宮城県PTA連合会役員執筆によるコラム
PTA歓送迎会に思う
大崎市理事 茂泉善明
私が初めてPTA行事に参加したのは,9年前の4月の歓送迎会でした。その当時の歓送迎会は授業参観と学級懇談を終えてから小学校の隣にある地区公民館のホールに移動して行われ,各地区が何日も前から練習した寸劇やダンス・合唱などが披露により,まるで地区対抗のかくし芸大会のような盛り上がりでした。私も先輩会員から声を掛けられて急遽バンドを結成し,機材を持ち込んで参加しました。先生たちも全員で合奏を披露するなどして,P会員と先生達がお互いの“意外な顔”を再確認できる場でもあったかと思います。また,異動されてきた先生方は,その異様な盛り上がりにびっくりなさっていたことを覚えています。
現在は,地区毎に練習をする時間が取れない,勿論先生方も多忙な業務の合間を縫っての練習が厳しくなってきたなどの理由により,以前のようなかくし芸的な出し物は無くなり,開会時間も先生達の勤務時間が終わってからということで,異動される先生方からのあいさつの他,簡単なゲームなどをして継続しています。
「冗談を言いながら練習し,練習の後には多少のアルコールで交流を更に深める。PTAの会員同士の結びつきが次のPTA活動への参加につながり,自然体として活動に参画する意識が根付いていく,そんな役割もかつての歓送迎会にはあったのかなー」と思うと,各家庭の事情や多様な勤務時間の会員が増えるなど様々な状況の変化を理解しつつも,当日の参加だけで済むという行事に変わっていくのはちょっと寂しい気がします。
2011年3月11日 更新
気が重い季節に
塩竈市理事 佐藤隆之
単位PTAの会長に就任し3年が経ちました。PTA活動に関わるようになって5年の歳月が過ぎました。
私は小学校でPTA活動の関わりがほとんどなく、長男が中学校に入学の時期に、当時の本部役員の方より、「今度学校でお父さん方の力が必要なことがあるので、○月○日19:00まで中学校に来てほしい」と声がかかり、何も知らずに約束の日に中学校の会議室の扉を開けたのでした。
ところが、その集まりは次年度の本部役員選出の会議!!!そして役員選出名簿にはどう見ても私の名前が載っており、今になって出来ませんとは言えず・・・こうしてPTA活動に突入してしまいました。
毎年のことですが年が明けて最初に考えることは次年度の役員決めのこと。学年・本部役員候補者も募るのもなかなか思うように集まらない。顔見知りにはもちろんのこと、子どもを通じて知り合った親御さんに「次年度の本部役員をお願いしたいのですが」と声がけするもほとんどの人が引いていく・・・(この時期私は嫌われ者なのか?)
役員は始め負担に感じることもありますが、活動していくと色々と楽しいこともあります。
見知らぬ人と知り合いになったり、同級生とも思わぬところで再会したり、様々な会議や研修会に参加出来て、この5年間私自身も成長できたような気がします。
PTA活動の楽しさを一人でも多くの方に体験いただくように、役員への勧誘を引き続き進めて行きたいと思います。
宮城県内の単P会長さん、頑張りましょう〜。
2011年2月28日 更新
「子は親の鏡」
多賀城市理事 佐藤広樹
皆さんが幼少期の頃から聞いたことがある諺に「子は親の鏡」があります。
意味はご存知のように、子どもを見ればどんな親かわかるというものですね。
では、「子は親の鏡」の詩はご存知ですか?
この詩は1954年に書かれ、その後(ドロシー・ロー・ノルト)によって修正が加えられ現在に至るそうです。
私の大好きな詩の一つですので、一部分ですが紹介させて頂きます。
けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
如何ですか?何か考えさせられるものがありませんか?
親として自分を見失いそうなとき、ふと この詩を思い出します。
PTA活動も親として成長する良い機会です
我が子のためにもうひと踏ん張りしませんか!
2011年2月17日 更新
「たくさんの支えに感謝」
亘理郡理事 北島 一浩
「一緒にPTAの副会長やろう!」と知人から声をかけられた5年前。それまでの私は学校行事には顔を出すものの、自分がPTA会員であることを意識したこともなく、様々なPTA活動は妻に任せきりの消極的な父親の一人でした。
縁あって、PTAの本部役員の一員になり、副会長を一年、会長を四年仰せつかりましたが、まもなく役目を終えようとしています。
振り返ってみれば、実に多くの方々に出会い、支えられたからこそ、今日までやってこれたと思います。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
校長先生・教頭先生にはPTA役員の何たるかを、手取り足取り教えて頂きました。先生方に教えて頂いた事は今でも私のPTA活動のベースとしてしっかりと根付いています。
たくさんの地域の皆様にも支えて頂きました。会員だけでは出来なかった学校行事や取り組みを惜しみないご協力を頂いたおかげで実現することが出来ました。「子どもは地域の宝」であることを十分に御理解して頂けた事、心から感謝しています。
この5年間一緒に活動してきた役員の皆さん、何事もおおざっぱな性格の私なので、さぞ御迷惑をお掛けしたことと思います。ありがとうございました。
町連P、郡連Pのそれぞれの事務局になった昨年度と今年度は、町内および郡内の単P役員の方々にも随分と支えて頂きました。特に郡Pセミナーは、皆さんの活躍があったからこそ成功したんだと思っています。
卒業式や学習発表会などであいさつする際の原稿は、必ず妻と娘(中三)に事前にチェックしてもらいました。我ながら完璧だと思った内容にもかかわらず娘から「う〜ん、いいとは思うけど、お父さんもっと出来るんじゃない?」とダメだしをされ手直しをした事は数え切れない程ありました(笑)。
「家族の支えあってのPTA活動だなぁ」と改めて感謝。
そして何よりも、私達の愛する子ども達の笑顔と元気に支えられて、ここまでやって来れた気がします。「これからもずっと地域の子ども達の笑顔の近くにいれたらな」と思っています。
最後に、今日まで、苦しい時も悩んだ時も常に私の支えになった一言があります。会長就任一年目の学習発表会のあいさつを終えた後、当時の二年生の男の子から言われた言葉です。
『会長、今日のあいさつ、よかったよ!』。…まだまだ頑張れそうな気がしてきました。
2011年2月7日 更新
わたしの「いま伝えたい大切のもの」
遠田郡理事 佐々木慶一
「心に笑顔を・胸に勇気を・未来に夢を」この言葉は我が母校の生徒像です。学校、家庭、地域の連携による教育環境の整った地域です。この教育環境を支えているものは「箟岳地区教育振興会」という箟岳地区全住民参加型組織の存在です。1978年に設立され33年の歴史を有し、現在も活き活きと運営されています。箟岳学区の幼・小・中のPTA役員を中心に、中学校同窓会や地区長・児童委員・老人クラブ等の参加の下、心の絆を大切に教育環境を見守って進行中です。
さて、県P活動を振り返り、組織力の素晴らしさと組織力を練り上げる下積みの大変さを経験頂いたことに深く感謝申し上げます。県P大崎大会をはじめ、県P理事として学んだことは、将来の子どもたちに対する熱い思いと心の方向性ということです。つまり、組織力は情熱と心の方向が一致してはじめて発揮されるということです。これは、会員相互の親和と探究心の賜物であり、相互間の説明や意見を十分に聞くという基本的な行為によって成された共通認識、協働作業によって成された結果、これら総てが会員の達成感に結びついていたと考えられます。
地元箟岳地区の教育環境を自己評価した時、地域の子どもたちを地域でみまもり、その情熱と心の方向性は心の絆によって支え合っているということです。
このように、心の絆は「親和・探求・説明・成就」と言う欲求を満たしたとき、私たちには「意欲」という心の力によって強く強く結ばれ、組織力が最大限に発揮されることと思われます。
従って私はこのような教育環境を大事に次世代へと伝えていきたいものです。
2010年1月31日 更新
「初めての単P会長で会長!?」
名取市理事 川村朋亮
自分は、これまで学校内での役員としては参加させてもらっていました。
役員として参加はしていましたが、実際会長がすべき事等について、深く考えた事はありませんでした。
実際に、自分が見ていた会長職というのは、役員会等において、全般的な統制をするのが中心的な役割で、それ以外に他の団体等の行事に参加をする事と、一般的に気にする人が多い行事の際の挨拶だと思っていました。
ところが、題名に書きましたが、「初めての単P会長で会長!?」というのも、ただでさえ会長職が初めてなのに、市の連合会会長というのがもれなくセットだったのです。
右も左も知らない自分が、そんな役目をできるのかと思いましたが、これまで単P役員を続けてきたのも、全ては、我が子の為であり、子ども達がどういう状況の中で生活をしているのかが、一番早く知り得る事ができるので続けてきたので、やらせてもらいました。
実際、半年が過ぎましたが、特に忙しく活動したわけでもなく、単Pにしても市Pにしても、全てにおいて周囲の方々のご支援とご協力により、各種行事を無事進めることができました。
現実には、仕事が忙しく「役員はちょっと」といわれる方もいらっしゃいますが、この世の中において、余裕のある方が稀だと思います。
先ほども言いましたが、我が子の為だと思い活動する事は、苦になりません。
その活動が結果として単Pや市Pに繋がり、しいては県Pへと繋がっているのだと、会長を経験して教えてもらいました。
少子化に加えて、両親の共働きにより、PTA活動の大変な所もあるかとおもいますが、子ども達の笑顔の為に、楽しく参加できる活動が出来ればと思います。
2010年12月27日 更新
「森信三」と「しつけ」
加美郡理事 柳澤一彦
本校、父母教師会の今年度活動目標(テーマ)は「あいさつ・返事・くつそろえ」を掲げております。
最初に聞いた時は、「ぷっ」と思わず笑いが込み上げそうになりましたが、これは、或る方の紹介からいいますと「森信三」(もりしんぞう)という戦前・戦後を通じて、日本教育界最大の教育者であり哲学者で、提唱する哲学は、実践するためのものである。
たとえば、しつけの3原則は、「あいさつ」「ハイの返事」「履物をそろえる」の3つである。これだけをやれば他のしつけはできるようになるといっている。
ここで、本校父母教師会会長宅においても「あいさつ、返事」はそこそこできても、履物は、ぬげばぬぎっぱなしといった有様である事から活動目標としました。
みなさんのお宅ではいかがでしょうか?
私の息子も6年生になりますが、まだまだといったところでしょうか。しかし、最近では「かかと」をつぶさず履くようになりました。見た目も悪いけど一番は、「物の大切さにきづいてくれたかな」っと思っております。
何はともあれ、本校父母教師会活動目標は、日本全国、世界共通の「しつけ」だと自負しております。悪しからず。
2010年12月16日 更新
ある学習塾のコラムから
栗原市理事 関村孝広
【人は学歴だけで判断されるのではなく、自分力のある人が社会で活躍する場を広げる。自分力とは常に自分の能力を磨き発揮し、それを自分のためだけではなく、他人に役立てられる豊な人間性、つまり総合的な人間としての力量のことである】
私はこの【自分力】という言葉に興味を持ちました。知識や教養を身に付けることは、努力しだいで可能です。しかし、それをいかんなく発揮することは容易ではありません。では、自分の力を発揮するにはどうすれば良いのか・・・考え方は人それぞれでしょうが、自分に自信を持つことが大切だと思います。失敗を恐れず挑戦し前向きに生きる「プラス思考型」の人間になること。これはこれで大変なことですが、まずは、自分を好きになることだと思う。
子育てにおいてよく言われることは、「叱るより褒めろ」。親は子どもの短所ばかりをみがちですが子どもの長所を見つめ褒める、これにより子どもは自分を好きになり自信を持つのではないでしょうか。子どもが成長する過程において親の役割や家庭の環境は重要なことです。
子どものために私たち親も、しっかり支えながら育てたいものです。
2010年12月08日 更新
管内PTA活動
白石・刈田地区理事 鈴木芳紀
11月6日に大河原管内社会教育推進大会、協働教育研修会を午前中に終え午後から管内PTA指導者意見交換会を行いました。5校の話題提供のあとフリーディスカッションとなり活発な意見が交わされました。特に役員選出の話題になり各学校、地域で異なった選出方法があり参考になりました。ただ「どの学校でも役員のなり手がいなく困っているは同じなんだ」と感じました。
その後場所を居酒屋に移し初めての管内PTA懇親会を開き22名の参加があり、活発な交流が夜遅くまで行われました。次回2月に丸森で開催することが提案されました。丸森地区の皆さんよろしくお願いします。
今後も楽しく明るい活動を目指してがんばっていきましょう。
2010年11月15日 更新
現状の環境に感謝
南三陸町理事 三浦弘一
PTA本部役員になって、初めて行った入学式で懐かしい顔に会った。私が20数年前、少年野球の監督時代の教え子だ。真新しいスーツ姿で立派な親になっていた。彼らの親たちは私のことを何処で会ってもいまだに“監督”と呼び、その関係はいまだに良好である。
約6年間少年野球の指導をしたが、大変いい経験をさせてもらった。学校の施設を使わせてもうら為、先生方との関係や、子どもたちはもちろん60人ほどの親の会の方々と。
その頃は、親の会という組織は在ったのだが、積極的に協力する父兄は少なく、私が好きで子どもたちを集めて野球を教えている的な感じで、監督になって3ケ月間は、大会に参加するたびバスや運転手の手配、連絡までもが私の仕事だったのを思い出す。
3年ほど前、同級生から連絡があり、少年野球の練習を見に行ったが、父兄の協力体制の違いに驚いた。練習中は最後まで数人の親が張り付き、休憩時間には監督やコーチに飲物を勧めていた。“いまどきは当たり前”と同級生に言われたときには少々ショックをうけた。学校やPTA活動には親の協力が欠かせないものだが、改めて自分の周りには多くの協力者がいることに感謝したい。
2010年11月1日 更新
バカボンのパパに学ぶ」
常任理事 八島利美
ちょっと前になるが、俳優の松山ケンイチさんが出演し、バカボンのパパの決めゼリフ「それでいいのだ!」を哲学的に解説?したテレビCMがあった。二人のミスマッチがおもしろく印象に残っている。定かではないが、一見無責任に聞こえる「それでいいのだ!」だが、実は全てを超越したバカボンのパパだからこそ言える奥の深い「それでいいのだ!」なのだ、というような内容だったと勝手に解釈している。
さて、世の中には「原因と結果の法則」という宇宙の法則がある。「良い行いをすれば、良い結果が起る」というものだ。常に世のため人のためと良い行いをしている人は、途中どんなことが起きても、最後には必ず良い結果になることが分かっているので、自信を持って「それでいいのだ!」と言えるのだろう。
また、「自分が幸せになりたければ、他人を幸せにすることが一番の近道である」と言う言葉を聴いた事がある。人一倍幸せになりたい私は、「幸せになれる名刺」を自作し皆さんに無理やり配っている。名刺の裏に「誰でも幸せになれる魔法の言葉」が印刷してあり、それを実行すれば必ず誰でも幸せになれるというものである。本来は直接お会いして名刺を渡すのがベストだが、出来るだけ多くの皆さんに幸せになって欲しいので、ここで特別に御披露しよう。
『【誰でも幸せになれる魔法の言葉】○幸せ言葉:「ついてる」「うれしい」「楽しい」「感謝します」「幸せ」「ありがとう」「愛してます」「許します」、この言葉をたくさん言っている人は、宇宙とのバランスが合い、いい事が立て続けにおきますよ。●不幸せ言葉:「恐れている」「ついてない」「不平」「不満」「愚痴」「泣き言」「悪口」「文句」「心配事」「許さない」、こういう事をいうと宇宙とのバランスがたちまち崩れ悪い事が立て続けに起きますよ。人は幸せになるために生まれてきました。それは権利ではなく、義務なのです。』と書かれている。言葉は「言霊(ことだま)」といって、「言ったとおりに、物事が起きる」というこれも宇宙の法則なのである。良い事を言っていると、また良い事が起きるし、悪い事を言っていると、また悪い事が起きるのである。幸せ言葉を実践して是非幸せになってほしいと願うがいかがだろう?
たぶん、バカボンのパパは、常に他人の幸せを願い、世のため人のために良い行いをし、幸せ言葉を口ぐせにしていたのだ。だからどんな時でも自信を持って「それでいいのだ!」と言えたのである。
自分さえ良ければいいというような風潮がまかり通る昨今、バカボンのパパに学ぶ事が多々あるのではないだろうか?
2010年10月18日 更新
「挑戦」
常任理事 斎藤ひとみ
夏恒例のテレビ番組を見ていたら、全盲の高校生がトライアスロンに挑戦していました。健全者と同じ条件での挑戦でした。「完走なんて大丈夫なのかな?」そんな気持ちで見ていました。音だけをたよりに前へ進んでいく姿にいつしかテレビの前にくぎ付けになりました。みごと完走しゴールした彼女は「何でも挑戦させてくれた両親に感謝します。」と言いました。
小さい時、高熱が原因で目が見えなくなったそうです。自分たちは一生娘の面倒を見ることはできないからと彼女がしたい事は何でもさせたそうです。ピアノも料理もスポーツも今回の挑戦も。
何もさせないで全て自分がしてあげることは簡単です。しかし、彼女の世界は広がらなかったでしょう。何でも挑戦させる勇気とそれを見守る親の愛情を感じました。
私は、危ないから、まだ早いからなど、理由をつけては、子どもたちの挑戦する心を失わさせていました。自転車で友だちの家に遊びにいくのも、包丁を持ったのも他の子より遅かった・・・。これからは、何でも挑戦させよう、たとえ失敗するとわかっていても、失敗から何かを得られるはず。失敗することを恐れない子どもに成長して欲しいと思います。そして私も見守る親に成長しなければ・・・。
2010年9月22日 更新
ひとりごと
常任理事 鈴木とくえ
PTAの役員をするようになり、早くも7年になってしまいました。単Pの監事から始まり、信じられないことに今、宮城県PTA連合会の常任理事を拝命しています。私の様に何の取り柄もない人間が、この様な機会に恵まれた事に心から感謝しています。
成人教育委員会の委員長として、昨年と今年の単P会長会を担当し、この後もお仕事が残っています。(たいへん・・・たいへん)。けれども単Pの役員の時も県Pの役員をしていても、決して私一人では何も成し得ません。沢山の人の協力と支えが有ったからこそ、現時点まで事業を終えてくることが出来たと思っています。
人の縁とは本当に不思議で、PTA以外にも私は本当に色々な人と出会い、色々な経験をして来た気がします。
人は人と関わり、人に成って行くのだと私は思います。いつの間にか自分にとってとても大切な人になっている事もあれば、曲げられない思いから敵対してしまう人や、さり気なく通り過ぎてしまう人、もう二度と会えなくなった人もいます。
けれども、私は皆に伝えたい。人と知り合う事、関わる事を面倒がらないでと。繕い事ばかりではないけれども、悪いことばかりでもない筈です。その時々で他者を通して自分自身を見つめ直す事が出来たら、自分の成長にはとても有意義な事だし、なかなか得難い経験だと思うのです。
沢山の人と関わり他者を思いやる『情け』というモノを育んでほしい。そうしたら、世の中は、もう少し優しくなるのではないでしょうか。
2010年9月8日 更新
「同級生」
会計理事 渥美裕之
同級生ってなんてすばらしいものだろう。
何年ぶりに会っても心がなごみ、会話が弾む。
人間は本能的に相手に警戒心を抱くという説があるが、同級生は違う。仲間意識が自然に湧くのだろうか。団結心を取り戻すのだろうか。
ところが、卒業式や歳重ねの際「また会おうね」とお互い約束しながらも、仕事関係の付き合いが優先してしまい、いつの間にか疎遠になっているもの。
PTAの役員を経験した中で多くの同級生に再会した。
町内の学校のPTA役員に同級生がいて、PTA活動の状況を気軽に聞くことができた。
町外の学校のPTA会長にも同級生がいた。単位PTA会長会議で十数年ぶりに再会し、思い出話に花が咲いた。
第57回日本PTA全国研究大会みやぎ大会で協賛広告を募ることになった。
ある企業にお願いに伺ったら、経営環境の悪化について切実な説明をいただき丁重にお断りされた。
別の企業にお願いに伺ったら、協賛金の担当者が同級生であった。協賛の趣旨についてメモを取りながら真剣に聞いていただき、最終的に予定額を上回る協賛広告をいただくことができた。
学生時代を思い起こせば、同級生が将来これほど心を癒してくれる存在になるとは考えもしなかった。
PTAがめぐり会わせてくれたと感謝している。
PTAにありがとう。
県Pの役員になって最も驚いたことがある。
県P役員に同級生がいた。
2010年8月25日 更新
「一人ひとりに出来ること」
副会長 木村和彦
先日、私が所属している単Pの研修旅行がありました。行き先は毎年テーマにより変わります。今年のテーマはエコ(ECO)ということで、仙台市にあるリサイクルセンターと環境問題に取り組んでいる大手飲料メーカー仙台工場を見学しました。工場見学の前に環境問題への取り組みの説明と短編アニメを見せられました。
短編アニメの内容は、あるジャングルで火事が起き、ジャングルに住む動物たちは急いで逃げます。しかし一羽の小鳥だけが、水辺と火事場を行ったり来たりしています。小鳥は、小さなくちばしに水をすくい、その水で火事を消そうとしているのです。他の動物たちは口々にこう言います。「そんな無駄なことはやめて早く逃げなさい!」言われた小鳥はこう言います。「私は、自分の出来ることをしているだけです・・・」
この一言、PTA活動にも通じると思いませんか?一人ひとりに出来ることは小さい事かもしれません。子どもの幸せを願う気持ちは皆さん同じだと思います、まず自分に出来ることから始めてみませんか!
私事ですが、本年度でPTA活動最後の年となりました。初めて単P会長を仰せつかった時の不安感、孤独感は今でも忘れられません。そんな時、沢山の方に支えて頂きました。あらためて人と人との繋がりの大切さを実感しました。支えて頂いた会員の皆さん、役員の皆さん、先生方、事務局の皆さん、そして家族に感謝いたします。
ありがとうございます!!
次の世代に向けて最後の年、自分の出来ることを精一杯頑張ります!!
2010年8月11日 更新
自分をちょっと振り返る
副会長 佐々木賢司
県P連にお世話になり、今年で5年目になる。持ち回りの理事からスタートし、監事・常任理事を経て、今年度は副会長を仰せつかった。これほど重要な役職を拝命するとは考えもしなかったが、私にできることを精一杯させていただこうと思う。
これまでの4年間で様々な経験をさせていただいた。
・東北P盛岡大会でのパネラー
・食育推進会議に委員として出席
・日Pみやぎ大会での広報部担当
どれもPTA会員だからこそ体験できたことだが、中でも忘れられないものは日Pみやぎ大会だ。この大会で得たもの、それは“人と人とがつながっていく”ということだ。皆が真剣だからこそ本気で議論し、同じ方向に向かってブレずに歩み、大会の最後には一緒に涙したことを考えると、人と人とがつながり助け合った先に日Pみやぎ大会があったのだと改めて思う。決して大会があったからつながったのではないと思っている。
自分をちょっと振り返ったとき、子の親という理由でPTAという和に加わり、子の親という理由で知り合うことが出来た多くの仲間達との出会えた4年間に心から感謝の思いでいっぱいだ。
小平英俊新会長のもと、新しい仲間達と出会うことができた。私自身が出来ることは限られているが、仲間達と一緒なら同じ方向に向かって歩いていけそうだ。
それが“次につながっていく”ということを信じて。
2010年7月26日 更新
「表現力」
副会長 岡本リマ
最近、作文が苦手な子が増えていると聞きます。もじもじしている子に「どうしたいの?」と尋ねても、「・・・」。答えが返ってこないことが多々あります。日々生活していて、何も感じたり考えたりしていない訳ではないはずです。何かやりたいこと、伝えたいことがあるからもじもじしているはずなのです。うまく文章にしたり、言葉にしたりできないだけ。つまり、「表現力」が足りないのだと思います。
「表現力」・・・自分の考えや感情を周りに分かりやすく伝えていく力・・・と私なりに解釈していますが、どうしたら「表現力」って育つのでしょう?
自分のことを考えると、とてもびっくりしたり、とても嬉しかったり、とても悲しかったり、とても感動したり・・・そんな時は絶対誰かにしゃべりたくなります。しゃべらずにはいられません。夢中になって上手い言葉を探し、身振り手振りも交えて何とか伝えきろうと必死になります。だから、恐らくそういう体験が多ければ多いほど、自然と「表現力」も身に付いていくのではないかと思う訳です。
昨年、日Pみやぎ大会が無事終了しました。何度も企画会議を繰り返し、役員・スタッフそれぞれお仕事や他のPTAの役割をこなしながらの本当に忙しい、怒濤のような日々でした。大会が成功だったかどうかは、参加された皆様が判断することですが、予定通り、恐らく皆さんに不快な思いをさせることなくお帰り頂いたことは何より嬉しいことです。そして、私の心の中には想像していなかったほどの大きな「感動」が残りました。
一方我が子達には、家を空けることも多く、寂しい思いをさせたかと思いきや、会議での奮戦ぶり(?)や、様々な企画にまつわる様々な出来事などの私の話(例えば、午前と午後の会議の間にみんなで「のり弁」をかき込んだ話とか、そんな他愛もない話ばかりですが・・・)にいつも面白そうに耳を傾けてくれました。
・・・親の感動をストレートに子どもに伝えることは、もしかしたら子どもへの「表現力のリレー」になっているのかも知れませんね!
2010年7月13日 更新
「呼吸を合わせていきましょう!!」
副会長 奈須野毅
私は子どもに対して、勉強をしろや、事細かなしつけをしたことがありません。
特に中二の息子に対しては「勉強はしなくてもいいから、真剣に野球をしなさい」の教えである。母親は反対に「野球したかったら、勉強しなさい」ですが(笑)
たとえば、ごはんの時、お茶碗を左手で持たないで食べていても、「野球は左右のバランスが大切なんだから、左手でお茶碗を持ちなさい」と教えます。
ほとんどすべてが、大好きな野球のための「小言」なので、息子も反抗したくても出来ないだろうと、高をくくっていたところ、先日、その息子に何気なく言ったある一言に対し「うるさいな〜(怒)」と言われました。
私自身、ちょっとした衝撃であったので、その場の空気は一瞬凍りつき、母親のところにいき「俺、真剣にキレているんだけど・・・・」と直訴する息子。
ここから我が家も「積み木くずし」(古い)が始まるのか〜!!緊張の時間は過ぎるなかTVで見ていたプロ野球中継で、何度も首を振り打たれたピッチャーに対して、息子が「見え見えのストーレートじゃん!」と呟いた。
そこで、「やっぱり、打者を打ち取るには配球や、キャッチャーとの呼吸が大事なんだよ」と返すと、「そうだよね」と素直に答えてくれた。
子どもだって、言われたくないことや、答えたくないこと、一緒にだっていたくない時もあるはずである。家族も、呼吸を合わせながら生活すること、親子であっても慎重に言葉を選んで話すことが大事なんなど反省しました。
あっ!!何を息子に言ったかというと、その日あった練習試合で制球に苦しむ態度に、「一人で野球してんじゃないよ!お前みたいなへぼピッチャーなんか野球やめてしまえ!」
真剣に仲間を思いプレーしている子どもに、大人げない一言でした。
2010年6月29日 更新
受け継ぎ渡すもの
第25代会長 小平英俊
私の町内の集会所にはこんな言葉が掛けられています。
「子供叱るな 来た道だもの 年寄り笑うな 行く道だもの」(続きもあるようですが)
この言葉は、人それぞれに解釈がなされているようですが、私には、「立場が違うと同じ事でも捉え方が違う。それぞれの立場にはその立場なりの正解があるのだから、自分の物差しだけで測ることなく、その人の立場を察してあげなさい。自分が分かっていると思っていることが全てではないのですよ。他の人が言うことに耳を傾けなさい。」と言っているように思えます。
さて、平成22年度も代議員会を経て、今年も宮城県PTA連合会の活動がスタートしました。どの組織でも同じだと思いますが、これまでの活動を受けて次の活動を模索し、迷いながらもあれこれと思いを巡らせながら1年間を頑張って、次の人たちにつないでいく。この積み重ねが、組織を育てているのではないでしょうか。
PTAの役員は毎年入れ代わっていきます。新しく入って来る人がいれば、ベテランと呼ばれる人もいます。全ての人がお互いを推し量りながら、子どもたちやPTAに思いを寄せて話をしながらPTA活動に関わっていけたなら、そしてそんな思いを受け継いでいけたなら、一つにまとまった県P連が続いていくように感じます。
昨年は、みやぎ大会の開催などをとおして多くの人とたくさんの話し合いをした1年間でした。今年は原点に戻って、出前懇談会など地区PTAにお邪魔して話しをしながら進める1年間にしたいと考えております。どうぞ皆さんよろしくお願いいたします。
2010年6月15日 更新
昔をふりかえる
登米市理事 遠藤洋徳
私が小学生の頃、学校の帰り道が楽しかった事を思い出す。春、夏、秋、冬、季節ごとの遊びがあった。
春はいろんな植物が土から芽を出し、蓮やふきのとうを摘んで帰り、祖母を喜ばせた。夏は川の浅瀬に靴を脱いで入り、ザリガニや魚を捕まえて遊んだ。秋になると栗や柿の木に登り、他のうちの木にも関わらず友達と食べていた。冬になると川の厚い氷の上でスケートをしたり、父に竹スキーを作って貰い、近くの丘に滑りにも行った。
父母がいつも忙しく働いていたこともあり、友達と過ごす時間が多かった。遊びもお金もかからない遊びを自分たちで探し出し、毎日が充実していたように思われる。自然から学んだことも数多くあった。自分たちの子どもにも外でたくさん泥だらけになって遊んでほしいものだが、声をかけて連れだろうとしてもゲームなどに行ってしまう。
私自身がもっと子どもと一緒に遊ぶ時間を作り、自然の中で遊ぶ楽しさを教えてあげなければと反省日々である。
2010年4月8日 更新
実りのある一年間
気仙沼市理事 菅原隆哉
会員の皆様今日は。
今年度はたくさんのPTA会議、活動等に参加し、今までにない実りのある一年間を経験させていただきました。
始まりは次年度会長選考委員8名が、寒い師走、我が家に3回ほど来ていただきました。家族で三役会を開き、全員一致で承諾いたしました。
その後は、単P市P県Pと、郵便物が今までに無く多く届き、私の生活は一変いたしました。家内と長女は着替えるたびに、「今夜もがんばってね。おみやげ待ってるね!」など家庭内にも変化が表れてきました。
21年度内の思い出深い三大行事がありました。(1)市P連バレーボール大会(2)日P全国研究大会みやぎ大会(3)気仙沼市立面瀬中学校創立20周年記念。これらの行事は消化するたびに肩の荷物が思い出と一緒に静かに海に沈んでいきました。めでたし、めでたし。
初のPTA会長でしたが結びに一言。やってやれないことはない、やらずにできないことはない、やらずにできるはずがない。一年間会員の皆様、連合会の皆様、ありがとうございました。
2010年3月25日 更新
地域とPTA・・・天秤ばかりの様に
監事 及川貢
もうすぐ高校は卒業式。この年度末の慌しい中、コラムの執筆依頼だと!
だいたいPTAなんて何故あるのかな? 「子ども達の為」と人は言うけど、学Pだけでいいのでは? 県Pなんて安全互助会だけでいいじゃない。県Pの役員をしていながら確かにそう思う。
それでいて我が子が少しでも恵まれた環境で健やかに成長して欲しいと願う。でも我が子だけ恵まれた環境とはいかないんですよね。だから周りの環境を良くすれば子ども達も健やかに育ち、その中で我が子も一緒に育てば素晴らしいですね。じゃ〜どうすれば良い環境になるの?だからPTAが必要なの?PTAだけで出来るの?県Pだと出来るの?と悩んでしまいます。
PTAは学校&学級と保護者の関係を良好にする事は出来ます。でも学校は子ども達が育つ空間の一部だし、夜は家庭に居るし、やっぱり「地域」なんですかね?コラボスクールって言うし、せっかくPTAで地域デビューし、自分達の住んでいる地域の自慢出来る所や改善点等がやっと見えて来きて偉大な先輩方と語ることが出来たなら、必ず人々は動きます。そして学校(先生方も)も地域に根付いて地域の方々と共に子ども達を見守れたらいいのかな?
だって、地域の輪廻じゃないけど、子ども達が成長し、次の世代を継がないと誰がその地域を守るの?私達が年老いたら高齢者ばかりで誰が面倒見てくれるの?誰も残らず定住しなかったら、その地域はどうなるの?今、これらの不安をなんとかしようと、子ども達等が「この地に住んで良かった」と思える環境を整備する為に、各所で地域づくりや街づくりの活動をしているのだから。
特にこれから誰も経験した事無い時代に入るなら尚の事、地域と学校、地域とPTAがバランス良く調和し連携する必要があるのでしょうね・・・丁度、秤ばかりの様に。
2010年3月11日 更新
今、思う事
南三陸町理事 佐藤信一
PTA会長になって早二年が過ぎようとしています。中二と小三の息子で小学校の会長をしています。仕事と会長職の両立、大げさの様ですが私にとっては大問題。仕事は家族経営の写真業ですが撮影者は私一人。手伝ってくれる人はいるものの、スケジュール調整は毎回頭を悩ましていました。「何んで受けちゃったのかなぁ」とネガティブブルーなった時もありました。でもそんな思いも学校へ行く度、子どもたちの笑顔、頑張りに接すると何か自分が恥ずかしくて思えてきました。私は学校アルバムの仕事もさせて頂いているので、学校での子どもたちの様子を数多く見る事ができました。その中で印象深い事が二つあります。一つは昨年度(平成二十年)六月、岩手・宮城内陸地震が起きる十日前、五年生が花山合宿に行きました。我が校は四月に三校が統合されたばかりでした。ですからこの三日間の合宿、子どもたちはしっかり共同生活を送れるか心配でしたが、そんな心配は不要でした。荒い沢登りもジャージがずぶ濡れになっても互いに手を握り、励まし合ってカレー作りでもそれぞれ協力し合い各グループごと個性的なカレーをおいしそうに食べていました。子どもたちの順応性を思いやりの心に関心しました。もう一つは昨年の学芸会です。我校もインフレンザの影響で一週間延期になり、練習もみんなが揃わず仕上がりも遅れてしまいした。先生方の指導もつい熱を帯び子どもたちも焦っている様に感じました。休み時間にそれぞれ自主的にセリフの練習をしたりパート別に話あったり何とか本番に間に合わせたという思いをヒシヒシと感じました。当日の劇「白虎隊」と閉会のことばは大成功、会場は大きな感動に包まれました。
常日頃、子どもの為にと思ってPTAをしていたつもりですが、逆に子どもたちに様々な事を教わる毎日です。毎日を子どもとまっすぐに向きあい、今を感じ自分の経験を元に子どもたちに語り掛けられればと思います。まさに日Pのスローガンが今の私の座右の銘です。それとPTA活動の中で私自身も多くの仲間を得ることができ年令の違う人々と語り合い大変有意意義なものでした。これから活動の輪を広げる為にも、もっと多くの人たちと話しをしたいと思っています。
最後に昨日とてもうれしい事があったので書きます。当地方にも珍しく大雪が降り小三の子どもは大ハシャギ。サッカーに夢中だったので、「今日は日曜だから校庭に行って二人でやろう」と誘いました。校庭へ行くと一面の銀世界。ひとつの足跡も無い校庭で二人でえ遊びました。わずか三十分程でしたが、私は何とも言えない幸福感にみたされました。息子も「おもしろかった。」と言って一諸に軽トラに乗って帰ってきました。こんな時間がきってお心の栄養になるのかなと感じた一日でした。
何か取り留めの無い文章になってしまいましたが、何事にも正面から子どもと向き合えば必ず子どもは答えてくれると信じています。
また、卒業式の時期が近づいてきました。祝辞は何を言おう。自分が感じたまま、六年間の歩みを語ろう。こどもたちの頑張りを伝えよう。多くの人たちへの感謝の気持ちを卒業生の心へ語ろう。
さて、次は祝辞の原稿にとりかかろう!
2010年2月24日 更新
雪掻き
委嘱理事 今野喜弘
一昨日大雪が降った。私の住む多賀城でも五〜十センチ程積もった。たった今、道路の踏み固められ、氷化した雪を一時間かけ除雪した。日当たりの良いところは既に乾いている。今週は気温が高い予想なので、ほっておいても解けてしまうというのに・・。
別に綺麗好きでも几帳面な性格でもない。清掃用品レンタル業を営んでいながら「ホコリで人は死なない」と言っているくらいだ。だが雪掻きはしないと気が済まない。
私の実家のある古川はそれなりに雪が降る。まして北部丘陵地帯なので、市街地より多く、昔は雪掻きしても車が庭まで上がれないほどだった。自分が働きだしても雪の降った朝は、雪掻きしなければ車が車庫から出せず、雪掻きは苦痛でしかなかった。なのになぜだろう?自分でも不思議だ。
たぶん私はあまのじゃくだ。人が右と言えば左と言いたくなるし、人と同じことを嫌う。「変わっているね」と言われると嬉しくなるくらいだ。苦痛でしかなかった雪掻きもできなくなると無性にしたくなる。必要に追われているわけでもないのに・・・。
娘達は除雪した雪で犬くらいしか入れないようなかまくらを作って歓声を上げている。そうだ。娘達の雪遊びのための雪掻きも悪くない。無い物ねだりと自己満足でしている雪掻きだが、楽しみが一つ増えた気がした。心地良い疲労感に浸りながらそう思った。今冬は、何回雪掻き出来るだろう。
2010年2月9日 更新
同級会
名取市理事 相原英幸
42歳の厄年払いをかねて小学校時代の同級会が行われました。
地元には歴史と伝統のある神社があり、久しぶりに懐かしい仲間たちと“真面目”に宮司からお払いを受けてきました。会場を移して当時の先生方を招いていよいよ同級会スタート!86歳と80歳になられた先生方のお元気な姿に皆ビックリしていました。28年前に小学校を卒業しても先生方は皆の事をよく覚えていてまたビックリ。名取市仙台市に在住しているのが大半ですが、東京・埼玉方面からわざわざ参加してくれた仲間には本当に感激しました。
参加者皆の一番の楽しみは、何と沖縄県波照間島から参加してくれた女子が出席してくれた事でした。前回33歳の厄年払いには都合が悪く欠席だった為、今回の同級会をとても楽しみにしてくれていたようです。
宴会も大分盛り上がってきた頃、小学校からお借りしてきたプロジェクターで当時の懐かしい写真、恥ずかしい写真、これ誰?写真の上映開始。これには参加者皆大爆笑!!当時の校舎、体育館、授業風景、修学旅行、運動会、遠足、入学式、卒業式など懐かしい写真が次から次へと映し出されました。
特に印象的なのが当時のファッション。入学式や卒業式には母親はほとんど着物姿だったんですよね。ヘアースタイルも皆さん完璧!といった感じ。先生方も80年代の懐かしい着こなしでした。
私たちの様に厄年払いを兼ねた同級会を開催するのは皆さんも御存知でしょうが、だんだん行われなくなってきているようです。経験されていない方は是非昔の仲間と同級会を開催してみてはいかがでしょうか?おもしろいですよ。
2010年2月1日 更新
今昔
宮城郡理事 郡山宗浩
今昔
PTA活動は仕事も忙しく「それどころじゃない」と言う理由で、ずっと、かみさんに任せてきましたが、飲み会に誘われるようになり、あれよあれよと言ってる間にPTA会長。
子どもは小5(女)、小4(男)、年長(男)の3人です。
今年は日Pの全国大会一色で要領も得ない中、会議だけは参加してきました。
そんな中、今の子ども達の置かれている背景を、何かと自分の子ども時代と比較してしまう自分がいます。
僕らが小学校の頃にはあそこの家は、誰々さんちで、その家族構成さえも皆、知ってると言った状況でした。
そんな環境を今の子ども達と比較すると、少子化と言う事で子どもがいない所の情報は皆無で誰が誰だか分らない状態だと思います。
ある時、地区の総会が有り、地区からの子ども会への補助金の話になり、子ども会は地域に奉仕している貢献度が少ないと言った意見が発せられました。よって現状の補助金は多すぎないかと言う話になり、何処の子ども達か分らない子ども会に右から左へ補助金を出すのは如何なものか?
と言った発言があったとの事で、軽い憤りと一方では、ある意味もっともな話でもあるなと痛感させられた一件でした。
我が地域は元々、町内でも最も世帯数の少ない地域で子どもの数も幼児、乳児を混ぜても現在8人しかいない地域です。戸数は63戸程です。
僕らが子ども時代には、地域内交流も何かにつけ、行われていたので何処の子どもか分らない状況は無かったのでは?と想像します。
子どもが少ない地域ではあるが、男子だけで「ろくもんす」「S」「三角ベ−スボ−ル」程度は出来ていた時代です。(スポ小は無くても連日の遊びの中で運動の基礎、体力は自然に身についてた。)
昨年からPTA活動に参加しており、他の地域のお祭り等にも呼ばれて(かみさんは只、飲みに誘われてる程度にしか思ってないでしょうが?)
昔ながらの地域内交流を継続してる「子どもは地域で育てる」を実践している地域も多々あり、防犯の意味合い、その他諸々も含めて、考えさせられました。
皆さんの所はどうでしょうか?
何処のおじいさん?何処のおばあさん?何処のおじさん?何処のおばさん?
昔だったら!
2010年1月12日 更新
子ども会って何?
多賀城市理事 鈴木俊光
自分が所属する、子ども会育成会の班長さんから、「次年度の役員決めのことで相談にのっていただけませんか」と依頼があり、相談にのった時のことです。「役員になるなら子ども会に入らない」「子ども会に魅力がないので入らない」など、個人主義というか、自分さえよければどうでもいい、親が増えたせいか、いろいろことを言われ悩んだすえ、私に相談にのって欲しいとのことでした。これは、皆さんの地域においても珍しいことではないと思います。
なぜ、子ども会はこんな荒んだ組織になってしまったのでしょうか?
そもそも形態は、地域主導型、PTA型、有志型と様々ですが、やることは同じだと思います。子ども主導の子ども会があって、それをサポートする親の会(育成会)があるわけで、いつのまにか親がすべて子ども達に1から10まで段取りしてあげる組織になっていませんか?難しく考えていませんか?
育成会って子どもに出来ないことだけサポートしてやればいいんじゃありませんか?
子ども会活動は、上級生が下級生の面倒を見たりすることにより自然とリーダーシップが生まれるなど、子ども達がこれから地域で育つ上で重要な組織です。「入らないと言わないで、ぜひ入ってください。」
なぜかPTA会長会のルームトーキングでも、この話題にまで飛躍してしまい説明するのにたいへんでした。(余談)
2009年12月21日 更新
『 千里の道も一歩から 』
常任理事 木村和彦
最近、家電に詳しい芸能人が出る番組をご存じでしょうか? 最新機能や技術を細かく説明していく内容の番組です。そして最近の家電の進歩には驚かされる事の多いこと。 我が家の二女(中二)も家電好きで、先日も家電量販店に行き家電の蘊蓄を聞かされました。娘の話を聞きながら、ふと開発している技術者の方々の事を思ってしまいました。「その最新機能や技術に達するまでには、いろいろな苦労が隠れているのだろうなぁ」と、そして、「日進月歩のように見える最新機能や技術も、はじめの一歩を踏み出し、なんとしても成功させようとする思いがなければ、その技術には達しないのだと・・・。」
さて、話はかわりますが第57回日本PTA全国研究大会みやぎ大会が無事終える事ができました。大会の準備の為費やした5年の歳月は、過ぎ去ればあっという間の時間だったに違いないと思います。私が携わったのは3年程ではありますが、最初の一歩をあゆみ出した先輩方のご苦労は並大抵ではなかったと思います。その先輩方々の思いを引き継ぎ、なんとしても成功させようとする思いが集結し、みやぎ大会が無事終える事ができたのだと思います。諸先輩方々に感謝するとともに、出会った沢山の会員の皆様、関わった役員の皆さま、事務局の皆さま本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
日本PTA全国研究大会みやぎ大会は一つの通過点であり、この大会の経験を次の世代に受け継いで行くことが大切だと思います。これから色々な事が待ち受けていても、はじめの一歩を踏み出す勇気を忘れないようにし、“愛してやまない子どもたち”の為に大会スローガンのように、これからもまっすぐに向き合い、語り合えるPTAでありたいと思います。
「 向き合おう!まっすぐに 語り合おう!こどもの未来のために 」
2009年10月23日 更新
PTA活動は誰のため?
常任理事 鈴木とくえ
子供の小学校入学と共に、PTA会員となり10年。その10年目に県Pの常任理事という大役を引き受ける事となりました。
今年は全国PTA研究大会みやぎ大会の実施の年でもありました。県Pに関わった昨年から、大会実行委員の方々の働きをずっと拝見させて頂きながら、邪魔にならない様にと出来ることをお手伝いして来ました。皆さんこのみやぎ大会を成功させるため数年前からコツコツと準備を重ねていました。重要事項から、細かいことまで先頭に立ち働いて来た方々の努力には心から敬意を表したいと思えるほど、本当に皆さん頑張ってました。
きっと家庭を犠牲にしたり、仕事をやり繰りしたり、かなり大変だったと思います。
本当に大変だったと思います。
私は博愛主義ではないので、全員が・・・と言うつもりはありません。けれども、何かに突き動かされた様に一生懸命、今大会に向け働いた方は決して少なくありません。
「あの人はこういう事好きだから」とか、「好きでやってるんでしょう」という言葉をよく聞きます。
事実、私もそう言われている事を知っています。けれども声を大にして言いたい。
誰が、こんな大変なこと好きでやるか・・・と。
我子が大切で、子供のためと思い動いていたらここまで来てしまった。というのが私の実感。
そして、そんな人が大半ではないかと思います。関わってしまうともう少し、もう少しと思い、だんだん難しくなり、それ以上の活動が求められるようになる。
私自身子供をほったらかしにして「何やってるんだろう」と思った時も二度や三度ではありません。
ところが、みやぎ大会が終わり家に帰って「おわったぁー。」と言ったら、子供達が「終わったの、どうだった。」といろいろ聞いて来て「良かったね。ご苦労さま。」と言ってくれました。
「そう言う事なんだなぁ。」と改めて思いました。子供達はちゃんと見て居てくれたのですね。
これまで、私はやって来た事や、見てきた事、行って来た所など子供達に話してあげたり、連れて行ったりして来ましたが、それで良かったんだと、しみじみ感じました。
PTA活動を通して、また少し自分に自信が持て、子供達もそんな私を見て何かを感じてくれたのかもしれません。
PTA活動に限らず、精一杯動く事が自分のため、そして周りの人のためになる。
やはり、そういう事なんですね。
2009年10月2日 更新
三者三様
常任理事 佐々木賢司
私は3人の子どもの父です。中3の長男・中1の次男・小4の長女に恵まれたのですが、同じDNAにも関わらず、こんなにも違うものかと日々驚かされる毎日。
長男は小学校からずっと野球に情熱を注ぎ、このまま高校球児かと思っていたら音楽に目覚め、中総体が終わった今ではベースギターに夢中です。(妻曰く、顔は妻に似て可愛い顔なのだとか)
次男も野球大好き人間で、毎日真っ黒になって帰ってくるのですが、いくら食べても太らない体質らしく脂肪もつかなければ筋肉もつきにくい。長男はがっちりタイプなのに、次男はスマートな体型(妻曰く、妻似なんですって)。性格は「超」がつくほどおっとりタイプ。顔はどの角度からみても私の分身のようで、私の小さい頃の写真を見て「僕だ!」と言い切るぐらいにそっくり。
長女は私と同じぽっちゃり型の愛くるしい感じ・・なのですが
兄妹で最も気が強くて負けず嫌い(妻曰く、こういうところだけパパ似なのだとか・・・)そんな性格が良い方向に働き、幼稚園時代から続けているピアノも休まず通い、小学生になってから始めた習字もメキメキと上達しています。「飽きっぽい私には出来ないな」と自分で思うこと自体、ここも妻似なのでしょうか。
私も子の親になって15歳になりました。子ならば義務教育を終えようとする年齢ですが、親に義務教育期間があるとするならば、この期間に「子育て方程式」の答えは1つではないということを学んだ気がします。子ども達に全く同じ接し方をしても、3人とも同じ成長過程は通らない。「そんなことは当たり前でしょ?」と思われるかもしれませんが、その当たり前のことが私にとっては親としての喜びと責任に繋がってきたように思えるのです。
好奇心旺盛で物事に動じない長男、細身の体ながら太い信念を持った次男、負けず嫌いで頑張り屋の長女。三者三様ですが、それぞれの持ち味を十分に生かして、社会に貢献できる人間に成長していって欲しいと願っています。
“親バカ”コラムになっちゃいました・・・
2009年9月18日 更新
「しろいクマちゃいろいクマ」
常任理事 多田あけみ
夏休みが近づくと、本屋さんの店頭には、この夏のおすすめ図書が並びます。
この光景は昔からかわらず、子供の頃夏休みの楽しいイベントも全て終わり、朝晩すっかり涼しくなったお盆過ぎ、すぐに読み終えそうな一冊を購入し、ぐずぐずと読書感想文の宿題をしていたことを思い出します。
最近は、道徳の教材の様なお堅い本は姿を消し、名作をはじめ、ドラマや映画化された原作本など様々なジャンルの本が並んでいて眺めているだけでも楽しいものです。
先日その中で、「しろいクマちゃいろいクマ」という絵本を見つけました。
アリスという女の子が、おばあちゃんから色違いのしろいクマとちゃいろいクマをもらいました。おばあちゃんたちは自分がプレゼントしたクマがアリスの「お気に入り」になるだろうと対抗します。すると、クマたちもアリスに、より自分を好きになってもらおうと競争し、けんかを始めます。けんかばかりする様子に困ってしまったアリスは、ちゃいろいクマを棚の上に乗せ、しろいクマをタンスの中に入れてしまいます。離れ離れになって心細くなったクマたちは、励まし合い、助け合って、最後に互いに大切な存在だと気付くというお話です。
ストレートに自分の気持ちを表現するおばあちゃんやクマたちに対し、大人びた行動をとるアリスが、みんなの母親のように見えました。
親の子に対する愛情。子の親への想い。様々な愛がある中で、私の愛情は自分勝手なものになっていないか、相手に押し付けていないかと反省し、本当の愛情とは何だろうと、深く考えさせられました。
2009年9月2日 更新
いつの間にかPTA
会計理事 渥美裕之
一生に一度の大きな目標に向かって、PTA会員がこんなにも団結している。なんてすばらしいことだ。このプロジェクトに参加したおかげで、たくさんの出会いが生まれている。そしてたくさんの事を語り合っている。
自分のために参加したわけではない。頼まれて、頼まれて、子どものためにお手伝いできればと思って参加した。
今年を振り返り、だいぶ自分を犠牲にしたと思っていたら、犠牲にしていたのは「家族」だと気付いた。癒しのひとときであった娘との卓球もほとんどできなかった。その分、来年は家族の絆を確かめ合いたいと切に願っている。
仮にPTA役員を引き受けなかったら、家族の事をこんなにも考えただろうか?ただ茫然と数年を過ごしていたのではないだろうか?
PTAは子どもと一緒に卒業していくもの、自分は、頼まれて、PTAの役員を引き受けたら、いつの間にかPTA活動に夢中になっている。
今度は、私が、次の「いつの間にかPTA」を探して頼む番。
2009年8月4日 更新
ある日の夕方、試食コーナーにて
副会長 岡本リマ
少し前のことになります。ある日曜日の夕方、私は近所の大型スーパーへ買い物に行きました。大勢の客で賑わう店内。お総菜の売り場には「餃子」の試食コーナーが設けられていて、いい匂いがしています。ちょうどお腹がすく頃で、私も吸い寄せられるように近づいていくと、ちょうど小学3年生くらいのひとりの男の子が、ぱくっ!と1個、餃子を口に入れているところでした。まあ、おいしそう!・・・ところが私が見ている間にその男の子は、お皿にきれいに並べられている餃子を次々とぱくっ!ぱくっ!ぱくっ!・・・あらら・・・次々、平らげていきます。まるで一時期TVでさかんに放送されていた「早食い選手権」のように。視線を感じたか、男の子が振り向きました。そして、あっけにとられてその場に立っている私と、その男の子の目が合いました。むむむ・・・これで終了か?けれどその男の子は、何気に視線を餃子の皿に戻し、また、ぱくっ!ぱくっ!と食べ続けます。
えっ!どうしよう!この子、試食のルール、知らないのかな?ひとりで来たのかな?お母さんはいないの?・・・と、周りを見回すと、いました!餃子を焼くおばさんのすぐ横に、じっとその子を見守る一人の女性。間違いなくこの子のお母さんです。今度はその女性と私の目が合いました。何となく気まずい雰囲気・・・。するとお母さんが相変わらず餃子をパクついている男の子に声を掛けました。「ほら、もう少し端によけてあげて・・・」と。はっとした男の子は、すぐにはじっこに移動。私は「すみません・・・」などと言いながらも、もう試食する気も全く失せていましたが、おばさんに「どうぞ!」と1個差し出され、頂くことになりました。多分おいしかったと思います。でも、頭の中が混乱していて、よく味も覚えていません。だって、私の「ビックリ!」に追い打ちを掛けるように、今度は餃子を焼いているおばさんが、その子に「いいから、いいから、どんどん食べな!」って声を掛けちゃってるし・・・。餃子のかたまりを無理矢理ごくんと飲み込んで、私はその場を離れました。
きっと、いろいろ事情があったのでしょうね・・・後から冷静に考えると、考えれば考えるほど、切なくなるのでした。私に場所を空けるように気を遣ってくれたお母さんの子ですから、「ぱくぱくちゃん」もちゃんと育つことだろうと思います。私にはそれしか言えません。
想像を絶する事件が頻繁に起こり、毎日のように報道されている今日この頃です。「なんでこんなことをするんだろう?」と首をかしげることもしばしばです。けれど私は「ぱくぱくちゃん」に出会って以来、どんな出来事でも決して簡単に「この人が悪い!」とか「これが原因だ!」とか決めつけられるものではないと思うことにしました。だってきっと、計り知れないいろいろな事情があるに違いないのですから・・・。
2009年7月21日 更新
「箱根駅伝」
副会長 齋藤英彦
私の正月三が日の楽しみは「箱根駅伝」を観ることです。30年も前、自分の中学時代にオーバーラップさせながら、ついつい見入ってしまいます。
中学時代、剣道部に所属していた私は、三年で主将であり、先鋒としてチームを勢いづける立場にありながら、予戦全敗という結果に終わりました。二次大会の陸上は各部からの寄せ集めで臨むのですが、私は地肩が強かったので砲丸投げに選らばれたのですが、練習のし過ぎで肩をいため不本位な結果に終わりました。自分の中ですべて結果が出せないままで中学生活を終わりたくないという思いで、駅伝に臨みました。
18名の選手枠に30名が応募し、夏休み中、朝、昼、晩と走り続けました。その時の私達の合言葉は「ユアペース」です。相手のペースに合わせて走り、最後には抜き去る練習を繰り返しました。スタートから徒競争のようなスピードになり、顧問の先生からよく叱られました。
これまでのPTA活動を通じ、周りのペースを意識すること、つまり「ユアペース」も大切だと感じています。日Pみやぎ大会を目前にして、各開催地の準備の進捗状況やスタッフの歩調が「ピタッと合ってきたな」と感じています。忘れてならないのは、スタッフだけでなく、参加される宮城県PTA連合会員の皆様は主催者なのです。来県される方々に対して「おもてなしの心」を忘れてならないと思います。
私のコラムの執筆は今回で最後になります。これまで一緒に走ってくれた会員の皆様、影で支えてくれた事務局の皆様、心から感謝致します。中継所で次の走者は誰かを楽しみにしながら、メタボ気味の御腹を突き出し、ラストスパートです。
2009年7月6日 更新
貯金
副会長 小平英俊
近頃は、仕事が忙しいことや日P全国大会のこともあり、夜の帰りも遅くなりがちで、週末はこれもまた家を空けることが多く、子どもとの時間も以前のようには多くを割くことができなくなりました。それでも、子どもとの関係が悪くなったかというとそんなことはありません。(少なくとも私自身はそう思っています。)
子どもたちが、高校生と中学生になって、家庭よりも学校での部活や友人との時間が増えたことで、親の出番が減っていることもその理由の一つかもしれません。でも、子どもが小さい時から一緒に過ごした時間が、子どもとの関係の貯金として役立っているおかげではないのかなとも思っているのです。今は、取り崩し気味ですが、それでも利息がそれを補ってくれている、そんな気がしています。
お金のように簡単に積んだり降ろしたりできるものではないだけに、小さいころから準備をしておくのと、常に残高を気にすることが大切かなと最近になって思うようになりました。もちろん、貯金の残高管理には、私にとっても子どもにとっても妻の存在が大きいことは言うまでもないのですが。
さて、8月には第57回日本PTA全国研究大会みやぎ大会が開催されます。この大会の準備を通して宮城県PTA連合会には中にも外にも大きな貯金ができたのではないでしょうか。ぜひこちらの貯金は取り崩すことなく、大会の成果という利息がその後の活動に大きくついてくることを楽しみにしたいと思います。
2009年6月22日 更新
温故知新
会長 橋定光
宮城県PTA連合会は、今年創立61年目をむかえました。
これまでの長い間には、たくさんの課題や分岐点があったと思います。
これまでの先輩方は、その時々の課題や問題に対して、まっすぐに向き合ってきました。
そして、今日その歴史の上に、私たちは立って活動しています。
学校外活動の安全・安心を24時間確保している安全互助事業。
毎年各地区輪番で開催している研究大会。
単位PTA会長全員が一堂に会する単位PTA会長会議。
女性会長だけを対象に開催する紫陽花の会。
PTAの広報活動の原点である広報誌のPTA広報誌コンクール。
タイムリーに情報提供している宮城県PTA連合会ホームページの作成更新。
小さな善意を拾い集めている善行・徳行児童生徒表彰、などなど・・・。
どうして、この事業は始まったのでしょうか。
いつから、その事業は今のような形態になったのでしょうか。
なぜ、あの事業は止めたのでしょうか。
いろんな活動をしていく中で、迷ったり、悩んだりすることはPTA活動に限らず多々あります。
そんな時は、原点に戻りましょう。
「温故知新」。過去から未来が見えてきます・・・。
さて、今年の8月には、「第57回日本PTA全国研究大会みやぎ大会」が宮城県内で開催されます。
また新たな歴史を積み重ねようとしています。その真只中に、私達はいます。
心を一つにし、胸を張って、みんなで活動して行きましょう。
私たちは、子どもたちが取り持つ「ご縁」で出会った、一蓮托生の仲間なのですから。
2009年6月8日 更新
ケータイと生きる力
インターネット委員長 中村浩明
Sさんの家は中学校から6km離れた山の中。自家用車で送り迎えしてもらっています。
ある日、学校が終わり、いつものように街角の公衆電話から家に電話をしました。
普段なら10分くらいで迎えが来るのに、その日に限って迎えが来ません。「おかしいなあ」と思いつつ寒空の下にたたずんでいました。1時間ほどして、やっと来てくれたのは隣のおじさんでした。
そのときSさんの家ではこんなことになっていました。
車が故障して動かないのです。そんな時は隣家に頼むことにしていたのですが、隣のおじさんはあいにく外出中でした。
お母さんは、タクシーを使おうと考えて、タクシー会社に電話して事情を話しました。運転手は街角でSさんという中学生を捜したのですが、誰がその子かわからず、結局、運転手は営業所に戻ってしまいました。
そうこうしているうちに隣のおじさんが帰宅したので迎えを頼みました。その間1時間が経っていたのでした。
ケータイを持っていれば家から「寒いから学校に戻って待っていなさい。」とか「タクシーを呼ぶから乗って帰りなさい。」と連絡ができたはずです。
「学校での携帯電話の所持を認めて下さい。」それがSさんのお母さんの申し出でした。
ところで、私たち保護者が子供の時はどうしていたでしょう。たぶん、普段より遅ければ、もう一度電話して「まだこないの?」と聞いたことでしょう。10円玉が無ければ近くのお店にお願いして電話を借りたことでしょう。
私はこの話を聞いて、「ケータイは生きる力を弱めている」と感じました。
ケータイに限らず、便利な物はその反面何かを犠牲にしています。犠牲になる部分を充分に理解した上で便利なモノを使うことが大切です。
2009年4月24日 更新
「最近はまっている事」
東松島市理事 木村和彦
最近はまっている事が2つあります。
1つは、二人の娘が吹奏楽部で、それが影響してかクラシックにはまっていて、特にピアノの音色に心癒されています。皆さんもご存知と思いますが、フジ子・ヘミングさんの「奇跡のカンパネラ」を聞いた時、彼女の生い立ちの事もあったと思いますが、クラシックを聞いて初めて目から溢れる物を感じました。小さい頃はクラシックと聞いただけで敬遠していたのに、心境の変化なのか少しだけ良さが分かって来たように感じています。食わず嫌いだったのかもしれません。
2つめは、相田みつをさんです。みつをさんの言葉のなかにはいろいろありますが、そのなかでも「その時の出逢いが人生を根底から変えることがあるよき出逢いを」と言う言葉があります。PTA活動を通して色々な方々との出逢いがありました。先生方、保護者の皆さん、地域の皆さん、そして県Pの皆さん。人生を振り返るときが在るとすれば、私にとってとても大切な出逢いであり、良い人生経験をさせて頂きました。
そして今年8月いよいよ日本PTA全国大会が宮城で開催されます。全国のPTA会員の皆さんと逢えるのが今からとても楽しみです。全国のPTA会員の皆さん「よき出逢いを!!」
2009年4月7日 更新
ストレス解消発見
蔵王町理事 佐藤博
この頃は、年齢的にも地区等で色々と役員をやることになり何かとストレスが溜まることが多くなって来ていましたが、私の解消法は、休みの日に行なっている米つくりをすることです。特に夏の暑い日に草刈をして思い切り汗をかき喉がカラカラになったところでの一杯のビールがたまりません。でも収穫が終わるとまた同じようにストレスがたまって来ます。でも今年は学校での米つくり体験学習での収穫感謝の会にひさしぶりに休暇を取ることができ、参加しました。昔はどこの家でも年末に臼で餅つきをしていましたが、このごろは電動での餅つきやスーパーから買っている方も多くなり、臼でつく人が少なくなってきたのではないかと思っています。現に私の家でも電動でついています。今回収穫感謝の会で久しぶりに、臼で餅つきをし、思い切り餅つきをし、子ども達が一杯お変わりして美味しそうに食べている姿を見ていたら、これが大変ストレス解消になったような気がします。
これからは、学校行事になるだけ参加して行けたらと思った所です。学校行事も色々あると思いますので皆さんも是非参加して見てはいかがですか、これが意外とストレス解消等になるかも・・・
2009年3月24日 更新
親として
登米市理事 千葉正宏
もうすぐ二男が中学校を卒業します。同時に親としての今までのPTA活動から卒業を迎えます。義務教育から卒業しますが、まだまだ親としての役割からは卒業しません。
仕事上、たくさんの方にお会いする機会があり、どちらかといえばお祖父さんやお婆さん世代の方とお会いする機会があります。当然目に入れても痛くないくらいかわいがっておられます。「うちの孫は・・・・」と目を輝かせながらお話しいただきます。その中でも心に強く感動したことがありました。
「うちの孫がねえ、働くようになってボーナスをもらったんだよ。そしたらね、小さい頃からお祖父さんやお婆さんから沢山お小遣いをもらったから、少しだけだけどご馳走したいって言い出してね」「母方と父方の両方の祖父ちゃん祖母ちゃんを近くに連れてってもらってご馳走になったんだよ」なんともいえない嬉しそうな表情でお話しいただきました。
小さいころからの恩を忘れないで、人に感謝する気持ちを持っている素晴らしい成長を遂げたなと感心いたしました。本人は勿論ですが、ご両親・両家の祖父母さまがしっかりと育て、家族内もまとまりのあるご家庭なんだなと感心いたしました。
当然、同級生や上級生・下級生からも信頼されていて、どうやったらそのように真っすぐに育てられたのか、そのお祖父さんに教えていただきました。
「なにもしてないよ、ただ可愛かっただけだよ」
その言葉を聞き、私ももう少し子供たちを可愛がれば良かったなあと、少し後悔をしています。長女は昨年成人を迎え、長男は高校三年生、二男は中学三年生、親を必要とはしますが、そばには寄りにくい年になりました。
次回の日程を決め、また楽しい話が聞けるなあと帰宅しました。
伺う約束をしていた前日に突然の訃報が・・・・孫さんが盛岡で事故死
言葉を失いました。その方は娘の同級生でもあり、家族ぐるみの付き合いでもあったため、家族皆様の悲しさを痛いくらい感じました。
葬式当日、家族にかける声も無く「気を落とすなよ」と話すのが精一杯でした。
まだ19歳・・・ なぜに神は・・・ 模範のような彼を・・・
翌年の成人式、友達は彼の遺影を胸に成人を迎えました。
私には両親家族の辛さが身に沁みました。私の長男が誕生した時のことです。
上が娘だったため、待望の男の子が誕生し「位牌持ちができて良かったね」と周りから祝福され、励みにもなり「これから一層頑張らねば」と思ったのもつかの間、誕生後一ヶ月程して妻から「何日も熱が下がらない」風邪だろうと医者に連れて行き「2・3日様子をみてください」2・3日経っても下がらない「精密検査をします」精密検査の結果を聞いて愕然としました。
「髄膜炎という病気です。命が危険です。薬が効かなければ立つ事も歩くこともできません。知能に影響が出ることも想定されます」
自分の耳を疑いました。
病室に戻りカーテンを閉め切って
長男を抱きしめ
妻と二人で泣きました
なぜ自分の子供に
まだ生まれたばかり
自分が代われるものなら、自分の命と引き換えても
個室に移され闘病生活が始まりました。
小さい手よりも大きな点滴の針が・・・
脊髄に注射・・・大人でも泣いてしまうくらい痛いのに・・・
病院中に息子の鳴き声が・・・・
耐えられず・・・・
病院の外に出るしか・・・
幸い医療の力と生命力で一命を取り留め、退院することができました。
「もう大丈夫ですよ。後遺症の確率も低いです」
親としては安心の反面、もし後遺症が出たならと思うと不安だらけでした。
長男は後遺症もなく、保育所・幼稚園・小学校・中学校に進み
走る姿・学ぶ姿、友達とはしゃぐ姿、どれをとっても俺のヒーローでした。
高校受験となり進学校に進み、今春卒業しました。
現在は大学受験真っ只中。
長男に「どんな道に進むんだい?」
「お父さん、俺はたくさんの人に助けられて生きてきたから、もっとたくさんの人を助ける仕事がしたい」満面の笑みで答えられました。
「この子を育てて本当に良かった」と思う瞬間でした。
今年「桜咲く」が無いかもしれないけど、必ず桜が咲くことを信じて、彼の背中を後押しし続けたいと思います。
2009年3月10日 更新
すばらしき地球
名取市理事 無着孝章
46億年前太陽系が誕生し、いつ生命が誕生したかは定かではないが、ジャイアントインパクト(地球と同じ程の惑星の衝突)が大きく関係しているといわれている。この現象で月が誕生し、地球熱の放出により5百年間雨が降り続き海が誕生。その間地殻変動により大陸の出現。勿論大気圏もつくられてやがて生命の存在できる環境となる。
生命の誕生にはさまざまな説があり、ある学者は海中のバブルが大きく作用しているという。生命のゆりかごともいわれ、月が誕生し海に波が生じなければ不可能となる。仮説ではあるが、生命の誕生はバブルの中で何憶年かかったのか。
我々人類は、3百万年前ぐらいに誕生し、しかも数多くの猿種のたった一本の枝別れした一部から誕生しているのです。これらすばらしい偶然的自然現象に我々人類は存在しているのです。
しかし地球上では絶えまなき紛争、自然破壊、日本における悲惨な事件、宇宙はどこまであるか計りしれないが、人類はこれら偶然的自然現象から地球上にしか存在しないと思う。
だからこそ、地球と自然を大切にする気持ちと、生命の大切さを子ども達へ伝えていかなければならないと思う。
2009年2月27日 更新
変な気候
大崎市理事 氏家克則
まだ、2月とはいえ、この冬は昨年と比べると穏やかで、過ごしやすく感じています。朝晩の冷え込みはあるものの、生活する上ではとても楽。子どもたちの登下校も吹雪に遭うこともなく、通学できてよいことだと思いますが、春にそのしわ寄せがこなければいいと心配しているところです。
世界では、オーストラリアで40℃以上の高温が続いて、山火事が発生し、100人を超す死者が出て、中国からインドにかけても高温続きだとか。気象庁によればラニーニャ現象(中部〜東部太平洋赤道地域で海面水温が下がる)が原因によるものと発表。日本では椿の開花が異常に早く、仙台では平年よりも43日早く咲いたといいます。自然の変化に敏感に反応する植物から推察すると、気温が高い傾向になっていることは間違いないでしょう。
地球温暖化・環境破壊といわれている現在、大げさではありますが、このような気候が続いてしまうと四季の感覚がなくなるのではないかと不安でなりません。次世代の子どもたちによい自然環境を残すために、できることから一つ一つ取り組んで行かなければと思う今日この頃です。
2009年2月12日 更新
偏見の芽
栗原市理事 菅原敬司
私の先輩の高校の同級生が夢を持って大学に進みました。
その人の夢は建設会社に入社して現場の所長として高層ビルを建てたいというもので、大学の工学部に入学し建築学科を卒業して、とある有名な建設会社に入社しました。
入社して最初から所長になれるわけはないので、現場係員としてある建設現場に配属が決まりました。
仕事は雑用でした。作業着に長靴をはいてヘルメットを着用して、まずは現場を知るために、泥まみれになって一生懸命汗を流したそうです。
とある日、工事現場内の泥が出入り口を汚したのでスコップと竹箒で掃除をしてしたところに、ある親子連れが歩いてきたそうです。
そのお母さんが低学年位の男の子に通りすぎながらこう言ったそうです。
「坊や勉強しないと、ああいう人になってしまいますよ」
そしてちらりと後ろを振り向き足早に歩いていったそうです。
「勉強して努力してきたのに、がっかりした、残念だった」と
私の先輩に目に涙を浮かべながら話したそうです。
人は姿や格好だけで偏見の目を持って決め付けてしまうことがあります。
この話は一例に過ぎませんが、私達の子供達には、泥まみれ、油まみれになって働いている人に対して「お疲れ様です」と言える、心の優しい人間になってもらいたいと私は思っています。
そういった偏見の芽を摘み取ってやるのも私達、親の責任であるとも思っています。
2009年2月2日 更新
大晦日
委嘱理事 今野喜弘
年末だらだらと長い紅白を見ながらふと考えていた。いつもと同じ大晦日。明日元旦に実家に帰省するワンパターンの年末年始。「変化が無いなあ」と思いつつ変わらぬこともいいもんだと。
某国ではチェンジを唱えた大統領候補が圧勝し、非常に高い支持率でまもなく大統領に就任する。「おいおい、チェンジが必要なのは某国じゃなくうちの国の方だよ」と思ってしまう。
紅白の合間のニュースでは、『派遣村』の炊き出しや仕事も住居さえも無くなってしまい、昨年とは劇的な変化で年を越さねばならない人々が映し出しされている。一年前には思いもしない大晦日だろう。このご時世、明日は我が身とさえ思えて一日も早く仕事と住居が見つかることを願う。
年越しそばを横目に従姉妹と羞恥心を熱唱する我が娘達。相変わらず父親譲りの音痴だ。でも、得意気に満面の微笑。この微笑は小さい頃から変わらない。借金は無いが貯金もない、つつましい生活も変わらない。このささやかな幸せが変わることのないように「来年もお父さん頑張るよ」と思いながらいつもと変わらぬそばを食べた。
2009年1月13日 更新
PTA は地域社会への入口?
登米市理事 及川貢
小学校のPTAに初めて入会する方々は、まだ若くどうしても地域社会との繋がりが薄いと感じます。もっともPTA自体が地域では若い集団に位置付けされてますね。 また、同じ自治会に住んでいても交流の場が無く、PTAに入って初めて知った! 等の話も聞きます。
今、世論では地域&コミュニティ作りが急務と騒がれています(筆者は20年遅いと思う)。従って地域社会のルールやシステムが解らず面倒に感じるでしょう。でも、緊急時に頼りになるのはご近所であり地域住民です。これまでの災害等にて必ず話題になり活動しています。
「子ども達の未来の為に」等がPTAの役割と考えがちですが、PTAを通じて親や教諭も地域社会と供に活動する機会が出来て、その場を通じて地域社会の一員として馴染んで行く事が必要であり昨今の傾向です。これが大人への入口なのでは? と思う慌しい師走でした。
2008年12月26日 更新
ある朝の一言
遠田郡理事 佐々木賢史
『忘れ物無いか?気をつけていけよ』といつもの通り会社に出勤しようとする私に両親が声を掛ける、何気ない、いつもの朝の風景のひととき。
そんなある朝、中二の娘が『まるで子どもに言っているみたいだよ、お父さんは大人だから大丈夫』とそれに対して母は『何を言ってるの、いくつになっても親が子どもの心配するのは当たり前』と返していた。娘は『ふ〜ん。そうなの?』と少し困惑ぎみの顔をしながら学校へ登校して行った。
二十歳の成人を経て大人になり、そして人の親となり社会の第一線で活動している昨今、自分の子どもを、のびやかに・たくましく・なによりもいつでも笑顔の似合う存在になるように、守り育む傘になれたらと思い自分に言い聞かせ努めてきたが、その会話のやり取りにハッとし考えさせられてしまった。
そう、忘れていたのか?気がつかなかったのか?私が広げた傘よりはるかに前にそこに有った事を、『成人して大人に成ったからもう子どもじゃない』そうだけど、そうじゃない時が有ること、私を45年間守り育み、今ではさらにその中に孫まで入れて世の中のいろいろな出来事からいまでも守り育んでいてくれる途轍もない大きな慈愛に満ちた傘の存在が有ることに、刻んだしわの数だけ苦労し又喜びもあったことだろと、いまさらながら思うと同時に、子どもを守り育むと言う事の偉大だがその大変さに改めて気づき身震いした。後何年たてばそのような存在に自分は成れる可?否可?自問自答したが、自分にはできそうにもないと思う半面、それが年とともに自然に出来たら『それこそ大人になった』という証かなとひとり心に思った。
とはいえ、改めて両親に感謝しても感謝したりないのだが、さりとて言葉に表して言うのは照れくさいし、その言葉自体思い浮かばないので、両親には胸の中で手を合わせて感謝を表したいと思う。
追伸 たまには、肩の一つでも揉んでやるかな!
2008年12月12日 更新
「食育」について
黒川郡理事 鶉橋祥幸
PTA活動の中で「食育」という言葉がよく使われる様になった。
私は、「食育」を食糧教育と認識しているが、P会員の中には、食事教育だと思っている人も多い事に気が付く。
私は、10年程前から農協の青年部活動の取り組みとして、「食育」に関わってきた。小学校へ行って、学習田の稲作の指導や野菜作り、田んぼのない学校ではバケツでの稲作りを教える活動をしてきた。
私たちは活動を通しながら、日本の未来を担う子どもたちに食品がどんな苦労をして作られているのかを理解してもらいながら、食べものを大切にする心を育てる努力をしてきた。そして、国内の農産物がどうして安心して食べられるのかを教え、日に3度摂る食事がどのようなものであれば良いのかを考えてもらいたいという願いがある。
今の農業は環境を守りながら続ける農業に変化してきている。 農薬や科学肥料の使用量を減らし、子どもたちに豊な環境を残してあげたいと思う。
「食」を取り巻く問題が後をたたないが、食糧の輸入大国である日本で人の健康を左右する「食」が安心して安全な社会であって欲しいと思う。
2008年12月5日 更新
出会いがあるから
多賀城市理事 鈴木浩幸
人生の中での「出会い、別れ、再会」皆さんいろいろ素敵な経験があると思いますが、私にも1つ忘れられない思い出があります。
私は今、多賀城市に住んでいますが、もともとは、東松島市に在ります宮戸島(通称・奥松島)というところの生まれです。私の家の隣に3歳年上のTさんというお兄さんがいました。このTさんは私に、自転車の乗り方から、泳ぎまでいろんなことを教えてくれた幼馴染であり、尊敬する先輩でした。お互い次男ということで故郷を離れ、学年も違うので、帰ってもすれ違いの10数年でした。そんなTさんとの再会する機会が訪れたのは、今4年生になる長男の小学校の入学式のことでした。たまたま座った保護者席、隣を見ると懐かしい顔のTさんが、お互いこんな偶然があるんだと驚きました。そして、子ども達はクラスメートに・・・
時間を越えて今、子ども達は仲良く遊んでいます。
今回ご縁があって子ども達はPTA連合会会長をさせていただいておりますが、本当にすばらしい出会いがありました。この出会いがあるからこそ、続きのドラマが待ち受けているのだと思います。私のPTA活動はまだまだ先は長いので、これから先どうなるのか楽しみながらがんばりたいと思います。
2008年11月28日 更新
一人じゃない
岩沼市理事 長谷川 裕司
家族で、FIFAクラブワールドカップ(トヨタカップ)の最終日3位決定戦と決勝戦の2試合を横浜国際競技場に家族で観戦しに行くことが、我が家のイベントです。今年は12月21日となり、4年連続で観戦しに出掛けます。
今までサッカーは、テレビ観戦だけでしたが、娘が小3の時女子サッカーのクラブチームに入り、家族での会話も自然とサッカーの話で盛り上がり、サッカーの経験のない私、興味がなかった妻までもが海外やベガルタなどサッカーフリークになってきました。仕事の関係で娘の試合は、月に一度位しか応援に行けませんが妻がビデオを撮り、それを夕食の時観るのが家族での大切な時間です。中学に進んでもクラブチームは続けるそうです。そこでは何より、体力技術の向上だけではなく、あいさつや仲間を大事にすることをメインに指導しています。また、保護者のつながりも大事に日々活動を行っています。
PTA活動も同じだと思います。今回ご縁があって岩沼市PTA連合会の会長となり、県Pまた日Pといろいろな会合に出席させていただき様々な体験をすることができました。以前には考えもしなかったことを考え発見したり、悩むことも正直ありますが、同じフィールドに立っている仲間そして家族の支えがあるから、思いっきりプレーしています。
2008年11月21日 更新
「突然の別れ」
塩竃市理事 鈴木勝
先日、日曜日の夜、家族で外食を楽しみ、楽しいひとときを過ごし家に帰る途中、妻の携帯電話が!「はい。私は娘ですが…すぐに向かいます。」
内容は、義父が愛犬の散歩中に路上に転倒しており、頭を強く打った様子なので…と、救急隊員からの電話だった。
私たちは、またお酒を飲んでのケガか…いつもの事と軽く考えていた。
義父は救急隊員と一緒に自宅へ戻り、いつもの席に座り「明日、仕事だから…。寝れば治るから」と話していた。
妻と娘が説得し、大事をとって病院へ向かった。
私と子供たちは、パートに出ていた義母に連絡し、帰りを待ち一緒に病院へ。
病院へ向かう車中では「いつもの事だから、頭に湿布でも一枚貼って…」と話しながら。病院の前まで来たとき、同乗して行った妻からの電話が鳴った。
「早く来て!! とても危険な状態なんだって!!」
私たちは信じられなかった。てっきり「もう治療おわったよ」という言葉が聞けるのかと…。
義父の元へみんな走った!
着くと同時に義母と妻が中へ…。先生の話では「出来るだけの事はしましたが、残念ですが、あとは本人の心臓がどのくらいもつか…」誰もが想像していなかった言葉が耳に響いた。
あまりにも突然の出来事にその場に泣き崩れる義母と妻。
じいちゃんが…信じたくないと泣き叫ぶ子供たち。「顔を合わせさせたい人たちには連絡を…」次々に聞きたくない言葉が病院側から伝えられる。まるでドラマのワンシーンの様な光景が目の前に。
なんでウチなの?
なんでじいちゃんが?
夕方まで孫と一緒に遊んでいたのに…。一緒に行きたいトコいっぱいあったのに…。今度アサリ獲りに連れて行ってあげるって言ってたのに…。
翌朝、義父は63歳。まだこれからという年齢で静に永遠の眠りにつきました。
最後まで「明日、仕事だから。早く寝なければ…」と言っていた義父。
体は決して大きくなかったが、その存在感はとても大きく、皆にとても優しく、仕事に対して責任感が強く、酒に酔っても楽しく、誰からも愛されていた義父でした。
今まで本当にありがとうございました。ゆっくり休んでください。
2008年11月14日 更新
PTA役員選出について
宮城地区理事 石川昌美
毎年、委員決めに頭を悩ませていませんか?どこの学校も同じだと思いますが、最近の傾向として委員はくじ引きで決めるもの、それが一番良い方法と言う風潮になってきており、少し淋しい気持ちになっております。
くじ引きで決まった委員には気の毒そうな視線が向けられ、事情があって今年は委員を受けられない方が引いてしまうと、活動になかなか参加できない自分を責め、他の委員の方々に迷惑をかけていると大変恐縮してしまい、気持ちも落ち込んでしまいます。
「自分の子どもが学級委員に立候補した」と言ったら、「エライ、頑張れよ」と褒めますよね。「どうして手をあげえたの!」と叱る親はいないと思います。ですから、子どもの手本になるべき親が勇気を持って手を挙げてください。子どもはきっとそんなお父さん、お母さんを誇りに思うのではないでしょうか。ぜひ学校からくじ引きの委員選出をなくしていきましょう。
委員になってくださった方には感謝の気持ちを持ちましょう。子どものために自分の大切な時間を使って活動してくれているのです。
自分ひとりで生きているのではありません。自分の周りの多くの人のお陰で自分が生きていることに、いつでも感謝の気持ちを忘れていけない。子どもには思いやりを持てる人間になって欲しいと親は願っているのではないでしょうか。
人は感謝されると嬉しいものです。頼りにされると俄然やる気が沸いてきます。お互いに感謝の気持ちを持つことで良い人間関係が生まれてくると思います。委員を受けることも勇気だし、受けてくれてありがとうと伝えるのも勇気です。子どもの周りに沢山のありがとうが広がるPTAとするために。
2008年10月27日 更新
熱い夏
常任理事 多田あけみ
今年の夏はたくさん感動した。一つはオリンピック。毎日続く熱戦から目が離せなかった。たゆまぬ努力と強い精神力でいくつもの試練を乗り越えてきた彼らの限界に挑む姿は凛々しく美しい。
もう一つは、先日開催された日Pかがわ讃岐路大会。香川の皆さんのてきぱき動く大会運営の様子は、来年の日Pみやぎ大会に参考になることばかりだった。大変お世話になりました。
そして我が娘。全てにおいて省エネタイプの娘は、今まで自分の意思を主張することがほとんどなかったが、最近少しずつ自分の考えを言葉にするようになり、今年の夏休みは目標に向かってとてもよく頑張っていた。周りから見ればほんの小さなことだが、頑張っている娘の姿はとても愛おしく、弾むような娘と一緒にいる時間はとても楽しい。無限の可能性に向かって大きく羽ばたいてほしい。頑張れ!
今年の夏のたくさんの感動は私に勇気を与えてくれた。この勇気を力の源にして積極的に勉強して成長していきたい。
2008年10月17日 更新
ボランティア
常任理事 佐々木賢司
社会福祉法人の理事長として介護福祉・障害者支援活動をされていたS氏(故人)に生前「佐々木君、ボランティアは頼まれたからするのではない。相手を思い、自ら進んで行動することなんだよ!」と教えていただきました。S氏は特段、話しが上手という方ではなかったですが、いつも熱い気持ちを前面に出して語りかける人でした。そのS氏が旅先で突然倒れ、そのまま逝ったと聞いたとき、私の頭の中と目の前は、突然深い霧がかかったかのように真っ白になったことを覚えています。
私が単P会長になった時、自ら進んで会長になった訳ではありませんが、前述の言葉が思い出され、その精神を忘れずに活動しようと決意しました。しかし見返りを求めないのがボランティア(PTA)なのに、私は周りの方々にこう言いました。「私が求められたのなら、皆さんと子ども達の為に全力を尽くします。でも、皆さんの身近で私の子ども達に危険が迫っているときは必ず助けてください。私も助けますから」と。
PTAをボランティアとしたとき、せめてPTAの間はこのような思いでいたら、相手を思い、子ども達の将来を皆で築いていこうとするのではないでしょうか。役員選考も難航しないのでは?
Sさんへ・・・私のボランティアに対する考え、どうですか?
2008年10月10日 更新
ほんわか暖かい気持ち・・・
常任理事 岡本リマ
私が小学生だった頃は、夏休み中ずっとラジオ体操があったものですが、今は初めの1週間位で終わりです。しかも最終日には私の記憶では鉛筆2本とかノート1冊程度のおみやげをもらったものでしたが、先日も我が家の子供達はお菓子が沢山詰まった袋を嬉しそうに持ち帰ってきました。「うまい棒」に「すだこさん」など、かわいい紙袋に丁寧に入っていて、名前のシールまで貼ってあります。それを見ているうちに、私も数年前、初めて地区の子供会の世話人になった時のことを懐かしく思い出しました。一緒の世話人さんと、電卓片手に近くのディスカウントスーパーまで買い出しに行き、子供達が喜びそうなお菓子を選び、何個入っているか探り、予算と照らし合わせてこまごま選ぶ作業は思っていたより手間がかかり、一苦労でした。さらにそれを一つ一つ人数分数十個に袋詰めするのも結構な力仕事でした。
3年前、降って湧いた話で小学校のPTAの副会長になり、次の年から会長になり2年目になります。さらにこれまた降って湧いた話で県Pの常任理事になって数ヶ月が過ぎました。いろいろな会議や講演会に出席する機会が増えてとても勉強になりますが、そんな今、大変だったはずの世話人としての様々な活動のお手伝いが、「子供達の体温が直に伝わってきて良かったな。」と思い出されます。
息子が「ママ、食べる?」と差し出してくれた「すだこさん」の切れ端を口に入れてもらいながら、このほんわか暖かい気持ちをいつまでも忘れないでいたいな〜、と、珍しく「母親」っぽい感情がよみがえった私でした。
2008年10月3日 更新
「PTCA」
常任理事 渥美裕之
Cは「コミュニティ」のCです。私が会長をしていた小学校のPTAは、私が生まれた昭和40年代から地域の方々と一緒になって活動しています。学区内の行政区長さんや地域ボランティアの皆さんを年数回小学校に招いて、児童の授業の様子を参観していただいた後、PTA・学校評議員会を開催し、学校やPTAの運営・活動内容を紹介し、区長さんやボランティアの皆さんからさまざまな意見をいただいております。
児童達の夏休みが終わりに近づく頃の日曜日に、学校敷地内の草刈り等の清掃作業を毎年行っておりますが、この活動はPATだけが行うのではなく、各行政区が毎年輪番で受け持つ事になっており、PTA会員と地域住民が一緒になって清掃作業を行っております。
また、学区内には、住民すべてを会員とするコミュニティ推進協議会が組織されており、春には「運動会」、秋には「グランドゴルフ大会」が小学校の校庭や体育館を会場に開催されております。
このように、地域の方々と大きな関わりをもって学校自体が運営されております。地域の方々からは「おらほの学校」と慕っていただいております。
組織形態はどうであれ、このような実態を「PTCA」と呼びたい!
2008年9月26日 更新
理解するのではなく,受け容れる
会計理事 大沼隆裕
昨年度は,安全互助事業推進委員会,総務財政委員会,日Pみやぎ大会の事務部を担当させて頂き,数々の項目について,検討/報告/提案/協議をしました。多くの課題に多くの時間を多くの委員の人達と有意義な意見を交わすことが出来ました。自分の想いを伝えることの難しさ,事実を直視し,意見を素直に聴く難しさを痛感した一年間だったと思います。意見が異なった時には何故,自分の想いと違うのかを考え,提案の考慮の足らない部分を修正しながら,理解してもらう努力をしました。
しかし,人間は環境の動物(生まれ育った環境,経済環境,人間関係等)であり,感情の動物ですから,自分の価値観と同じ人はいない(似た人や同調できる人はいる)と思います。理解してもらうための説明をするのではなく,話をすることにより,自分と異なることがわかり,意見の異なる部分をよく聴き,受け容れる許容性を持つことが重要だと痛感しました。
仲間とは和気あいあい,意見を持たないが非難し,決断もしない。困難に立ち向かうとせず,避けるために知恵を絞り,働くことに条件を付け,辛いと思うことには手をつけず,評価を気にするあまりチャレンジ精神に欠け,傷つくことを怖れて,決断力,個性,積極性を失うのではなく,思いやりと優しさを忘れず,全てを受け容れることに努め,愚痴を言わず,人の良いところを見習い,欠点を直し,協力とチームワークを旨とし,共通の目標に向かい,激励し,誉めて,常に自らも進歩を心掛ける。とにかく行動し,働き,人に嫌われようが自らの信念を全うする人材でありたい。そうなりたいと思いますが,そうはいかない私であります。それでも,少しずつなりたい姿に近づくように努力をしたいと思いますので,今年度もご意見,ご指導をよろしくお願いします。
2008年9月12日 更新
「あたりまえの生活」
副会長 奈須野毅
蛇口をひねると水が出る、スイッチを入れると電気がつく、なんともあたりまえのことのように思っていた。
6月14日に起こった「岩手・宮城内陸地震」で、私の暮らす栗原市は大きな被害を受けた。山が崩れ、地割れが起き、家が壊れるなど、夢にも思っていなかったことを、現実に目のあたりにした。子ども達は泣き叫び、お年よりも右往左往するなど、今思い出しても背中がぞっとする。
地震の後、いろいろな方とお話をすると、「水が出ないのが何よりも辛い」という言葉を多く聞いた。断水で水道から水が出ない状態が3週間も続いた地域がある。お風呂にも入れず、洗濯もできず、食事の準備さえ満足にできないなど、非常に不便な思いをしたであろう。
生活する上もっとも大切な、「衣・食・住」すべてに、水は大切な役割、いや無くてはならない物だと改めて教えられたような気がします。
それ以来、子ども達に「おいっ 電気つけっぱなしだぞ!地震の時はな・・・・」とか少し口うるさく注意している陰で、ひそかに「あっ やべっ 水出しっぱなしだ」と朝の歯磨き中に反省している僕でした。
蛇口から水が出ることが、スイッチを入れると電気がつくことがあたりまえな事ではないことをもう一度、親子ともども考えてみてはいかがでしょうか。
2008年9月1日 更新
いろんな背中
副会長 小平英俊
PTA活動も気がついてみたら既に11年目。長男の幼稚園時代から数えるとこの年数に。そのうち最初の4年間は一会員としての活動で、幼稚園のお誕生会でのお手伝いが最初の仕事だったように記憶している。
その長男が小学校3年生になる年に、地元の大先輩からのお声掛けで役員になることに。その後、市P連、県P連とPTA活動の場が広がると同時にたくさんの方と交流する機会にも恵まれ、いろんな背中を見、追いかけながらのPTA活動であったように思う。
私を育ててくれた地域への少しでもの恩返しという思いと、これまで出会った多くの方の力強い使命感・責任感にあふれる背中に少しでもそのお手伝いができればという思いが、私のこれまでの活動を支えてきた原動力のように感じている。
自分の子育ても、気がつけば自分の親の背中の書き写し、親にしてもらったことが子供にしてあげていることそのもののように感じることの何と多いことか。
もちろん口で言わないと伝わらないこともあるのだけれど、いろんな背中を見ることで伝わることも多いはず。それが子供たちにも伝わって未来の私たちの活動の原動力になればと思う今日この頃である。
2008年8月18日 更新
農から学ぶこと
副会長 齋藤英彦
私が、サラリーマンを辞めて家業の農業を継いでから16年になります。米と野菜を育てる専業農業です。毎年自然の力の偉大さをひしひしと感じながら、作物を育ててきました。
作物を育てることは、子どもを育てることに似ています。栄養や水をやりすぎてもダメだし、温かくして過保護にしてもダメ。反対に厳しくストレスをかけ過ぎても、うまく育ちません。
どんな育てかたが良いのか、作物も子どもも同じで何度も失敗して繰り返しながら、覚えていくのです。
作物の栽培では、『水かけ三年』なんてよく言われますが、子育だけは何年経ってもうまく行かないもんです。きっとこれが正解なんて子育てには無いのでしょう。ただ社会生活を営むうえで最低のルールは守らせたいものです。
最後になりましたが、この度、『岩手・宮城内陸地震』で被災された皆様、心からお見舞い申し上げます。私も5年前の『北部連続地震』で被災し、絶望の縁にいましたが、望みを持っていれば復興できるものです。どうか望みを失いませんように。一日も早く笑顔が戻りますように。
2008年8月1日 更新
『子どもが生まれて、親になって、PTA活動を通して変化したこと』
副会長 佐藤ゆり子
初めての子どもが生まれて、今年20年になる。
この間「これって、親になったからこそ変化した 成長した価値観?!」と、感じた場面がいくつかあった。
過去から繋がって来た私の命、継ないでいく私たちの命、命の無限なリレーの実感。
自分の命にかえても守りたい、愛おしくて・愛おしくて、大事な・大事な生命。
その想いは、我が子だけでなく、子ども達みんな可愛い大切な命、未来への命、そう思えた。
この感覚が、PTA活動に走ってしまった(?!)原点になったかな・・・とこの頃 思う。
親となる前、葉桜の様子は さくらの花を邪魔するように見えあまり好きではなかった。
今では、子が親を越す成長の頼もしい姿に見え、美しさの一つと感じられるようになっていた。
そしてつい最近、郡P研修会「家庭教育セミナー」での時のこと。
講師の先生からの会場への質問
「お子さんに点数を付けるとしたら何点?・・まず初め100点から・」考える時間 1〜2秒。
75点あたりが、一番多かっただろうか。でも私も、瞬間に思ったのはこれぐらいの点数。
しかし、また同じように瞬間に思ったのは、
「私たちの命をもらってくれただけで、生まれてきてくれただけで、存在だけでありがたい!!」
そう、条件反射したかのように、私の手は、最初に聞かれた100点へ 挙がっていた。
これも、PTA活動を通じて、色々な方々と出会わせて頂いて、成長した価値観かな?と思った。
いよいよ来年は『日本PTA全国研究大会・みやぎ大会』
そして、その事をきっかけに、自分もまた第○期目かの成長期を迎えられる気持ちでいる。
こんなことも、きっと大会を各県巡回して行う意義の一つなのではないだろうか・・・。
私にとって、小中学校を通じてのPTA活動の最終年、最も充実した年となりそうです。
「楽しもう!!」これもPTA活動を通して変化した・成長できた価値観・・・のようです。
2008年7月18日 更新
子は親の鏡より
副会長 後藤長弥
最近目にした素敵な文章を紹介します。「子どもが育つ魔法の言葉より」
励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
ほめてあげれば、子どもは明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは自分が好きなる
見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になる
分かち合うことを教えてあげれば、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは正義感のある子どもに育つ
やさしく思いやりをもって育てれば、子どもはやさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てれば、子どもはこの世の中はいいところだと思えるようになる
これは、子育てだけでなく、すべてに当てはまると私は思います。夫婦間や人間関係においても、この気持ちをもって接していけたらよい社会になると信じて、これからもPTA活動をやっていきたいと思います。
2008年7月3日 更新
笑門来福
第24代会長 橋定光
「舞い込んだ。舞い込んだ。福の神が舞い込んだ〜。」
これは、毎年小正月の晩に、村田町内で見られる「七福神舞」の口上です。
年祝いの家々に招かれて七福神の神々が座敷の中で舞い踊るという江戸時代から伝承されてきた郷土芸能です。私がこの伝承活動に参加してから、かれこれ三十年近くになりますが、無我夢中で舞いの練習をしていた二十歳の頃、七福神舞伝承会の古老から、「郷土芸能は、形を伝承するのではなく、心を伝承して行くんだ。」と指導を受けました。なぜこの七福神舞がこの地区で始められたのか。どんな願いが込められているのか。それを理解すると、ひとつひとつの動きや舞の意味がわかってきました。
なんだかPTA行事と共通点があるように思います。「どうしてその行事や事業が始まったのか。どんな目的があったのか。」毎年行なっているからと、ただ繰り返しているというPTAはありませんか。
今年宮城県PTA連合会は、創立60年を迎えました。だからこそ、原点を見失わないで、前に進んで行きたいと思います。
そして、たくさんの福が舞い込んでくるように、たくさんみんなで笑いましょう。保護者も先生も笑いましょう。そして、親子で笑いましょう。
2008年6月19日 更新
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Modified by NAKAMURA,Hiroaki