をつくったのは、私たち商工人と行政人で、13年ほど前に、花山地区に「路田里はなやま」という道の駅を立ち上げました。
花山というのは御存知かと思いますが、非常に人口が少なく、過疎地域の最も典型的な過疎地域でございます。
その一つの活性化にならないのかなということで、その道の駅をつくったわけでございます。
そういうことをしながら、私は1男3女という今では多い子どもに恵まれました。
上は29歳、下は今中学3年生ですから15歳ということで、今年が最後のPTA活動の年ということになります。
ですから、本当にこのパネリストなどという大それたことは考えていなかったのですが、最後の御奉公ということで、うちのPTA会長の方から、「何かやってくれや」と言われまして、ここに立つはめになってしましました。
諸活動ということで、私の長女なのですが、小学校のときに、花山地区にスポーツ少年団をつくるということになりまして、女子の部でバドミントン部、バレー部、男子で野球部という三つの部をつくりました。当時、私たち社会人もバドミントン愛好会という会をつくって、当初いろんな活動をしながら、いろいろな社会人の大会にも出たりして、そういう活動をやっていたものですから、スポーツ少年団、バドミントンをつくるということで、私たちの熱心な監督のもとで、数人の指導者がバドミントンを教えるようになりました。
それがサポートになるかどうかわかりませんが、当時、バドミントンのスポーツ少年団、つくって3、4年くらいは、ぜんぜん試合に出ては負け、出ては負けの連続で、1回戦ボーイでした。仙台市内の四郎丸ジュニアとかウルスラ小学校とか、そういう子どもたちの名前を聞くだけでも、子どもたちはすっかり負けた気持ちでどうにもなりませんでした。
いくら指導者が「大丈夫だ、名前だけだ」とこう励ましても、もう名前で負けてしまってどうにもならかった時期がありました。
その後、子どもたちが非常に頑張りまして、スポーツ少年団の全国大会にとうとう出場し、2回戦ぐらいまでは何とかいったことがあるのですが、全国大会に出場するまでの力をつけました。
今は、子どもたちがかなり減りまして、ここ数年は全国大会には残念ながら出場しておりません。また、中学校にも10年ちょっと前に、バドミントン部をつくり、スポーツ少年団と中学校生徒の合同練習等を行いました結果、中学生も全国大会に二度ほど、個人戦と団体戦で出場することができました。
私はそのころ、たった一人のコーチ役ということでやってまいりましたが、本当に熱心な監督のもとで一致団結して、これまでやってきました。
そういうことであります。
また、今、これも中学校の方で、平成16年度から3年間にわたりまして、宮城県教育委員会の委嘱を受けまして、「誇りと活力に満ちた生徒の育成、地域に開かれた学校づくり」を主題に、学校活性化プロポーザルモデル事業ということを実施中でございます。
先月の10月20日、全国へき地研究大会で、3年間の研究成果の発表が行われました。
これまでの事業の成果を踏まえまして、地域内の外部講師を招き、地域の伝統芸能や花山太鼓、また、花山神楽、また郷土料理などを学習しました。
その方は、地域の農家の世帯を講師に招きまして、生徒が栽培しましたじゃがいもとかさつまいもを、ここ数年、学校近くの道の駅、私のいるところですが、その道の駅で子どもたちの体験学習を兼ねまして販売をしました。
その売上金の一部を福祉に役立てたいという子どもたちの気持ちから、災害地に義援金として送金したり、この一部で親子バレー大会ということで、各クラスごとに分かれて、親子でバレーの大会をやって、その昼食に自分たちが栽培したじゃがいもを入れて、カレーライスをつくって、親子で楽しい一時を過ごしました。
残念ながら今年はそのへき地研究大会等がありまして、その活動はできませんでしたが、多分今後もそういう活動を、学校の方ではやってくれるのではないかなと、こう思っております。
その運動を子どもたちは「アイエムオー(IMO)運動」と何か言っているそうなのですが、簡単にいえば、芋運動だったということでございます。
このように、地域の方々の協力を得まして、生徒たちが一生懸命自分たちでつくったものを、経験したものを有効に活用して頑張っているようでございます。
○コーディネーター(高橋清美氏)
最後の御奉公ということで、まだ終わらないですけれど、これから話を開かせていただきたいです。ありがとうございます。
それでは、大場様、よろしくお願いします。
○パネリスト(大場隆氏)
畑岡小学校というのは、児童が111名、PTA会員が95名。二つの小学校が統合して21年目という学校で、その学校でPTAの役員あるいは皆さん方にお手伝いをいただきましてやっていること、行事等を御紹介したいと思います。
統合当時から行われております学習デー。これは近くの方の減反の田んぼをお借りして、そこに餅米を植えまして、秋には祖父母を招待して餅をご馳走するということでございます。
これは、どこでもやっていることだと思いますけれども、うちの方では、このごろでは、子どもたちに種を蒔かせまして、土入れから、それから学校の校庭のすぐそばに苗代をつくりまして、苗からつくってやっております。
それから、農作業は農家の会員の方々が機械を持ってきて準備をすると。ここで子どもたちがお手伝いをすると。田植えとか稲刈りは、少しは手でやって、時間も制限がございますので、残りは機械でやるということでございます。
そして、秋には、自分たちがつくったゲームでおじいさん、おばあさんたちが一緒に遊んで、その片方で、お父さん、お母さんたちが餅を準備して、臼でついて御馳走をすると。
体育館で、5年生が担当なのですけれども、1年間の作業の様子を紹介するということでございます。
私、担当しているのですが、苗の生育状況、田んぼの生育状況を観察記録として子どもたちが届けてくれるのですね。
それで、一つ驚いたことは、芽がY字に出てきたということを書いてきてくれたことがありまして、子どもたちはアサガオを見ていますので、必ず植物というのは双葉で出てくるものだと思っていたそうでありますけれども、稲は違いまして、それでびっくりしたと。
なるほどなということで、少しは役に立ったのかなと、そのときに思いました。
それから、これはPTA会員ではなくて、花岡弥助囃子保存会というのがあるのですけれども、その中の一人の方に学校に来ていただきまして、ずっと弥助囃子、獅子舞を4年生から6年生までが教わって、敬老会とか運動会とか学芸会とかで発表をしております。
すっかり定着しまして、一生懸命練習をしまして、国体の開会式のときの若柳の卓球部(のアトラクションで発表したとき)ですけれども、大変皆さん方に感動をしていただきました。
それから、どこでも行われていると思うのですが、年2回の早朝の学校周辺の草刈ですね。
運動会前の時期と、秋の忙しくなる前の時期、年2回、これは以前は請負を分けまして、年1回だったのですが、だんだん(PTA会員が)減ってきまして、一朝で終わらないということで、今は全員参加で草刈機械を持参しての草刈となっております。
それから、8月と12月の年2回、畑岡地区、学校のある周辺で500戸ほどあるのですが、子どもがいるいないにかかわらず、資源回収ということで、ビンとか新聞紙とかを、子どもと一緒に集めて歩いております。
それらの収益金、あるいは町・市からも助成金をもとに、基金として様々な子どもたちの各種大会用のユニフォームとか、あるいは獅子舞で壊れた太鼓の修理とか、そういうお金にかかわる部分のところに使われております。
それから、大きな事業としては、2、3年前に行ったのですが、校庭の暗渠ですね。それを町にお願いしたのですが、予算がないという理由で断られまして、どうしたらいいかということで、いろいろと話し合った結果、それでは、町では「材料代くらいは何とかしましょう」ということだったので、それではということで、排水パイプとか、材料代を出していただきまして、あとは自分たちの農機具を持ち寄りまして、校庭の暗渠、排水管を清掃したということがございます。
それから、今年は子どもたちの夢を叶えるということで、パイプハウスを立てて、ネットを張りまして、カブト虫の幼虫を入れました。
たくさんのカブトムシを見た後は、ネットをはずして外に放して、また来年見られるようにということで、その事業自体は成功したのですが、カブトムシは朝早くにしか見られないということをすっかり忘れていまして、子どもたちが、夏休み中、朝早く来るともって見られたのですが、中には学校の学習時間に見ようとしたらカブト虫がいなかった。(おが屑)の中に潜っていたということがありました。
後は、交通安全とか不審者対策の見回りとか、いろいろ皆さん方と同じようなことを取り組んでいるのですが、多分、あまりやられている学校は少ないと思いますが、今年から栗原市は全部の学校が2学期制になりました。
それで、夏休みに入る前に通信票がなくなったということで、いろいろ話し合われたのですが、その通信票の代わりというか、子どもたちの様子を伝えたいということで、学校、家庭の連携を目指す生活相互通信というのが始まりました。
これは、学習の出来たか出来ないかというのではなくて、学校、家庭の日常生活の様子を互いに連絡し合うもので、1年間、休み中に限らず、学校のことは先生方が暮れに記入して、普段どのような生活をしているかということを記入して家庭に渡します。
それから家庭では日常どのような生活を送っているか。よく挨拶をしているかとか、早寝早起き、朝ごはんをしっかり食べているかとか、というのができれば二重丸とか、時々だった丸だとか、そういう簡単な記入方法で。
それから家庭学習時間、1学年プラス10分で、3年生であれば40分をできるだけ頑張りましょうということで、何分できましたかということで毎日、あるいは1年間の様子を記録して、お互いに連絡しあって、というふうなことが始まっております。
このことにおいて、親も改めて子どもの様子を観察しなければならないということで、学校との連携あるいは支援ですね。問題が起こらないようにということで、朝ごはんをしっかり食べて、そして勉強もしっかりするようにということで、子供たちの一層の健やかな成長を目指すもので、成績や評価ではないのですね。
こういうことで、PTAあるいは地区の方々の、獅子舞の先生とか、いろいろ皆さん方の連携によって、これからもよりよい環境づくりのお手伝いをしたいと考えております。
今まで取り組んできていることをお話しましたが、より深い課題や問題点などは、この後でまた皆さま方と話し合いたいと思います。
○コーディネーター(高橋清美氏)
ありがとうございました。
いずれも、いろんな角度のサポートということで御紹介がありましたけれども、大変すばらしいの一言に尽きるのですが、実はもう少しどういう御苦労があったのだろうか。あるいはどういうことを乗り越えてきたのだろうか。そういった部分のいわゆる中身のところをもう少し掘り下げながら、おそらく会場におられる方々も、それぞれの地区のサポートの内容と照らし合わせておられると思います。
そういう意味で、「こういうところいいな」というところをお持ち帰りいただくためにも、やはり本当に御苦労なさったところが、もう少し理解していただくといいのかなと思いますので。
少し延長になるかもしれませんけれども、本当に、例えば、吉田さんの場合ですと、学校で読み聞かせということ。なかなか予算がなくて、いろんな乗り越えなくてはいけないと。これからもあるようでございます。
やはり、子どもたちをキラキラ輝く姿を考えると、どういうふうにサポートしなくてはいけないのかということが非常にあるわけですけど、そういった課題が、これまでも、また、これからも乗り越えなくてはいけないと思います。
そういったところを少しお話いただければと。
それから、佐藤さんの場合には、スポーツ活動を通じて子どもたちを伸ばしてこられたわけですが、やはりいろいろな方々がいろいろな声をお持ちになって、そしてサポートをされる。
これもやはり少子化とか、子どもたちが部活動をしたくても、子どもたち自身が少なくなって、部活動の編成ができなくなるという、そういう少子化の課題も一方ではあるのかなと。
そういうところも、少しこれからのことも含めて御紹介いただければなと。
それから、大場さんの、特に学校の外の自然体験をお話されたわけでありますけれども、そのいろいろな専門能力の方々が集まって、暗渠の工事をやるとか、それから、特に学習、米のお話ありましたけれども、やはり皆さん勤めておられますけれども、雨が降ったりいろんな環境条件が変わると、協力体制も大変難しいのだろうなと。そういったところもいろんな御苦労があるのでしょうし、そういう部分も含めて、少し御苦労をなされた部分といいますか、課題といいますか、そういったところも少し御紹介いただいたらなと思います。
では、吉田さん、よろしくお願いします。
○パネリスト(吉田よし子氏)
読み聞かせのボランティアですので、最初から有償だとは思っていなかったのです。
だから、H15年に若柳小学校の図書室の整理を始めたときも、ボランティアとしてやったので、でも、年間計画の中にきちんと位置づけてもらったというのは、やはり有償ボランティアとしてもらったときからだったと思います。
有償の場合、お金が出るとなると、学校側も気楽に受け入れてくれる。
無償だと何だか少し気を遣って、それまでは有償の場合は、1週間で4時間学校に入っていたのです。
だから、読み聞かせのほかに、各教室に行って読み聞かせをしたり、図書の整理とかいろいろなことをやったのですけれども、今、朝の会議のときとか、それから帰りの同級生を待っている時間とか、あと、自由時間にも入っていますけれども、そういうのもありますけれども、無償でも子どもに読み聞かせすることは変わりはないのです。
ただ、学校側は、少し申しわけないというのが入っていると思うのですけれども、違うのかなと思います。
今、読み聞かせをしているのですけれども、第2土曜日を、公民館のところに子どもたちを集めて読み聞かせをしているのです。
土曜休みができてから。
最初のうちは来ましたけど、来ないのです。子どもたちやって来ないのです。
学校ではうんと目を輝かせて聞くのですけれども、自分から話を聞こうというのか、そういう行動を起こさないのです。今の子どもたち。あてがい待ちなのです。
学校でするのは、勉強よりも、もしかしたら読み聞かせを気軽に聞かれるからいいのかもしれませんけれども、何か今、子どもたちが余りにも元気がない。やろうとする意欲がないということをうんと感じますので、有償であればなおさら学校も気楽にしてくれるからいいけれども、無償でもやはり読み聞かせとかいろいろな面で、そこに書きましたけれども、第三者の力を学校側はもっと受け入れていいのでないかなというのがあります。
そうすると、学校の方では、受け入れてもいいのだけども連絡を取ったり何なりして手間隙が掛かる。それよりは受け持ち(担任)にしてもらった方がいいというのがある。これもわかります。
わかりますけれども、いろいろな人のいろいろな思いを、子供だけに感じさせてやることが、今、本当に子どもたちに必要なのではないかな。そこに書きましたが、良い大人に会える、そういう仕事を今からどんどんやっていかなければ、子どもたち、若くて年寄りになっているという感じがしてならないのです。
そして、もし第三者を入れるようなことがあるときには、二つの方法があるかなと思います。
年間を通して入れなくてはいけないというようなときには、何か教育委員会の方でリストをつくって、そこから選んでもらうとか。あと、電話1本で「誰々さん、今度国語の物語本をやるんだけれど、そのときに最初の読みのところを判読してくれませんか」というような、電話1本で頼める、そういうシステムがあってもいいのかなというような感じを受けるのです。
もっと子どもたちを元気にする力を、やはりPTAでサポートしなくてはならないのでないかなと思います。
○コーディネーター(高橋清美氏)
いろいろ深いところまで入って頂きましてありがとうございました。
では、佐藤さん、お願いします。
○パネリスト(佐藤倫治氏)
私、スポーツの方でというお話でしたが、スポーツの方で関わってきたのはバドミントンなのですが、バドミントンというスポーツは、今はサッカーとかに比べますと、メジャーなスポーツではなくてマイナーなスポーツという雰囲気がありまして、知らない子どもたちも多かったし、親たちも全然、バドミントンってどういうようなものかというような感じが、まず一つでした。
当時、社会人と言うほど大げさではないですが、私たちがクラブチームをつくって、楽しみながらバドミントンをやっていました。
それで、スポーツ少年団をつくるというときに、第1はやはり指導者という問題が出てきます。
野球に関しては、指導する方がどこの地域にもいっぱいいると思うのですが、バドミントンとなるとやはり経験がないとなかなか指導できないという面もありまして、たまたま私たちが、バドミントンをやっていたということで、役場職員の方が監督になり、私たちがコーチになり、水面下で一生懸命子どもたちの面倒を見てきました。
子どもたちからすれば、大変辛かったのではないかなと。土曜、日曜、火曜日と木曜日の週4回の練習でした。
土日は午前と午後、平日の火曜日と木曜日は夜7時からという練習でございます。
ですから、うちの方は田舎というか山の中なものですから、一応子どもたちをスポーツ少年団のバドミントンに入れるというのがまず第1の問題でした。
ということは、足がないので、父兄に送迎してもらわないとどうにもならないという、父兄の理解がないとできなかったわけです。
たまたま皆さん理解はしていただきまして、スポーツ少年団のバドミントンの方に大分入部していただきまして、数年後には、先ほどお話したように、小学生で全国大会。東日本大会というのに最初は出られまして、全国大会というように勝ち進んでいって、全国大会に出場することができました。
私たち、コーチもですが、親の方々、父兄の方々が一番喜んで、子どもたちと一緒に全国も旅行にいくような雰囲気で、本当に楽しんで行きました。一番遠いところは和歌山と京都というのがありましたが、京都はバスで行くのは大変でしたが、東京近辺ですと、当時、花山村に村バスという、どこの地域でも行政で持っているバスがあるのですが、そのバスで本当にいろいろなところに、試合に行かせていただきましたし、楽しい思い出ばかり造っていただきました。
ですから、私たちは、本当に子どもたちにむしろ感謝するような気持ちでいろんなことを経験してきました。
そういうことで、小学校でバドミントンをやっているのだから、どうしても中学校にもほしいという話になりまして、中学校の方に、いろいろ協議いたしましたが、その当時、中学校の部活は、生徒が少ないものですから、男の子は野球部が、バレー部だったかな、女の子がソフトテニスと卓球部なのですね。
ソフトテニスと卓球部とバドミントン部の三つが、どうにも子どもたちが少ないので、やれないということで、最初の1、2年は確か愛好会的な。ですから、今でいえば市の大会ですか、そういうのには参加できないということがありました。
卓球部の子どもたちが、だんだんやはり少なくなりまして、2年後ぐらいには正式なバドミントン部をつくった方がいいだろうということで、バドミントン部をつくり、卓球部が残念ながら廃部になりました。
今は、女子の方ですが、ソフトテニス部とバドミントン部という二つの部活動をしています。
ただ、残念なことに、これも子どもたちが少ないということで、今、ソフトテニスの方の部員というのが、確か一人か二人ではなかったかなと、こう思っています。
将来的に一番の課題というのは、子どもたちが部活動が本当にできるのかというくらいの少子化でございます。
男子のバレー部につきましても、先輩たちが今手伝いながら、部活動をしているような状況で、練習相手がいないと。6人、7人ぎりぎりの生徒でやっているような状況ですので、自分の好きな部活動ができなくなるのが、一番子どもたちにとっては辛いことなのかなと思っていますし、今後、もっともっと子どもが少子化になった場合に、どのような方向で進んでいくのかということをよく考えていただきたいと思いますし、スポーツ少年団も今野球部がやはりできません。
ですから、花山地区と長崎地区と姫松地区の3地区で1チームをつくってスポーツ少年団の大会に出ているというような状況でございます。
そういうことで、今後いろいろ考えていかなければならない面があるかと思います。
○コーディネーター(高橋清美氏)
ありがとうござました。
それでは、大場さんお願いします。
○パネリスト(大場隆氏)
苦労したことというような、いろいろありますけれども、一つは、田んぼのことに関して言えば、やはり天気なのですね。
収穫期等は、早朝5時ころから始まって、毎年土曜日雨なのですけれども、それらはカッパ着てもできますけれども、子どもたちに雨の降る中を作業させるということはちょっと無理ですので、天気が一番、時間、先生が予定を組んでいますし、我々も中には仕事の途中で抜け出してくる人もありますので、天気が予定通り良くて、仕事が、特に秋は乾燥しなければどうしようもないので、籾摺り作業もできないということで、秋まつりの日程が決まっていますので、それまでに必ず乾燥させて、籾摺りして精米して持っていくというふうになっていますので、今年なんかは10月16日に稲刈りしまして、10月28日にお祭りということで、日にちがないのですよね。
そうしたことで、以前には、杭にとって取り返しとかも教えたこともあったのですけれども、なかなか学校としても時間がないと。秋まつりが終わればすぐ学芸会の練習に入るということで、もう日程がびっしり詰まっていますので、それでは天気に左右されないように、もう稲刈りしたらすぐその場で脱穀もすると。
そして、ハウスの中に広げて乾燥させると。もち米ですので、乾燥機に少しでも入れるということはできないのですよね。
ですから、ハウスの中に広げて乾かすと。
それから、以前はもう天気予報を見て、どうしても雨だということで、土日休みですよね。月曜日も予定なのですが、無理だということで、急遽、金曜日にどうしてもこれは稲刈りさせてくれということで学校側でお願いしてきて、仕方がないということで、金曜日に稲刈りをしたこともありました。
それから、苦労しながらも、やはりいいことだなと思うのは、資源回収でお父さん、お母さん方と先生方で作業をしながら、皆さんが集めてきたものを大きいトラックに積み込みするときに、一生懸命お父さん、お母さん方というのは仕事をすると。先生方も仕事をすると。
その中で、いろいろ顔もわかりますし、話し合いもします。
そういう作業をしながら難しい話する人はいませんので、冗談を言いながら、先生に随分力あるねとか、そういうふうな感じで話しますので、このことによって、こういう難しい会議でなくて、汗を流しながら先生方と話ができるというのはすごいことだなと思います。
そのときは、お父さん、お母さん方も、多くの人たちが子どもたちと一緒に来る。
それから、さまざまな機械をほしいときの作業ですね。ユンボがほしいとか、あるいはいろんな除雪作業でローターがほしいとか。そういときにも、近くにも最近時代が変わりましたので、建設会社もできましたし、それから逆に建設会社に行っている人もいるということで、ユンボの運転がうまい人もいますので、その人たちにお願いをして、その人の時間に合わせて、早朝なり、あるいは午後からというころで組みます。
そのことによって、もう極端な話、20歳ぐらい、10歳ぐらい年違いますよね。五十何歳ぐらいのお父さんと、PTAに入ったばかりのお父さん。すると、その仕事によって、また話し合い、交流ができると。学校の中でいくらこういうふうに顔を合わせても、なかなか話しはできませんけれども、仕事をしながら、一服しながら、お茶を飲みながら、「あなた、どこへ行って仕事しているのですか」というような感じで、初めて同じ地区でも顔を合わせて話ができると。このことによって、どこぞやの子どもの父ちゃんだなというのがわかるわけですね。
中には大工さん、学校のさまざまな、蝶番を直したりだとか、引き戸が壊れたの直すとか、そういうのを頼まれて、それこそ材料費だけでやってあげるとか。お互い私が家でも自分の特技をみんなに披露して、そしてそのことによってみんなに覚えていただいて、そして学校に行くチャンスができて、苦労の中にも、そして、その人は今度は、たまたまその作業が終わらなかったとなると、その人一人で来てやっているのですね。これ、自分しかできないのだと、一度行ったことによって覚えてしまって。
では、この仕事が終わり、自分の空いている時間に機械を持ってきてやろうということでやって、後は私忙しいので、残りの仕上げは、後片付けはみんな頼むねということで、それこそがいろいろな意味で、学校にだんだん足を運んだり、あるいは子どもたちもその姿を見ていますので、俺たちの父ちゃんすごいなと。
見たこともないけれども、初めて今日重機の運転しているところを見たということで、それを今度は作文に書いたり絵に描いたりしているのを、今度、また私たちも廊下に行って見たりするのですよね。
ですから、学校に行く機会をつくるというのは、負担はかけますけども、非常にいいことだろうなと、勝手に思っております。
特に、田舎の農家ですので、いろんな機械があります。
畜産している方は、畜舎掃除のようにローターを持っていたりとか、そのことによって、子どもたちだけではなくて、子どもたちが歩く道路だけでなくて、先生方が置く車のそばの雪掃きしてあげると。
あるいは、朝置いた車のところに、夕方まで雪が降ったときに、先生方、ハイヒールとか革靴履いてきますけれども、その車のそばを、PTAの方々が、雪掃きをしてあげることによって、スムーズに帰れるということで、この間はありがとうござましたということで、苦労の中にも、そのことによって先生方も、では一生懸命やろうなと思っていただきたいという気持ちも少しあるのですね。
そして、その気持ちのキャッチボールによって、この学校っていい学校だねと思っていただいて、離任式のときに、とってもいい学校だったよと。少しは地元の余計なこともあるのでしょうけども、そう話していただけるというのは、PTAの会員あるいは役員をした者にとっては、少しは役にたったのかなと思っております。
ですから、ちょっと予定がくるって大変だったということはありますけれども、そのことによって、次からはこんなになるということはありませんでしたので、例えみんなも苦労というところまではいっていなくて、ちょっとひどかったねという感じだろうと思います。
○コーディネーター(高橋清美氏)
ありがとうござました。
何も申し上げることはないのですが、吉田さんが一つ補足したいということで。
ではよろしくお願いします。
○パネリスト(吉田よし子氏)
2、3年前に栗原市内の小学校、中学校、10校ぐらい回って歩いたのですけれども、そのとき感じたことは、学校の先生方、大変忙しい。とても忙しい。
校長先生たちは、だから教材研究する暇もないのです。
それに先生たちの人数が少なくなっているので、中学校の場合、教科も一人で三つ目をしなくてはいけないときもあるし、先生が少ないので、今日、これをどうやって教えたらいいのという話し合いなんかもする時間もなかなかとれない。そういうことがありました。
だから、第三者を入れたらどうだということはいいなと思ったのですけれども。
そのとき、一番感じたのは、先生たちは大変忙しいのだ。何に忙しいのだろうかというと、何か教育以外のことで忙しいのですね。
パソコンは届いてきたと。それから、朝から全然気力も体力もなくて、だらんとしているとか。寝不足だとか。だから、学校は親にどんなサポートを望むかなということをつくづく考えました。
やはり先生方は、学校ではきちんと勉強を教えるから、親が子どものしつけというか、生活をきちっとしてもらいたい。
そして、朝ごはんも食べさせれば、睡眠時間をきちんと摂らせれば、ごく普通のそれをきちんとするのが、学校への親がする最低のサポートでないかなと。
○コーディネーター(高橋清美氏)
たくさんの方向が見えているのですが、私の紹介のときにも書きましたけれども、やはり地域の輝きがどうあるかということだと思います。それが学校の輝きになっていくのだろうなということを感じていますし、また、よく、良い町にはいっぱい良い人がいるのだと思うのですね。
それに、いろいろその良い人たちがいっぱいいるということは、それぞれの役割がきちっとあって、その役目をきちっと果たしているという姿がどうもあるのでないかなというふうに感じます。
特に大場さんのところ、いろいろ専門能力を駆使して、本当に積極的に取り組まれているし、佐藤さんのところでは、申すまでもなく、3地区の合同という形をすでにやられていますし、それから、吉田さんには、また両面から、学校と先生方の大変さも変わってきているし、また、同時にPTAへの提言ということで、もっと熱を上げて子どもたちを支援しなくてはいけないよという、何といいますか、ネットワークみたいな形で今提言されたような気がいたします。
結論を出していいことではございませんけれども、会場の皆さんの方で、何かこのそういった一つの提言ができる御意見、あるいは何でも結構でございますが、御質問等々、もしおありでしたら、この辺でお話をいただければと思いますが、いかがでしょうか。
何かこういうことをもう少し聞きたいとか、こういうところどうやっているのだろうということが、もし今の御苦労の話の中で御質問があればつながっていくのかなと思います。
はい、ではお願いします。
○質問者
柴田郡の村田町第二中学校の会長をやっています●●と申します。
教育諸活動のサポートといいますと、構成を直したり、というのは財政的に自治体は厳しくなったからそういうことできませんから、PTAでやってくださいということですね。
あと、今、学校に地域が入り込む。あと、今回の教育基本法なんかもそう、学校が家庭教育に入り込むというような、お互いのボーダーラインがはっきりしなくなっていまっている状況も見受けられるのですよね。
だから、お互いにどこまで入るべきなのか、入り込んでいいのか、その点がはっきりしないうちに日本の社会はどんどんなにか、そういうのを、縄張りというのはおかしいですけども、入り込んでいってしまってどうなるのかなというか、あと、都市と山村といいますか、そういう中でも全部少子化という名のもとに、いろいろなしわ寄せが押し付けられているのですよね。
その辺、PTAとか役員とか地域に全部しわ寄せがきてしまうのですよ。
だから、私は山村とかそういうところも人が住める、子どもがつくれる社会をつくる、そういうことにも、教育というかPTAでもどんどん政策を出していって進めるべきでないか。
自分たちがここ追い込まれてしまったのかなという思いがあるので、その辺を自分の意見で申しわけないのですけども、それを考えているのでお示し願いたいと思います。
○コーディネーター(高橋清美氏)
大変ありがとうございました。
非常に今のいろんな課題を凝縮したような御意見だと思うのですが、まずこの辺はいかがでしょうか。
いわゆるボーダーラインがどこなのだということ。
それから今、お話の中にもありましたけど、PTA役員さん方が大変御苦労するという。実は私も7年前に栗原大会、この大会を終えて引退した一人なのですが、私たちもPTA活動をやっているころのそのサポートなるものと、今求められている内容とは相当違うかなと私自身も感じています。
そういう意味では、優先度の高い安全であるとか、その子どもたちが巻き込まれないようにどうするかとか、いろいろな優先度の高い内容が日増しに高まっていると。
そういった中で、今、お話のように、どこまでどういうふうな連携をとっていけばもっとやりやすいのか、やれるのか。
そういうことの内容についてということだと思うのですが、まずいかがでしょう。
吉田さん、そういうボーダーラインという意味では、非常に学校の先生という立場。それから、今、逆に子どもたちを別な形でサポートなさっている姿、両面御提言申されるのかなと思っているのですがどうでしょうか。
お願いいたします。
○パネリスト(吉田よし子氏)
私の考え方としては、今の人の意見とは反対で、ボーダーラインはつくらないというふうに、学校にボランティアがどんどん入れというような方向で話をしたのですけれども、言われたら、あれ、そういえば、先ほど最後に言ったのは、勉強は学校で任せて、しつけは家庭に任せると。
別々のことをきちっとやれと言って、自分で語って、あれ、少し矛盾しているなというふうな感じがしました。
それで、ボランティアをやっていて、学校へ注文なんかもやはりあるのです。
さっきも言いましたけれども、ボランティアをやる人たちは、自分のやっている生産とか伝統とか伝承文化など中学校に教えることは、時代を引き継いでくれるようで、とてもうれしくてやりがいがあると言っているのですね。
これはいいと思うのです。
それから、学校教育活動の支援すること自体が生きがいにつながっていると。私もそう思います。自分でやってみて。
子どもと接するとパワーをもらって楽しくなるという、ボランティアの人たちがいるのです。
でも、学校でなかなか呼んでくれない。押しかけて押し付けになってしまうから、どんどん仕事をつくってくれというようなことを言われているのです。
あと、学校の敷居が高くて気楽に行けないとも言われています。
行ってもちらっと見られるだけで、パソコンに目を向いている。振り向いてもくれないというようなことをボランティアの人が言っているのです。
学校側からボランティアに注文があるのですけれども、専門性を身に付けたその道のプロの人がいるから、質の高い学習活動の展開ができて、学習内容が深まって、これまで以上に生き生きとした学習ができたということがあるのですよね。ボランティアが入ることによって。
生徒と教職員は地域との結びつきが深まって、開かれた学校づくりが促進できるというようなこともあるのです。
あと、年齢の差がある人とのふれあいで、体験で、子どもたちに思いやりの心が出てきたということもあるのです。
でも、連絡するとかに大変時間がかかる。それから、余計なことをしてくれるというようなことがあって、子どもたちが喜んではいるのだけれども、何か逃げ場をつくっているのでないかということを言われて、言われることもそうだし、こっちがやりたいこともやりたいしということで、そこでいろいろと悶着がありますので、一体どこで線を引くのか。
でも、やはり子どもたちには、学校は一生懸命、学力をつけるためにやるのだから、家庭は子どもたちに、「よし、今日、学校へ行ってみんなと一緒にいろんなこと勉強してくるぞ」といような。「いってらっしゃい」という意欲付けするような家庭のしつけがあってほしいな。
それによって、きちんと分けられるような境界線というのも出てくるのでないかなというような感じがします。
○コーディネーター(高橋清美氏)
ありがとうござました。
今のお話をいただきまして、学校の役割、よく言われますけれど、知・徳・体とか、そういう区切りでお話されることもあるのですが、いわゆるボーダーラインを見えて、きちっとそれを果たすということと、同時にまた、良い意味でオーバーラップするというのですか。
先ほど、大場さんのお話にありました。
よそのお父さん、お母さんを見て、いろんなアドバイスをもらって、また、自分のうちのお父さん、お母さんを見直すということですか。そういう何といいますか、相互関係の見方というのも、一方では子どもたち自身の変化といいますか、気づきがその場その場にあるのだなという感じがしまして、いわゆるボーダーラインという引き方の問題もありますけれども、一つは、それぞれの役割をお互いに果たしていくというか、格好のいい話になるのですけれども、やはり転びながら、あるいはよそのお父さんを見ながら、あるいはよその先輩のお父さんに教えてもらいながら、それぞれが気づきあっていくのかなと。そんな感じも一方ではするのですね。
特に花山の佐藤さんのところで、花山という事情もあるのですが、首都圏の方々がまた住み着かれていると。そういった、また、住み着いた方を、先生にしてその地域の子どもたちを育成する応援団になっていただいているという話題をお持ちのようですので、今言われたそのボーダーラインというのですか、そこの引き方の難しさも皆さんもおわかりなのですが、積極的に熱い思いを掛け合いながら、いい意味でオーバーラップしていくというそのステージが、どうもそれぞれの足の下にあるような気がしてならないのですが、佐藤さんの方、ちょっと御紹介お願いします。
○パネリスト(佐藤倫治氏)
花山地区、今は人口がおよそ1,600人を割りまして、1,500人台かなと思っております。
十数年前に行政の方でつくりました宅地分譲ということで、花山地区に、都会の方というのですか、首都圏もしくは仙台方面から来ていただきたいなということで、人口過疎の食い止めにもなるかなということで、約100坪の土地を150万で、下水道完備しまして、上水道をつけまして150万です。それで販売しまして、二十数戸の方々が都会の方から、都会といっても築館近辺の方もいらっしゃいますが、来て永住していただいている。
条件的には必ず住むという条件で、行政の方でつくりました。建物は別でございます。
建物は各々個人で建てていただいて、ただ、条件的に最初の屋根の色とか形とか、和風造りにしてくださいとか、いろんな条例をつくろうかなと思ったのですが、なかなかそれまでは条例で縛るのも変だなということで、できるだけ和風づくりにしていただくようにと、町並景観を考えていただきたいということでございました。
先ほど、高橋先生から言われました花山地区の取り組みというのは、そういう都会から来ていただいた方の中に、特技を持っていらっしゃる方がありました。
お琴の先生、押し花の先生とか、そういう方がいらっしゃいまして、花山中学校ではそういう方を招き入れまして、生徒に琴の練習をして発表会をしたり、あとは、押し花をつくって、先日行われましたへき地大会のときに、記念品として“しおり”みたいな形で参加者に配布したというような、そういう経緯もございまして、できるだけ地域の方を巻き込んだ形で、花山中学校にサポートをしていただくというような方向でやってきました。
垣根を取り外したというのですか、できるだけ垣根をとりはずして、地域の住民の方に、全部子どもたちは見てもらうと。
花山地区は、全部、あの子どもはどこの子どもだというのは一目でわかりますので、子どもたちも変なことができないのですね。
私もほとんどの子どもがわかります。
親もですが。
ですから、子どもたちは本当に、すぐ、あそこの息子だ、あそこの娘だと言われるので、以外とそういう非行とかそういうのは全然ありません。
全然といったら変ですけれど、ないものだと思います。
そういうことで、私も店をやりながら、地域に配達をしています。
そのときに、最近では今はやりの何だかパトロールという看板を背負って歩くように、築館警察署と若柳警察署とを連携をしまして看板をつくりまして、酒の配達中、あと、地域パトロールという看板を車に張りながら、子どもたちに声を掛けながら配達をしたり、道路付近で何か危ないような遊びをしていたら、危ないぞというような声を掛けながら、そういうこともやってきています。
ですから、垣根を取り外しながら、地域の人たちも巻き込んで、学校を支援していくという方向性で、今、花山中学校はきている形ということでございます。
○コーディネーター(高橋清美氏)
何か住みたくなるような地域なのですけれど、やはり専門能力、どなたもお持ちだと思うのですが、そういった子どもたちを思う気持ちを高めあうということが、どんどんサポートの一部として非常に重要なウエイトがあるのかなと、今伺ったのですが、先生あるいは学校の立場、それからサポートするいろんなテーマの進め方。
とにかく双方向の大事さというのも申すまでもないのですが、吉田さんが言われたように、もっとシステム的な内容、つまり、今、話題になっている教育委員会ですが、教育委員会なんかを巻き込みながら、どういうふうにその子どもたちを支援すべきかということを、もっとネットワークでお互いに今言われた永住される方、それからお子さんのその地域の中でいろんな専門を持っている方。
そういった方々の力をどのようにネットワーク化して、よりその何ていいますか、協力体制をしきながらやっていく。
あの人に何を相談したらいいか。この人にはこれをお願いしたらいいとか、そういった内容をもっと見えるような形が一つのシステムの入り口なのかなという気はしたのですが。いずれにしましても、おそらく地域の格差といいますか、温度差といいますか、これは以前に言われた少子化とかそういう課題も含めていろいろあるわけですけれど、例えば、吉田さんに読み聞かせ、うちの方でしたいからというと、手を挙げれば来ていただけるとか、とにかく子どもたちのために、どんどん動けるような人をネットワークで掴みとりながらやっていかないと、一方では子どもたち自身に気づかせることができないし、また、親同士の気づく場が少ないのかなという気がしてならないのです。
もう一方の話、良かったら、先ほどの方がボーダーラインどうするかという点、ここではもちろん結論は出ませんけれども、考えさせられたということで、ありがたいことです。
あともう一人の方いらしたらお願いします。
○質問者
石巻市の湊中学校会長をしております●●と申します。
今までのお話をお伺いしていますと、地域としての活動の学校へのサポート。
今、私が一番聞きたかったのは、PTAとしての学校へのサポートをお聞きしたかった。
それで、確かにPTAだけではなくて、地域を巻き込んで活動をするということについては、決して反対とかそういうことではないのですけれども、今、特にお出でになっている皆さんが、PTAとして学校をどのように支援するのか。サポートするのかという視点で、どのようなことをお考えになって、また、実践しているかということをお聞きしたいなというふうに思います。
よろしくお願いいたします。
○コーディネーター(高橋清美氏)
PTAとしてサポートということでございますが、今、いわゆる大場さんの言うように、自然学習をどうやって子どもたちとしたらいいかという、歴史がこうあって、今、まさに大場さんの場合はそういう実践をされている。
いわゆるPTAとして、この地区のPTAとしてやっているという例だと思うのですね。
今の御質問のところは、ちょっと地域としてという部分も合わさっていますけど、地区のPTAの方々が中心になって、学校から依頼されるといいますか、そういうつながりで今やっている事例になっていると思うのですが、今、質問のPTAとしてというその部分の分け方が少しイメージがわかないのですが、すいません。
○質問者
私はPTAというのは、学校のお手伝いではないと思っているのです。
その部分もあるのでしょうけれども。また、財政支援団体でもないと思っています。
PTAというのは、私たち親がもう一度再教育、自らしていく場ではないのかと。そういうふうに理解しております。
それで、子どもたちに与えたいことを、現役の私たちの手でどのようにして与えられるかという部分で、その教育活動へのサポートというのが求められるのかなと。
例えば、3年前になりますけれども、特に湊小学校の地域というのは、チリ地震津波の被害を受けた地域でして、そこで、子どもたちに津波とか洪水等につきまして、PTAが、親が子どもたちを啓発する意味で、一緒に防災マップ、洪水マップ、浸水予想図とか過去の歴史等々を調べて、それでそういう地図をつくる。
あと、湊中学校でも、家具の転倒防止の器具の取り付け講習会をしまして、まず地震のときに、逃げ道を確保しましょうというふうに、学校では直接そういった教育はできないのだけれども、親としては必要ではないかというそのPTAのニーズから、そういうことを学校を巻き込んで展開していっているのですね。
その意味で、私たちが求める、子どもたちに与えたいことを、学校の場を通して私たちがどのように与えられるか。
そういう事例があ。ましたらお聞きしたいなというふうに思います。
○コーディネーター(高橋清美氏)
はい、わかりました。
どうでしょうか。
今のボーダーラインに少し似ている部分があるのですが、いわゆるPTAとしてつくりあげたテーマをきちんとPTAの中でやっていくということでよろしいですか。
具体的にそれぞれの、大場さんのところ、いわゆる学校の中でそういうことをいろいろ提言された事例がもしござましたら、ご紹介頂きたいのですが。
○パネリスト(大場隆氏)
話し方が悪かったようで、何か田んぼとかいろいろな作業が、地区の皆さん方の協力のもとにというふうに聞こえたかもしれませんが、弥助囃子以外は全部PTAの役員が出て、田んぼとか施設班とか、資源改修は保体委員会が担当とかという人たちが中心となって日程を組んだり段取りをしたりしております。
確かに、ただ単なる作業でしかないような事例になりましたけれども、特に田んぼに関しては、どれくらいのサポート、作業がほしいのかというのは、私たちがこれをやってくれということを、農作業を覚えていただくのではなくて、将来、その子どもたち、仮に農業をするとしても、手植えも手刈りもする必要はないのであって、一つの体験として、あるいは思い出づくりとしてやっているものであって、早く田植えをする技術とか、うまく束ねる技術とかを覚えるのではないのですね。
そこら辺が、PTAが携わったのと、すばらしいおじいさんが教えたのではまた違ってくると思うのですね。
おじいさんは技術を教えたがろうと思いますし、ところが、45分間の1時限の中で、子どもたちはもう10分ぐらいすると飽きてしまって、もうカエルを追いかけたり、ざりがにを捕ったりすると。
それをまさか叱るわけにもいかないので、その子どもたちとどのように遊ぶかというのも、またそこに出ていった役員方がまた勉強するということになります。
それから、いろんな、確かにそういう今の話のような難しいことも大切だろうとは思いますが、親たちの負担のないところでの、私たちのような農家の者というのは、農作業の方が楽しくて、機械操作とかが楽しくて、そちらの方が気楽にいけるということもあろうと思います。
それから、学校からこの程度の支援をお願いするというふうなことでの話し合いなり、あるいは要望があった中で、負担のない程度のところでやっていかないと長続きしないし、それから、会長だけが行って作業をしても、それもまた何の意味もないだろうし、会長さんがほかのできる人の、ほかの役員あるいはほかの会員さんもできる範囲をよく把握して、そしてお願いするという、自分がやるのでなくて、やれる人にお願いするというのも大切な役目だと思います。
先ほどのボーダーラインをどこに置くというのも、やはり時代が変わってきて、私たちが学校に入り込んでいくのではなくて、誰が何をどの程度ほしいのかというのを把握した中でやっていかないと、無理に教えようとしても無理な話ですし、そちらが要求していないのに入っていっても、ありがとうとも思っていただけないでしょうし、かえってむしろ1年間のスケジュールの中では邪魔になるだろうし、この辺はある程度、今年は何をしてほしいですかというふうな話し合いの中でやっていかないと、うまくないだろうと思います。
それから、いろんな家庭にどこまで入り込むかというのも、やはりそのときそのときによっては、大変変わってくるだろうなと思います。
私たちのやっている田んぼのこととか、弥助囃子、郷土芸能のことというのも、時代が変われば、あるいは指導者がいなくなれば、これは止めざるを得ないだろうし、今は5年生の本にいろいろな産業ということで米づくりも書いてありますから、その時間をとっていただけますけれども、もしかしたら、これがなくなれば、なかなか時間はとれないので、田植えとか稲刈りはできませんとなれば、それはやはり止めざるを得ないのではないかなと。
それを無理無理と個々の時間をとってやるとなれば、これはもう学校の時間の中ではなくて、PTAだけの主催の行事になってしまうだろうと思います。
今は一つの教育のカリキュラムの中に入った、総合学習の中として取り扱っていただいているので、先生方も半分やむを得ない時間もあるだろうし、田植えも稲刈りもしたことのない先生も多いので、ある程度、興味を持っていただいて、それが最終的には、今、石巻の方が話されたのと、それと同じことだと思うのですよ。
私たちが勉強をし、先生方も勉強をし、それによって子どもたちも勉強をし、そして、よりよい学校の雰囲気をつくっていって、一生懸命同じ子どもたち、その時点では完成した人間でないので、将来に向かって、先生方もその時間、一緒になって勉強して、それぞれの人間を向上、成長させていくだろうと思うのですね。
ですから、すばらしいそういうテーマをもとにしてやるのだけではないだろうと思います。
そういうテーマを持って続けていることはすばらしいと思いますけれども、決して私たちのやっている作業だけがというのが悪いという。あるいは、今日のテーマに会わないようなことはないと私は思います。
○コーディネーター(高橋清美氏)
いわゆるひとつの磨き合うという場をいろいろなサポートの形が無限にあるのだろうなということで、角度を少し変えながら見ていくと共通点がたくさんあるなということで、それぞれの地区特有のPTA、学校とのつながり、かかわりというのがあるのだろうと思います。
一応、よろしいでしょうか。
いろいろ考えて、これからのサポートに生かしていかなくてはいけないなと思って、今、感じています。
そろそろ時間になるのですが、この辺で、まとめにならないのですが、今日、パネラー皆さん、それぞれ御専門の領域で実績も積まれています。
正直申しまして、コーディネーターがあまり話さなくても、話題がたくさん、盛り上がって、いろいろ掴んでいただいたのではないかなと思っています。
特に、今も最後に出ましたけれども、学校との双方向の内容をどう高め合っていくかということは、伝統でずっとやってきたサポートもあるでしょうし、また、時代が変わってこういうサポートが必要でしょうし、そういうことを考えますと、要するに双方向というのですか、それがやはり非常に大事だなということを感じました。
それから、よそのお父さん、お母さんという話が出ましたけれども、お互いに子どもたちを中心にして、親同士も磨きあっていかないといけないのだろうなと。
その磨き上げが三つ目のやはりポイントかなと。
それから、三つはやはり、そうはいっても非常に忙しいので、気持ちがあっても協力できないとか、あるいは天候がいろいろ変わると対応できないとか、もう無限にその状況を壊すことがあるので、そういう意味で、お互いに何ができるかというネットワークのあり方をもっと強力にしていくことが、このサポートの進め方に何かヒントがあるのかなということを、今、感じました。
この双方向の内容でありたい。それから、磨き上げの姿でありたい。それから、ネットワークをきちっとお互いにやれることを出し合っていく。
その辺がうまく溶け合っていくことが、これからのいろいろな課題を乗り越えられるポイントかなと思って、今、感じました。
お時間になって申しわけないのですが、一応、この辺で閉じさせていただいてよろしいでしょうか。
それでは、いろいろご協力ありがとうございました。
改めてパネラーの皆さん、御苦労さまでした。
○司会
コーディネーターの高橋さま、3名のパネリストの皆さま、また、会場の皆さんより御質問をいただきまして、本当に熱心な討議をありがとうございました。
ここで御参会の皆さまとともに、もう一度大きな拍手で御礼申し上げたいと思います。よろしくお願いいたします。
本当にありがとうございました。